「アピス」

「よォ、アピス。相変わらず美人だな」


 影雄は宝玉の中に映し出されたアピスの姿にニヤリと笑みを浮かべると、気さくな様子でそう話しかけた。


〈ぁ、ェっ!? この声、小社(こやしろ)管理官? 〉


 影雄に話しかけられたアピスは、驚いたような声をあげ、それから、慌てた様子で左右を確認する。

 どうやら、周囲を警戒しているような様子だった。


 周囲に聞き耳を立てている者がいないことを確認出来てほっとした様子で溜息(ためいき)をついたアピスは、それから、できるだけ小さく抑えた声で問いかけてくる。


〈すみませんが、小社(こやしろ)管理官、今どちらにいらっしゃるんですか? ご存じかどうか知りませんが、今、チータープリズンが大変なことになっていて〉


 どうやら、アピスの方からはこちらの様子は目で見えないようだった。

 こちらからは宝玉を通してアピスの姿や表情まで確認することができるが、アピスの方へは声だけしか届いていないらしい。


(これが、[頭の中に直接っ!? ]っていう奴か)


 和真はアピスを映し出している宝玉を興味深そうに観察しながら、妙に感心してしまっていた。


「ん? ああ、今いる場所はすまんが秘密だ。強いて言うなら、[調べごと]の途中だな。かなりいい線まで来ている」


 アピスに問いかけられた影雄は、少しとぼけたような口調で答える。

 影雄にとってアピスは直接では無いものの部下に当たる相手だから、少し気やすいのかもしれない。


〈はァ……。こんなことになっているのに、まだ調べごとですか? ネコでも何でもいいからその辺にいても不自然じゃない動物に変身したいだなんて聞いた時は驚きましたけど、まだ続けていらっしゃるんですね? 〉


 アピスの方も、一応丁寧語を使ってはいるものの、影雄には割と遠慮せずにものを言ってくるようだった。


「実はね、影雄はこう見えてけっこう熱心でね」


 影雄とアピスの関係性に和真たちが興味を持っているふうな様子を察してか、オルソが少しニヤニヤしながら教えてくれる。


「割と女の人に声をかけていたりするんだ。エルフは美人さんが多いから特にね。……千代さんとシュタルクさんも美人さんだから、気をつけておいた方がいい」

「は、はぁ、気をつけますね」

「見かけによらないわね。ま、変な気を起こすようなら焼くだけよ」


 オルソの言葉に千代は困ったような笑みで、シュタルクは涼しげな表情で冷たい反応を見せる。

 そして、影雄は「余計なことを言うな」とでも言いたそうに、オルソの毛を乱暴に一本むしり取った。


「痛いっ」

〈え? そちらにはオルソ管理官もいらっしゃるんですか? ならちょうどいいです、とにかく、こっちに戻ってきてください。カルケル獄長も探しているんです〉

「すまないがこちらも任務中だ。戻ることはできない。そちらはカルケル獄長がうまくやってくれるだろう」


 オルソが漏(も)らした悲鳴でその存在を知ったアピスが二人にチータープリズンへ戻ってくるように要請したが、影雄はそれを即座に拒否する。

 ヤァスの陰謀を阻止しなければならないというのもあったが、カルケルの力量を信頼してもいる様子だった。


「それより、キミに頼みたいことがあるんだ」

〈またですか? でも、こちらも今、それどころじゃなくてですね〉

「知っている。囚人(チーター)たちが暴動を起こしているんだろう? まだ続いているのか? 」

〈いえ、そちらの方は、もう片づきました〉


 和真たちは今でも囚人(チーター)たちの暴動が続いているものだと思っていたのだが、違うようだった。


〈カルケル獄長が指揮を取って、囚人(チーター)たちの暴動はほとんど鎮圧しました。ですが、今度は別件の問題が起きていまして、小社(こやしろ)管理官、オルソ管理官に、すぐに戻ってきていただきたいんです〉

「別件だって? ……まさか、プリズントルーパーたちが反乱でも起こしたか? 昔の映画で見たんだ、兵士たちに知らず知らずのうちに仕込まれていた特別命令が発令されると」

〈その映画の話ならもう聞き飽きました。でも……、ご冗談のおつもりなのでしょうが、今は少しも笑えないような状況なんです〉


 アピスは影雄に少し怒っているような口調で言い、影雄はオルソと顔を見合わせ、イヤそうな表情を浮かべる。


「まさか、本当にプリズントルーパーたちが反乱を? 」

〈はい。ですが、全員ではありません。全体の半数ほど、でしょうか。監獄棟はカルケル獄長の指示に従うプリズントルーパーたちで確保されていますが、管理棟は反乱部隊に制圧され、プリズントルーパーたちの基地も半分近く抑えられてしまっています。通信設備や発電設備、水道設備などはこちらの手にありますが、装備や武器弾薬などは反乱側の手に落ちてしまっています。……加えて〉


 宝玉の中で、アピスは片手で自身の額(ひたい)を抑える。

かなり困っているような様子だった。


〈加えて、管理部の管理官のうち、ほとんどが行方不明です。管理棟が占拠される際に人質にされたのか、あるいは、どこかに脱出したり、隠れていたりするのかは分かりません〉

「それは、思っていたより、ずいぶん深刻だな」


 影雄は心配するような口調でそう言ったのだが、アピスにはおどけて言っているようにしか聞こえなかったようだった。

 アピスは宝玉からなら自分の姿は影雄に見えているのだと理解しているのか、以前、和真に向かってチーターについて語ったのと同じような、激しい怒りの表情でこちらを睨みつけてくる。


〈そんな他人(ひと)ごとみたいな口調で! とにかく、すぐにこちらに戻ってきてください! 監獄の運営状況を監督し管理する役割の管理官がいないと、こちらもやれることが限られてくるんです! お二人だけでも、戻ってきてください! 〉

「いや、ダメだ」


 それはかなり切実な要請だったが、影雄は断固とした口調で拒否した。


〈んなっ!? どうしてですか!? 〉

「こちらが行っている調査が、現状を打開するためのもっとも有効な手段となるからだ」

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