「逃走」
それは、プリズントルーパーたちの足元に溜まっていた水を一瞬で水蒸気に変えることで起こされた爆発だった。
そして、そんなことができるのは、この場に一人だけしかいない。
和真ではない。
和真は劣化コピーのチートスキルで似たようなことをできるようにはなっていたが、所詮(しょせん)は劣化コピーであって、ここまで瞬間的に水を蒸発させ、衝撃波を生み出すことまではできない。
「あなた……、ずいぶん、乱暴な起こし方をしてくれたわね? 」
爆発で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるなどして気を失ったプリズントルーパーたちの姿を、尻もちをついた姿勢のまま呆然と眺めていた和真の隣に、そう不機嫌そうに言いながら立ったのは、シュタルクだった。
「でも、ま、許してあげる」
見上げる和真の目の前で、シュタルクは自身の白銀の髪をかきあげ、その赤い瞳に、爛々(らんらん)と獰猛(どうもう)そうな光をやどす。
「おかげで、やっと、[自分]になれたんだから」
そのシュタルクの姿を見て、誰よりも嬉しそうだったのは、長野だった。
長野は心底嬉しそうな、懐(なつ)かしむような笑顔でシュタルクのことを見上げ、その存在を自身の手で直接確かめようとするかのように手を差し伸ばす。
「長野。何があったのかは、断片的にしか覚えていないんだけど……。でも、あなたには、相当、苦労をかけたようね」
シュタルクは自身に向かって伸ばされた長野の手を見つめながら、悲しそうに視線を伏せ、それから、烈火のような怒りの表情を浮かべた。
「ヤァス……っ! アイツは、絶対に許さない! 」
そう決意の言葉を口にしたシュタルクは、それから、和真とオルソのことを交互に見て、呆けたようになっている二人に向かって命令する。
「ちょっと、何をボケっとしているの!? 今はとにかく、脱出するのが先でしょ! そこのクマさん、あなた、逃げ道を知っているって言っていたわね! 私が敵を食い止めるから、早く長野を連れて行って、手当てをしてあげて! 」
その言葉で、和真とオルソはようやく我を取り戻して動き始めた。
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ひとまずのところ、シュタルクは和真たちの味方であるようだった。
シュタルクは自ら殿をかって出て、和真とオルソを逃すために戦ってくれた。
和真はオルソに置いて行かれないように精いっぱいで背後の戦いの様子などまともに振り返ることなどできなかったが、シュタルクはその熱エネルギーを自在にあやつるというチートスキルを駆使して、プリズントルーパーたちを撃退してくれたようだった。
自動小銃は発砲する前に焼かれて溶け落ち、溶けて灼熱するほどの高温となった床はプリズントルーパーたちの追撃を阻(はば)んだ。
シュタルクの援護でプリズントルーパーたちの追撃を振り切ることができた和真たちは、オルソに案内されて、地下の一室へと逃げ込んでいた。
どうやらそこは、チータープリズンの地下にたまる地下水を排水するためのポンプなどがある場所らしく、広い四角い空間の中に電動式のポンプがいくつも並び、うるさい音を立てながら稼働し続けている。
和真はどこをどう走ったのかもほとんど覚えていなかったが、とにかく安全そうな場所にたどり着くことができて、オルソがその部屋で立ち止まるなりその場に座り込んでしまっていた。
学校の体育の授業で持久走というものがあるが、気持ち的にはその何倍も走り続けたような気分だった。
「あら、あなた、体力がないのね」
そんな和真の隣に、いつ追いついたのか、シュタルクが立っていた。
和真は驚いてしまったが、シュタルクはこれが当然といったような顔をしている。
プリズントルーパーたちと戦いながらここまで逃げてきたはずなのに、彼女は少しも息切れしている様子がない。
そんなシュタルクに、和真はムスッとした顔を向けた。
「そんなこと言って、そっちは装甲服、着てるじゃん」
和真は、シュタルクやプリズントルーパーたちが身に着けている装甲服は、動力つきで、身体能力を補助してくれていることを知っている。
その言葉にシュタルクが答える前に、オルソが割って入った。
「それより、追っ手は? どうなったんだい? 」
「大丈夫、全部まいてきたわ。地下に突入してきた連中は大体片づけたし、援軍はまだ上の方でうろうろしているみたい。……あ、勘違いしないでね? 誰も死なせてはいないわ」
オルソの問いかけにシュタルクは肩をすくめて見せ、オルソは安心したような表情を浮かべた。
オルソはというと、ここまで抱えてきた長野を下ろして壁によりかからせ、ポンプ室の奥にある太いパイプに取りつき、それを観察しているところだった。
それからオルソがパイプの一部をいじると、その部分が開き、パイプの中が見える。
どうやら、中に入るためのハッチになっているようだった。
「さぁ、ここから脱出しよう」
パイプの中をのぞき、そこが安全であることを確認したオルソは、まだ休んでいた和真を振り返ってその言い、手招きをする。
その仕草を見て立ちあがった和真は、オルソの隣に移動し、パイプの中をのぞき見る。
その中は何もない空洞だったが、どうやら、緊急時などに急速に排水する必要が生じた時に使用される、排水用の太いパイプであるようだった。
直径二メートルほどもある大きなパイプの中は暗く、どこまで続いているのかまったく分からないほどで、不気味で、気味が悪かった。
「えっと……、ここに、入るんですか? 」
「そうだよ。他に逃げ道はないからね。大丈夫、明かりはそこにあるし」
表情を引きつらせながら確認する和真に、オルソは無情にも壁の方を指さした。
そこには、パイプの中を点検するときなどに使うためなのか、充電式の懐中電灯と安全対策のヘルメットが備えつけられたラックがあった。
「悪いんだけど、和真くん、先に入って、長野さんを受け止めてくれるかな? 私が抱えて連れて行くけれど、入り口が狭いから彼を抱えたままじゃ通れないんだ」
和真はなおも躊躇(ちゅうちょ)していたのだが、オルソは待つつもりはないようだった。
他に逃げ道はないようだし、和真は言われた通り、壁から懐中電灯を取り出して明かりをつけ、パイプの中へと入って行った。
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