「情報交換」
「まず、我々がつかんでいる情報からまとめてみよう」
オルソに続いて、人間の姿を明らかにした影雄がそう言い、指を一本ずつ立てていく。
「まず、一つ。現在起こっているチータープリズンでの騒乱、およびこれまでに起こった出来事には、管理部のオブザーバーであるヤァスが関わっている。……二つ。ヤァスの影響力は広範囲に及び、我々管理部にさえ広く浸透し、どこまでが味方で、どこからが敵なのかも不明。……三つ。我々はヤァスが暗躍していることを知っているが、奴の目的がなんであるのか、どうしてここまでの影響力を行使できるようになったのかは分かっていない」
「なによ、それ」
その影雄の言葉に眉をしかめたのは、シュタルクだった。
「長野を助け出しに地下まで踏み込んできて、私でさえ洗脳から解放してくれたくらいだから、もっといろいろ詳しいと思っていたのに。ほとんど何も知らないじゃないの」
「そう、その通り。現状、我々は何も知らないに等しい」
シュタルクの率直な指摘に、影雄は肩をすくめて見せる。
「ヤァスのスパイとして活動していたシマリスを捕らえ、新たに尋問(じんもん)しなおしてみたが、すでに得られた以上の情報は得られなかった。……そこで、キミの力を借りたいんだ。シュタルク」
「ム。私なの? 」
影雄から逆に指名を受けたシュタルクは、何だか難しそうな、困ったような顔をする。
「あなたたちに何も知らないって言ったけれど……、実際のところ、私も、ヤァスの最終的な目的については知らないのよ。洗脳をされていた間の記憶は断片的だし、まだ催眠を受けていなかった時期は結構前だし。……ちなみに、私の反乱が失敗に終わってから、どれくらい経っているのかしら? 」
「およそ、半年だ」
「そんなに? ……はぁ。できるだけ、思い出してみるわ」
シュタルクは自身が半年以上もの間、洗脳されてヤァスのいいようにあやつられ続けていたことにひどく不愉快そうだったが、ひとまずは自分が覚えていることを思い出すことに集中していった。
「そうね……。ヤァスが、やろうとしていたこと……。とりあえず、私が覚えている、アイツが[やっていた]ことを並べていくけれど。一つ、私と一緒に反乱に加わっていた長野を捕えること。これは、敵対する可能性のある相手を潰しておきたかったってことらしいわね。捕まえてからも無駄に拷問(ごうもん)して長野をいたぶっていただけみたいだし。……二つ。絶対催眠を持つチーターを使って、管理部の管理官や、チータープリズンのプリズントルーパーたちに催眠をかけて、自分の意のままに動くようにすること」
「ちょ、ちょっと待ってくれるかい? 」
その時、シュタルクの言葉を、オルソが慌てたように遮った。
「管理官やプリズントルーパーたちを催眠していたって、それ、本当なのかい? 」
「ええ、本当よ。……定期的に行われる健康診断とか、あるでしょう? そういう時を狙ってね、診察を行う時に少しずつ催眠にかけていったの。あなたたち二人が無事な理由は分からないけど、半年前にはいなかったし後から加わったみたいだから、タイミングが良かったのかしらね? 」
シュタルクは、とんでもないことを、淡々と説明した。
その話を聞きながら、オルソと影雄はお互いの顔を見合わせ、険しい表情を浮かべる。
状況は深刻、そう考えていたのが、予想をさらに上回るようなことが行われていたと分かったからだろう。
「シュタルク。ヤァスの目的につながりそうなことで、他に覚えていることは? 」
「残念だけど、それくらいね。私は単なる都合のいい手駒として、ヤァスに利用されていただけだし? 腹は立つけど、どうしようもないわよ」
気を取り直してさらに情報がないかを確認する影雄に、シュタルクは首を左右に振った。
「その点は、長野の方が詳しいかもね。彼は私が捕まった後もうまく逃げ延びて、ずっと頑張ってくれていたみたいだし。でも、今は休ませてあげてちょうだい」
「それは分かっている。彼には回復の時間が必要だ。……話を変えるが、キミはどうやって洗脳されたんだ? 」
長野をそっとしておいて欲しいという要求にうなずいて見せた影雄がさらにシュタルクに問いかけると、彼女は不愉快そうな顔をする。
それは、影雄の質問攻めに対してというよりも、洗脳という言葉に対しての不快感の表れであるらしかった。
「チートスキルを使ったのよ。……チートスキル、[絶対催眠]をね。ヤァスに、そのチートスキルを持ったチーターが協力しているの」
「そのチーターは、何者なんだ? 」
「あら? 知らないの? 管理部の人間なのに? 」
情報を引き出すために糸的にぼけているのではなく、本当に何も知らない様子の影雄とオルソに、シュタルクは意外そうな顔をする。
影雄は険しい表情のままシュタルクの問いかけを肯定し、眉間にしわをよせた。
「シュタルク、キミが言うとおり、管理部の人間もその多くがすでに催眠を受けて、ヤァスの手に落ちてしまっている。我々はそんな管理部の中で違和感とヤァスへの疑念を抱き、調査を開始したが、すでにヤァスの味方となった者が多く、アクセスできる情報には限りがあったんだ」
「まぁ、仕方ないわね。ヤァスはそういうところはずる賢くて頭がよく回るから」
何も隠さずに率直に答えた影雄に好感を持ったのか、シュタルクはうなずくと、先に問われていた質問へ返答する。
「催眠チーターの名前は、乙部楓(おとべ かえで)。いつも白衣を着ているけれど、ここに収監(しゅうかん)される前は、二ホン、だっけ? そこで精神科医として働いていたそうだから、本物のお医者様みたいね。私は、そいつに催眠を受けて、すっかり洗脳されたってワケ」
「少し調べてみる」
影雄はそう断りを入れると、机の上に展開してあったノートパソコンを操作する。
部屋に置かれたスーパーコンピューターと接続されていたノートパソコンにはすぐに催眠チーターの楓という人物の情報が表示され、影雄は和真たちにも見えるようにノートパソコンの画面を向けてくれる。
その画面には、収監(しゅうかん)された当時の楓の情報が表示されており、上半身を映した画像も一緒に表示されている。
和真の記憶にある、中庭でシュタルクが暴走した時に催眠をかけていた白衣の女性と同じ姿だった。
だが、心なしか、瞳の印象が違う。
和真が見かけた時は、まるで自分自身が催眠され、洗脳されているかのように虚ろな状態だったが、ノートパソコンの画面に表示されている画像の中の楓は、一人の意志を持った人間に見えた。
「この楓という女性も、Aランクに分類される囚人(チーター)として収監(しゅうかん)されていたようだ。だが、半年ほど前から、管理部のオブザーバーとして働いていることになっている」
影雄の補足説明に、オルソが両腕を組みながら、「半年前……、半年前、か……」と呟く。
「半年前、といえば、ヤァスが管理部のオブザーバーになったのも、そのころだったよね。いや、もう少し前か。でも、何か、関係がありそうな気が? 」
「半年前といえば、チータープリズンで大きな反乱があったはずだ。……そして、その反乱のリーダーが、キミだったと聞いている。なぁ、シュタルク、キミの反乱も、もしかするとヤァスに関係があったんじゃないのか? 」
オルソの言葉を引き継いで身体を前のめりにしてたずねる影雄に、シュタルクはうなずいて見せた。
「ええ。関係、大アリよ」
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