「セーフハウス」
和真たちが逃げ込んだ排水管は、鋼製で、強度を確保するためにいくつもの折り目がついた蛇腹(じゃばら)のような形をしていて、チータープリズンの地下から海へと続いていた。
排水された水を最短経路で海に押し流す仕組みになっているようで、排水管は真っすぐ、何百メートルもの長さがあった。
蛇腹(じゃばら)になっている足元の段差に気をつけながら進んでいくと、やがて、外の明かりが見えてくる。
排水管の出口には外部からの侵入者を防ぐために頑丈そうな鉄格子が設置してあったが、その一部にメンテナンス用に通り抜けられる扉が設置してあり、オルソが事前に持ってきていたカギで開けることができた。
外に出ると、そこは、波打ち際の断崖だった。
プリズンアイランドは元々火山活動で作られた島であるらしく、そこでは波に現れてむき出しになった火山性の岩石がむき出しになっていたが、波打ち際には浸食を防ぐためなのかコンクリートで固められた岸壁と波消しブロックが敷き詰められており、和真たちはその上を進んでいくことができた。
波が荒ければ危険な道のりだっただろうが、幸いなことに、今日の海はプリズンアイランドの騒乱とは対照的に穏やかなものだった。
脱走者、あるいは侵入者を発見するために、普段ならば海岸沿いも見張られているはずだったが、今はチータープリズンでの騒乱に対処するためか、誰の姿もなく、和真たちは安全にそこを通り抜けることができた。
それから和真たちは、今度は別の排水管へと入ることとなった。
どうやらそれは、プリズンシティへと続いているようだった。
オルソが言う「安全な場所」というのは、どうやらプリズンシティの中にあるようだった。
懐中電灯で前を照らして先頭を歩きながら、和真は(いったい、どこまで行くんだ? )と疑問に思ったが、逆に後ろからオルソに「行き過ぎだよ」と声をかけられてしまった。
オルソたちが立ち止まっていたのは、排水管のメンテナンスを行うための出入り口となっているマンホールがある場所で、どうやらそこが目的地へと続いている出口であるようだった。
懐中電灯で照らしてみると、排水管から地上まではざっと二、三メートルほどであるようだった。
人が一人通り抜けられるかどうかといったくらいの大きさの縦穴に固定式の梯子(はしご)が設置されており、地上と地下とを隔てる重くて厚いマンホールにつながっている。
「和真くん、私は手がふさがっているし、シュタルクさんには後ろを見ていてもらわなきゃならない。キミが先に行ってくれないか? 上にのぼって、マンホールを二回、三回、一回の順で叩くんだ。そうすれば、向こうから開いてくれる」
マンホールの外に敵がいたらどうするんだ、と和真は不安に思ったが、オルソが言うとおり、自分が行くのが一番良さそうだった。
梯子を上った和真は、オルソに指示された通り、コンコン、コンコンコン、コン、と叩く。
しばらくの間、反応がなかった。
(相手に、聞こえなかったのか? )
だが、和真がそう思ってもう一度マンホールを叩こうとした時、マンホールがわずかに動き、やがて、重そうな音をたてながら開いていった。
そこから顔をのぞかせたのは、千代とピエトロだった。
二人の背後には、建物で長方形に区切られた空が見える。
どうやらそこは、プリズンシティのどこかの、狭い路地であるようだった。
和真は千代とピエトロの姿に安心して、二人に手を貸してもらいながら地上へと這(は)い出ることができた。
雨水などを排水するための排水管なので内部には悪臭などは少なく、鋼管の少し鉄臭い感じがするだけだったが、やはり外の空気の方が何十倍もいい。
深呼吸をした和真はそれから、後からのぼってくるオルソとシュタルクを手伝うために、千代とピエトロと一緒になってマンホールの側でしゃがみこんだ。
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オルソが言っていた安全な場所というのは、そのマンホールのすぐ隣にあった。
そこはよくある賃貸マンションで、その一室をオルソが借り上げ、いざというときのセーフハウスとして使っているようだった。
居住用には使われていないようだったが、これまで頻繁(ひんぱん)に使われていた形跡があり、家具はもちろん、飲食物や生活に必要な日用品など、一通りきちんとそろっている。
それに加えて、情報収集したり、何かの解析や分析に使ったりするのか、いくつものサーバーをつなげて作った簡易的なスーパーコンピューターまでが用意されている。
拷問(ごうもん)を受けたことで衰弱が著しい長野をベッドに寝かせ、救急箱を開いて応急処置を済ませた後、和真たちはリビングルームに集まり、そこで、今手元にある情報を整理し、今後の行動方針を決めるために話し合いをすることになった。
「さて。いろいろ話をする前に……、ミーの本当の姿をお見せするとしよう」
長野以外の全員が集まるなり、リビングルームに置かれたソファの上に飛び乗ったノワールがまず口を開いた。
(本当の姿って、なんだよ? )
和真はそういぶかしむ他は無かったし、事情を知らない千代やピエトロ、シュタルクも、不思議そうな顔をしている。
しかし、ノワールはそんな視線は意に介さず、アピスたちのようなエルフが使う魔法の杖のようなものに前足を乗せ、短く呪文のような言葉を唱えた。
すると、ノワールの全身が白い光に包まれた。
和真たちが驚いている前で、その白い光は一匹のネコの形から、徐々に膨れ上がり、やがて人間の形へと変わっていく。
光がおさまると、そこには、一人の人間の男性の姿があった。
黒髪の長髪に、歴戦の傭兵を思わせる、静かで精悍(せいかん)な印象の茶色の瞳。
ビジネスマンが身に着けるような、ワイシャツにネクタイ、スラックス姿だったが、その身体はよく鍛えられたスマートな筋肉でおおわれて引き締まっており、事務仕事はあまり得意そうな印象ではない。
全体的に、日本人のように見える容姿だった。
そして、その人間の姿を見て、和真は一度だけ、その男性のことを見たことがあるのを思い出していた。
和真が懲役九百九十九年という刑期を言い渡された裁判で、獣人であるオルソの隣に座っていた人物だった。
「驚かせてすまない。黒ネコの姿は、情報を探るために潜入するための仮の姿なんだ。ミーの、いや、オレの本当の名前は、小社影雄(こやしろ かげお)。オルソと同じく、管理部に所属する管理官を務めている。……ちなみに、出身は日本だ」
黒ネコから人間の姿となったノワール、いや、影雄は、人間の身体の感覚を確かめるように少しだけ身体を動かした後、にやりと不敵な笑みを浮かべながらそう説明する。
そんな説明をされても、いきなりは事態がのみ込めない。
ノワールはネコで、だが、本当は人間で、チータープリズンに潜入して情報を探るために、アピスたちエルフが使うような魔法を利用してネコの姿に変わっていた、そういうことであるようだった。
戸惑う他はないことだったが、しかし、それを受け入れる他はないようだった。
「さて。まずは、情報を整理してみよう」
それからオルソがそう言って、和真たちの話し合いが始まった。
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