「過去」
「残念ながら、オレとオルソは、ここで反乱があった、ということくらいしか知らない」
自身の質問を肯定したシュタルクの方をまっすぐ見つめながら、影雄は少し期待のこもっている口調で問いかける。
「ぜひ、教えて欲しい。キミがなぜ、反乱を起こしたのか」
その言葉に、シュタルクは自身の身体の前で左手の拳をきつく握りしめた。
「ええ、いいわ。……私はね、友達を助けたくて、あの反乱を起こしたの」
それからシュタルクは、なるべく伝わりやすい言葉を選ぶためにゆっくりと、少しずつ話しはじめる。
「その友達の名前は、アヴニール。私と同じ世界、ここから見れば異世界と呼ばれる場所の一つから連れてこられた、エルフの女性だった」
そのアヴニールという言葉に、和真は聞き覚えがあった。
シュタルクが洗脳を受けていた際、氷を見て自我を呼び起こされた時に、うわごとのように呟いていた言葉だった。
それはどうやら、誰かの名前であるらしかった。
「アヴニールは、私にとってはお姉さんのような人だった。姉、といっても、彼女はエルフだったから、ずっとずっと年上だったけれど。彼女はここに収監されてばかりで、まだチートスキルの制御も下手で、よく暴走させて周りに迷惑をかけていた私に、力の制御のしかたを教えてくれたのよ」
シュタルクの言葉に、和真は(アレ? )と思った。
「チートスキルの制御ができなくて周りに迷惑をかけていた、って、前はチートスキルが監獄でもつかえたっていうこと? 」
「昔はね、チートスキルの発動を抑制する技術が未熟で、首輪がなかったのよ。……今の囚人(チーター)たちが身につけさせられている首輪は、私の反乱をきっかけに導入されたものなのよ」
和真の問いかけに答えると、シュタルクはアヴニールについての説明を再開する。
「アヴニールは、えっと、管理部の、オブザーバー、だった。彼女自身のチートスキルを使って、チータープリズンの運営に協力していたの。彼女は元々、そのために異世界からこの世界へとやって来たのよ。……そんな彼女を、ヤァスは捕らえて、地下深くに拘束した。[時間を停止させる氷]のチートスキルを使ってね。アヴニールは今、分厚い氷の中に閉じ込められている」
その言葉に、和真はいろいろと納得ができるような気がした。
シュタルクが氷に強く反応し、それを溶かさなければと、うわごとのように言っていたのは、自身の友人であり、姉のような存在でもあるアヴニールを救うためだったのだ。
催眠され、洗脳されて、自我を失ってしまっても、シュタルクのどこかには常にアヴニールへの想いが存在し、その想いが彼女に自我を取り戻させたのだ。
「時間を停止させる氷のチートスキルを持っているのは、セシールっていう、アヴニールと同じ異世界からやって来たエルフね。彼女もアヴニールと同じように、このチータープリズンの運営に協力するためにこっちの世界にやって来たみたい」
セシールという名前を聞いて、和真は、中庭で暴走を始めた時、シュタルクが生み出した小さな太陽を氷で覆いつくし、それ以上の拡大を阻止していた、いつも泣きそうな顔をした気の弱そうなエルフの女性の姿を思い出していた。
「セシールはアヴニールと友達だったはずなのに、どういうわけかヤァスに協力して、アヴニールの時間を停止させた。……私はそれを知って、アヴニールをヤァスの手から取り戻すために反乱を起こしたの。もっとも、当時の監獄の運営は今よりももっと悪くて強権的で、囚人(チーター)の扱いも酷かったから、それを是正させるっていう目的もあったけれどね」
つまり、現在につながるヤァスの暗躍は、半年以上前からすでに始まっていたということだった。
半年以上前、どうやってか管理部のオブザーバーの座についたヤァスは、同じく管理部のオブザーバーであるセシールと協力し、アヴニールを時間停止の氷の中に閉じ込めた。
そして、それを知ったシュタルクは、アヴニールを救うために仲間と共に反乱を起こしたものの、敗北し、捕らえられて、楓という囚人(チーター)によって催眠され、洗脳された。
「反乱を起こしたけれど、私は負けてしまった。カルケル、知っているわよね? アイツが獄長(ごくちょう)の座についてプリズントルーパーたちの動きが良くなったっていうのもあるけれど、ヤァスから、アヴニールのことで脅迫(きょうはく)されてね。……彼女を守るためには、他に手段がなかったの。最初の一手で救出に失敗しちゃったから、あとはジリ貧だったわね。籠城してたたかったけど敵わなかった。……そうして、私は洗脳されて、今の今まで、奴の手先として使われていたっていうわけ」
説明を終えた時、シュタルクは、少し自嘲(じちょう)するような様子だった。
「どうにも、聞いている限り僕には、その、アヴニールという人が、重要な気がするね」
現在に至るまでの出来事の流れがようやく明らかになり、それぞれの頭の中でその情報を整理していると、ピエトロがまず口を開いた。
「ヤァスは、どうして、アヴニールさんを氷の中に閉じ込めてしまったんでしょう? 」
「セシールという人も、どうして、そんなことに協力したんでしょう? アヴニールさんとは、お友達だったはずですよね? 」
ピエトロに続いて、千代もそう疑問を口にする。
その場にいる全員が、二人と同じ疑問を抱いていた。
そして、その疑問さえ明らかになれば、ヤァスがこれから何をやろうとしているのかも明らかになる、そんな予感を持っていた。
「なぁ、シュタルク。その、アヴニールという人のチートスキル、いったい何だったんだ? 」
やがて、沈黙を保って考えを巡らせていた影雄が、シュタルクにそうたずねていた。
アヴニールというエルフの女性は、自身が目覚めたチートスキルを、このチータープリズンの運営に役立てるために異世界からやって来たのだという。
わざわざ呼ばれるくらいなのだから、それは、強力なチートスキルに違いなかった。
なにしろ、ここは[チータープリズン]だ。
ヤァスがアヴニールを氷の中に閉じ込めた背景には、彼女が持っていたチートスキルが関わってきているのに違いなかった。
「その、ぱそこん? で分からないの? 」
シュタルクは、少し不思議そうな様子だった。
「楓のことは、すぐに調べられたみたいじゃない。アヴニールのことも、すぐに出てくるんじゃないの? 」
「いや、それが、ダメなんだ」
しかし、影雄は首を左右に振った。
「残念ながら、そのアヴニールという女性については、記録が全て消去されている」
「なるほど。ヤァスが、手回しをしたってわけね」
影雄の返答に、憎々しげな様子でうなった後、シュタルクは、和真にとって衝撃的な事実を告げた。
「アヴニールの持っていたチートスキル。それは、[未来視]よ」
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