「プリズンシティ」:1

 プリズンガードたちに連行された和真は、取調室の前にまず、医務室へと連れて行かれた。

 プリズンガードたちは囚人(チーター)を[公平]にあつかうつもりでいる様子だったが、さすがに全身に打撲を負い、出血もしている和真に何の治療もしない、ということはしないらしい。


 監獄棟の囚人(チーター)向けの医務室へと連れて行かれた和真はそこで、白衣を身に着けた男性エルフの医師によって治療を受けることとなった。


 エルフ、ということで想像できる通り、和真への治療は、魔法を使って行われた。

 長命なエルフだから、こちらの世界の医療技術についても学習して精通している様子で、和真が学校の保健室や病院などで受けたのと同じような治療も行われたが、メインは魔法で、和真が受けた傷は、和真の目の前でみるみるうちに回復されていった。


 エルフの医師が魔法の杖を和真の傷に向けて不思議な呪文を唱えると、魔法の杖の先端に光が集まり、その光が和真の傷を包み込む。

 すると、何だか暖かな、心地の良い感覚がして、和真の身体にできた青あざや擦り傷などが消えていくのだ。


 傷が治ると痛みも消えたので和真としては嬉しい限りだったが、同時に、やはり釈然(しゃくぜん)としない気持ちになってくる。


(やっぱ、魔法が良くって、チートがダメ、っていうのは、変だよなァ)


 和真はそう思ったものの、それを口にすることはしなかった。


 和真の治療を行ってくれたエルフの医師は冷静に、和真に対して何ら含むことがないような態度でいたが、その内心では激しくチーターを憎んでいることも十分にあり得る。

 和真はアピスとの初対面で対立して以来、口を慎むことにしている。


 和真の治療が終わると、和真にはちゃんとした囚人服が用意されており、すっかり汚れ、ところどころ破けてしまってボロボロになった服を着替えることができた。


 チータープリズンの囚人(チーター)たちに用意される囚人服は、脱走が起こった際などに人目につきやすいように派手なオレンジ色一色で、課業で行われる様々な作業に対応できる作業服としても機能するよう、おしゃれとは無縁の機能だけを重視したものとなっている。

 着心地も決して良いわけではなかったが、今は新しい服に着替えられるというだけでも嬉しかった。


 何というか、和真はチータープリズンへと収監(しゅうかん)されて以来、喜びを感じるハードルが以前よりもずいぶんと下がってしまっている。

 それだけ、チータープリズンでの生活は和真にとって過酷なものだということだった。


 治療と着替えが終わり、和真はこれから自分にも取り調べが行われるのだろうと覚悟していた。

 すぐにプリズンガードたちが迎えに来て、和真を取調室へと連行し、徹底的に、監獄側の気が済むまで質問をされるのだろうと思っていた。


 それは、想像するだけでも憂鬱(ゆううつ)になることだった。

 ただでさえ自由を奪われた日々を送っているのに、その数少ない気晴らしになる貴重な休日の時間を、無駄にすることになってしまうのだ。

 それに、和真は取調室の冷たくて重苦しい雰囲気が、どうしても好きになれそうになかった。


 だが、しばらくして、医務室で待機していた和真を迎えに来たのは、プリズンガードたちではなかった。


 それは、和真に特別任務を依頼してきた青年、ヤァスだったのだ。


────────────────────────────────────────


「やぁ、和真さん。今回は、大変でしたね」


 ヤァスの姿を見て驚いた顔をした和真に、ヤァスはあの作り物にしか思えない柔和な笑顔を浮かべ、和真に同情しているようにそう言った。


「ボクがお願いしている[例の件]で、ずいぶん苦労をしていただいているみたいで。少し、申し訳なく思っています」


(まったくだ! )


 ヤァスの表面的にしか思えない謝罪の言葉に、和真は内心で腹を立てる。


 考えてみれば、和真は、ヤァスに振り回されているだけだった。

 特別任務を与えられ、成功すれば早期に刑期を終えて日本に帰れると、そういう約束にはやっているものの、そもそも、懲役九百九十九年などというデタラメな刑期を和真に与えるようにしたのは、他ならぬヤァスなのだ。


 ヤァスは自分自身の[未来視]のチートスキルによって見た[惨劇]を防ぐカギとなるのが和真で、その[惨劇]を防ぐためには和真を長期間にわたって監視下におくか、和真自身の積極的な協力が必要だ、というふうに説明してはいるものの、考えてみれば、彼が和真に真実だけを話しているという保証は何もない。


 和真には、それを確かめる術(すべ)さえ与えられてはいないのだ。


 だが、和真には、ヤァスの指示に従うことしかできなかった。

 ヤァスはチーターの身でありながら、チータープリズンの運営を管理する部署のオブザーバーとして特別待遇を受けている身で、その力は、和真に懲役九百九十九年というデタラメな刑期を言い渡すことができる程度にはあるのだ。


 ヘタに逆らえば、和真はもっと不幸な目に遭うだろう。


「それで、俺の取り調べは、いつ始まるんですか? 」


 和真はヤァスに不信感を抱きながらも、とにかく、自分の予定がどうなっているのかを知るためにそうたずねていた。


 すると、ヤァスはクスリと笑う。


「いえ、それは、ナシになりました」

「ナシ? あの、鷹峰たちとのことについて、取り調べはしないってことですか? 」

「はい。状況からいって、和真さんが被害者だというのは明らかですし、ボクの方からお願いして、そういうふうにしてもらいました」


 取り調べがないことは素直に嬉しいことだったが、しかし、和真は単純には喜べなかった。

 ヤァスが自分を特別扱いしてくれる意図が、どうしても不審に思えてならないからだ。


 だが、ヤァスはそんな和真の内心の葛藤(かっとう)など、少しも気づかないふうだった。


「それと、ボクのせいで苦労をかけてしまった和真さんに、僕からプレゼントがあるんです」


 ニコニコとした笑顔を作りながらそう言ってきたヤァスに、和真は首を傾げる。


「プレゼント、ですか? 」

「ええ、そうです。……辛い目に遭った和真さんに、少しでも息抜きをしていただけたらいいなと。ここ、プリズンアイランドに存在する街、プリズンシティへ、明日、一日外出する権利を和真さんにご用意したのです」

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