「プリズンシティ」:2

 プリズンシティは、和真がチータープリズンへと収監(しゅうかん)されたその日に通り過ぎてきた、プリズンアイランドに存在する小さな街のことだった。


 チータープリズンが存在するプリズンアイランドには、世界中のチーターを捕獲しに向かうプリズントルーパーたちの大きな拠点があり、数多くの人員が働いている。

 プリズンシティは元々そういった人々が休暇などに出かけて息抜きをしたり、必要な物資を現地で生産したりするために出来上がったもので、[模範的な]囚人(チーター)にも特別に外出して街を出歩き、そこに存在する様々な施設を利用することが許されている。


 和真はまだチータープリズンに収監(しゅうかん)されてから日が浅く、本来であれば、まだプリズンシティへと外出する許可は下りないはずだった。


 だが、ヤァスは、和真のために特別に許可を取りつけてきてくれたらしい。


 プリズンシティには、様々な施設が、[街]と言ってイメージするようなものはたいていそろっているという話だった。

 決して規模の大きな街ではなかったが、プリズンアイランドの中で一般的に必要とされる様々な娯楽を提供するため、わざわざいろいろな施設が建てられているのだ。


 例えば、ショッピングモールや、それに付属する映画館や、小さいながらも遊園地があり、街中には多種多様な料理、世界各地の食事や異世界の料理を出すレストランがあり、和真も慣れ親しんだ有名なファストフードのチェーン店まで存在する。

 他にも、ボーリングやテニス、バスケット、サッカーなどができ、プールまである総合スポーツ施設や、ブランド物の衣料品店、最新の出版物もあつかっている本屋に、電化製品や家具を扱っている店まである。


 そして、外出を許された囚人(チーター)には、そこで自由に買い物を楽しむことが許されている。

 毎日の課業や、監獄側からの要請を受けて働いた対価として得たグディを使い、囚人(チーター)たちは自分だけの[財産]を持つことができ、それを、自身の牢獄(ろうごく)へと持ち帰ることが許されている。


 もちろん、実際に牢獄(ろうごく)にものを持ち込むためには監獄側から厳しいチェックを受けなければならないのだが、プリズンシティへの外出はすべての囚人(チーター)が羨(うらや)むものであり、単調になりがちな監獄での生活の中で、もっとも大きな楽しみとなるものだった。


 だから、ヤァスの申し出は、和真にとって嬉しいことだった。

 まだ収監(しゅうかん)されてから日が浅く、[模範囚]として認められるのはまだまだ先のことで、当分、和真にプリズンシティへの外出許可が下りることはないはずだったからだ。


 だが、和真は、素直に喜ぶことができなかった。

 人当たりの良い柔和な、作り物の笑顔を浮かべたヤァスのその表情の裏に、どんな意図が隠されているのか、和真は不安で、恐ろしいような気持だった。


 それでも、和真はヤァスの申し出を断ることができなかった。

 プリズンシティに行ってみたいというのは和真のまぎれもない本心だったし、ここで無理に断る理由も思いつかない。


 何より、そんなことをして、ヤァスに[和真がヤァスのことを信じていない]ということが伝わってしまえば、何かされるのではないかと、和真は怖かった。


「あ、ありがとう、ございます」


 やがて和真がそうヤァスに礼を言うと、ヤァスはにっこりと笑みを浮かべ、和真に「外出する際はプリズンガードの詰め所にそう申請してからにしてください。ボクが話しを通しておきますから、今回のところは通常必要になる書類は必要ありません。申請が終わったら案内に従って、バスに乗ってください。プリズンシティへのバスは朝九時から夜の九時まで、三十分おきに出ていますから」と教えてくれた。


 それから、ヤァスは和真に少しだけ顔を近づけ、他の誰にも聞かれないように耳打ちする。


「お分かりだとは思いますが、くれぐれも、和真さん。プリズンシティでチートスキルは使わないでくださいね? 特別任務のことを決して忘れないでください。すべては、和真さん、貴方(あなた)にかかっているのですから」


 ヤァスのその言葉は優しく、いかにも親切そうだったが、和真はその言葉に[裏]があるのではないかと思え、どうしても猜疑心(さいぎしん)を消すことができなかった。


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 和真への取り調べはナシになった、というヤァスの言葉通り、ヤァスとの話を終えた和真は、そのまま自身の牢獄(ろうごく)へと帰された。


 夕食も入浴も、休日として与えられる自由時間も、何もかもが平常通りだった。

 それは、本当に[特別待遇]だった。


 鷹峰たちがどうなったのか、和真には知る術はなかった。

 だが、どうでもよかった。


 彼らは和真のことを私刑(リンチ)にし、散々痛めつけた相手だった。

 せいぜい、監獄側から取り調べでこってり搾(しぼ)り取られてしまえばいいと、その程度にしか和真は思わない。


 だが、和真には釈然(しゃくぜん)としない思いがつきまとっていた。


 ヤァスはその言葉通り、和真を[特別待遇]してくれているが、その意図が和真には不明瞭(ふめいりょう)で、空恐ろしく思えてしまうからだ。


 それでも、和真はヤァスに言われた通りに行動するしかなかった。


 翌朝、目を覚ました和真は、ヤァスに言われた通りプリズンガードたちの詰め所へと向かい、そこで外出の申請をした。


 本来であれば、囚人(チーター)が外出許可を得るためには[模範囚]としての承認を監獄側から得て、そのことを証明する書類をもらい、監獄側から発行される外出許可申請書に必要事項を記入して併せて提出する、という煩雑(はんざつ)な作業が必要となるのだが、ヤァスがその言葉通りに話を通してくれていたらしく、和真への外出許可はその場で出された。

 和真と同じように外出許可の申請に来た他の囚人(チーター)が、その特別待遇ぶりに驚いて目を丸くしていて、和真はなんだか肩身が狭い思いがした。


 それから和真はその場でプリズンガードからプリズンシティとチータープリズンを往復しているバスの発着場までの道筋を教えられ、バスに乗り込むために発着場へと向かった。


 待っていたのは、和真が暮らしていた街でもよく見かける路線バスだった。

 車いすの乗り降りにも対応した低床型のバスで、環境問題を意識しているのかディーゼルエンジンと電気モーターっを併用するハイブリットタイプのバスだった。


 和真が乗ることになったのは朝九時出発の一番早いバスだったが、その中はすでに囚人(チーター)たちでほとんど満員の状態だった。


 みんな、プリズンシティでのひと時を楽しみにしているのだろう。

 バスの中は明るく、穏やかな雰囲気で、囚人(チーター)たちは盛んにおしゃべりをしている。


 和真はその中で、なるべく目立たないように小さくなりながら立ち乗りし、つり革をつかんでバスの発車を待った。


 これだけたくさんの囚人(チーター)が集まっているのだから、中には[クラン]に所属している囚人(チーター)たちもいるはずだった。

 そうであるのなら、鷹峰たちのように、和真に目をつけて、また騒動を起こすような輩(やから)も混じっているかもしれない。

 もうトラブルは嫌だった和真は、とにかく、少しでも目立たないよう、頭を下げて、周囲の囚人(チーター)たちに顔を見られないようにした。


 やがて予定の時刻になると、和真たち囚人(チーター)を乗せたバスは、プリズンシティへ向かって走り出した。

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