「未来視」

「ちょ、ちょっと待てよ」


 シュタルクが、ヤァスたちによってどこかに捕らえられているエルフの女性、アヴニールの持つチートスキルが[未来視]であると明かした直後、和真は思わずその場に立ちあがっていた。


「[未来視]のチートスキルって、それって、ヤァスの持っているチートスキルなんじゃないのか? 」

「はァ? あなた、何を言っているの?」


 和真のことを呆気にとられながら見上げていたシュタルクだったが、和真の主張に、彼女は「意味が分からない」とでも言いたそうな顔をする。


「[未来視]のチートスキルを持っているのは、この世界で一人だけ。アヴニールだけ。ヤァスがどんなチートスキルを持っているのかは知らないけれど、奴の力ではないわ」

「け、けど、俺、確かに聞いたんだ。ヤァスが、自分のチートスキルは[未来視]だって言うのを。そのチートスキルで未来を予見したから、俺を収監(しゅうかん)したんだって、奴は言ったんだ! 」

「ちょ、ちょっと、落ち着きなさいよ」


 和真の口調が思いのほか強かったためか、シュタルクは戸惑ったような顔で、両手の手の平を和真に向けてなだめようとする。


「和真、シュタルクの言うとおりだ。少し落ち着いてくれ」


 さらに影雄がそう言い、和真は少し深呼吸をしてからソファへと座り直した。


「和真くん。その話、できれば、私たちにも聞かせて欲しいな」


 頭を抱えたいような気分でいる和真に、オルソが落ち着いた、優し気な口調で言った。


「今回の騒動、囚人(チーター)たちがキミを目標に動いていたというのも気になるし、どうしてそんなことになったのか、和真くん、キミとヤァスとの関係について、できるだけ詳しく教えて欲しい」


 和真はオルソの要請に、すぐには答えなかった。

 自分がヤァスに利用されていただけとはいえ、協力関係にあったことを話してしまえば、自分の立場が危うくなるのではないかと心配になったからだ。


 そんな和真の方を、その場にいた全員が見つめている。

 その視線を肌で感じた和真は、もう、黙っていることはできないと理解した。


────────────────────────────────────────


 和真は、自分がチータープリズンに収監(しゅうかん)されたこと自体がヤァスの手配によるもので、懲役の免除と引き換えに協力するように言われたこと、その際にヤァスが自身の[未来視]のチートスキルで目にしたという[惨劇]を防ぐためには、和真の協力が必要不可欠であり、そのために手荒なことをしてでもチータープリズンに連れて来なければならなかった、そう説明したことを影雄たちに明かした。


 それから、その協力の内容が、和真のチートスキル[劣化コピー]を使用して、できるだけ多くの囚人(チーター)たちからチートスキルをコピーするというもので、難航していたが、囚人(チーター)たちの暴動が始まってから数多くのチートスキルをコピーし、その力を使って生き延びてきたことを説明した。


「[惨劇]、ねェ……? 」


 和真の話を聞き終えたシュタルクは、そう呟きながら、左手で頬杖をついて考え込む。

 洗脳されてあやつられていた時の断片的な記憶から、ヤァスが言っていた、これから起こる[惨劇]について、心当たりがないかと思い出しているようだった。


 だが、しばらくして、シュタルクは肩をすくめて、[お手上げ]といった感じのジェスチャーをして見せる。


「残念だけど、私はその[惨劇]について、何も知らないわ。アイツは、私の前では重要な情報は隠していたみたいだったし、自我を奪われていたから私の記憶も曖昧でね。……和真くん、あなたがヤァスに利用されていたっていうことは、何となく断片的に思い出せるんだけど」


 ヤァスが言っていた[惨劇]、これから何が起こるのかについて分かれば、和真たちの行動も決めやすくなったのだが、そう簡単にはいかないようだった。


「やれやれ。せっかく情報を交換してみたが、結局、我々がいかにヤァスについて情報を得られていないか、奴が巧妙に立ち回っているということしか、はっきりしなかったな」


 やがて、影雄がソファに深くもたれかかりながら、疲れたような声でそう言った。


 その場にいた全員が、影雄と同じように、どこか疲れたような、徒労感に覆(おお)われたような表情を浮かべている。


 和真も、まったく同じ気持ちだった。

 結局、和真はヤァスに利用されるだけ利用されて、振り回されていただけだったと、再確認できただけだったからだ。


「もっと、情報がいる。奴に、ヤァスの目的に迫るための情報が。奴が何をしようとしているのかが分からなければ、奴の動きを阻止することなど不可能だろう」

「それに、ヤァスが持っているチートスキル。この正体も調べないと、手の打ちようがない」


 やがて影雄とオルソがそう言って、この話し合いの結果をまとめた。

 何も分からなかったというのに等しいような内容だった。


 和真は、ソファに腰かけたまま、自身の身体の前で両手を組み合わせ、力いっぱい、握りしめていた。


 悔しかった。

 自分は結局、周囲に振り回されているだけで、自分からは何もできていない。


「何とか、情報をえる手段はないんでしょうか? たとえば、シマリスを捕まえて情報を聞き出したみたいに、ヤァスに協力している相手を捕まえて、直接問いただすとか」

「オイオイ、そりゃ、そんなことができれば苦労はないが……、ふむ」


 和真の言葉は具体的な計画というよりも、悔しさから出てきた言葉だったが、それを最初は否定しようとした影雄は、思い直して少し考え込む。


「そういえば、ヤァスの近くにいる、セシールというエルフ。そのエルフの知り合いに、信頼できそうな奴がいるな。彼女に事情を話して協力してもらえれば、セシールと[話す]ことができるかもしれないな」


 影雄はそう言うと一度立ち上がり、部屋の奥から綺麗な球形の宝玉を持ち出して来た。

 その宝玉を目にして、シュタルクが不思議そうな顔をする。


「なによ、それは? 」

「魔法の宝玉、異世界からやって来たエルフたちが、自分たちの連絡用に持っているものを、一つゆずってもらったんだ。これを使えば、セシールにつながる[ツテ]と連絡がとれるかもしれん。……オレの姿を黒ネコにする魔法も、そのツテから教えてもらったんだ。もっとも、何に使うかまでは、[調べたいことがある]としか教えてないんだが」


 シュタルクだけでなく、その場にいた全員の疑問に答えた影雄は、黒ネコに姿が変わるという魔法を解いた時に使った魔法の杖と魔導書を使い、また、聞き覚えのない言葉で呪文を唱える。


 すると、宝玉が淡く光り出し、しばらくして何度か明滅をくりかえすと、影雄が言う[ツテ]の顔がその宝玉の中に映し出された。


 それは、和真も知っている相手だった。

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