「私刑(リンチ)の時間」:1

 鷹峰(たかみね)が和真を案内したのは、中庭の中でも特に茂みが深い場所だった。


 シュタルクが暴走事件を起こす前の中庭にはここまで茂みが深い場所は無かったはずだが、囚人(チーター)たちがチートスキルを使って中庭を元に戻す際に少し成長を促進し過ぎてしまったようだった。

 その場所は木の枝と葉、低木の茂みに囲まれた小さな広場のような場所で、薄暗く、隠れて何かをするにはちょうどよさそうな場所だ。


「さ、奥に進んで。ここなら、今なら誰にも、監視カメラにも見られることなく話せるから」


 鷹峰はその茂みに囲まれた小さな広場の前で立ち止まると、和真の方を振り返り、先に奥まで進む様に促す。

 和真はまだ鷹峰の考えがよく分かっていなかったが、とにかく、言われるままに奥へと進んだ。


 手探りではあったが、ヤァスが見たという[惨劇]を防ぎ、和真自身が日本へ帰るために、できることをやろうと和真は思っていた。

 [虎穴に入らずんば虎児を得ず]ということわざもある。

 多少の危険は覚悟しているつもりだった。


 だが、そこは、比喩(ひゆ)でも何でもなく、和真にとっての虎穴だった。


 和真が茂みに囲まれた広場の奥にまで入り込むと、その茂みに隠れていた数人の少年たちがいきなり姿を現したのだ。


「な、な、なんだよ、アンタたち!? 」


 和真はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ得ているその少年たちの姿を見て危険を感じ、身構える。


「おっと、蔵居くん、動いちゃだめだよ。もちろん、大声も出さないようにね」


 そんな和真を背後から羽交い絞めにしながら、鷹峰が言う。

 和真は(しまったっ!? )と思ったが、細身だが筋肉質の体を持つ鷹峰の力は意外に強く、和真はその拘束から逃れることができなかった。


 焦る和真の目の前で、茂みから姿を現した少年たちは、どこかから拾って来たらしい木の枝を取り出してかまえる。


 それは、武器と呼ぶにはあまりにもお粗末(そまつ)なものだった。

 森などにいけばその辺に落ちていそうな枝で、ほとんど人の手で加工されているような様子はなく、せいぜい持つところに布が巻かれていたりするくらいだった。


 それでも、和真にとっては恐ろしい武器だった。

 和真を殴りつけ、苦痛を与えるためには、十分すぎるほど役に立つものだからだ。


「ど、どうなってんだよ、鷹峰っ」


 和真は声が震えるのを自覚しながら、自分をここまで連れ込んだ鷹峰に、言われた通り声を抑えながら問いかける。


「ハッ! 見て分からないのかい? 」


 そんな和真を、鷹峰は嘲笑(あざわら)う。

 つい先ほどまで浮かべていた人当たりの良い笑顔が嘘のような、邪悪に歪んた笑みを鷹峰は浮かべていた。


「これから君は、僕たちに痛めつけられるんだよ? この場所も、アミークスの仲間に頼んで、わざわざ君のために用意してもらったんだ」

「な、なんでだよっ。お、俺が、何したっていうんだよっ? 」

「別に、君は何もしてはいないさ。……ただ、僕たちには知りたいことがあってね」


 和真が鷹峰と話している間にも、木の棒を持った少年たちはじりじりと近づいてくる。

 少年たちはみな、その手にした木の棒で和真を痛めつける許可を鷹峰が出すのを、今か、今かと、うずうずしながら待っているようだった。


「し、知りたいことって、なんだよっ? な、何でも話すから、こんなことやめろよっ」

「自分から話すようなことなんて、信用できるわけがないじゃないか」


 和真は本心から言っているのだが、鷹峰は少しも信じるつもりがないようだった。


「僕たちが知りたいのは、君のチートスキルの正体さ。……懲役九百九十九年何ていう、デタラメな刑期を言い渡されるくらいの、君のチートスキルをね」


 その鷹峰の要求に、和真は困惑した。


 痛い目に遭わないためには、素直にすべてを打ち明けるしかなかった。

 和真の首につけられたチートスキルの発動を抑制する首輪はヤァスの手引きで機能しておらず、和真はチートスキルを使える状態だったが、[壁をのぼりおりできる]や、[からあげを出せる]チートスキルが、この状況で何の役に立つというのだろうか?

 それに、鷹峰はそもそも暴力なしに自発的に出てきた言葉を信用するつもりがまったくない。


 加えて、もし、和真のチートスキルを正直に言ってしまえば、鷹峰たちから[チートスキルをコピーされる]と警戒されるようになり、特別任務を進めていくうえでも問題が出てきてしまう。


 和真は、少しでも考える時間が欲しかった。

 もうすべて話してしまうしか、痛めつけられる事態を回避するにはそれしかないと思えたが、相手は和真が[素直に協力する]とは頭から思っておらず、和真が正直に話したところで痛めつけられるという運命は変えることができない。


 それに、和真自身、特別任務をうまくやり遂げて、日本に帰るという望みを諦(あきら)めたくはなかった。

 そのためには、どうにかしてこの場を乗り切る方法を見つけ出さなければならない。


「そ、そんなことを知って、どうしようっていうんだよっ!? 」

「情報ってのは、とても価値があるんだ。だから、君のチートスキルのことは、他のクランも知りたがっているんだ。奴らはそのうち君から聞き出せると思って余裕ぶっているみたいだけれど、僕たちは違う。他のクランより早く情報を手に入れられれば、その分、僕たちの立場を有利にできるからね」


 和真は時間を稼ぎたかったが、鷹峰はそれ以上の時間を和真に与えようとはしなかった。

 鷹峰は暴れる和真を押さえつけながら、短く「やれ」と、木の棒を持った少年たちに命令してしまう。


 和真は、必死にこの状況から逃れる方法を探した。

 周囲を見回してみたが、助けてくれそうな相手はどこにもいない。


 ただ、頭上にある木々がガサガサとうごめいて、その茂みの中を一匹のシマリスが駆け抜けていっただけだ。

 どうやらずっとそこに隠れていたらしいが、和真への私刑(リンチ)が始まるのを見て、自分もまきこまれてはたまらないと、慌てて逃げ出して行ったようだった。


 鷹峰の拘束を振りほどけないか、和真はもう何度も試していたが、鷹峰の力は和真より強く、どうすることもできない。

 こんなことになるのであれば、アイアンブラッドの囚人(チーター)たちのように自分の身体を鍛えておくのだったと和真は後悔したが、今さらどうすることもできなかった。


 和真は、絶体絶命、追い詰められていた。


 鷹峰に命じられた少年たちは、恐怖で顔面蒼白となり、冷や汗を浮かべて必死に暴れている和真の姿を見て、意地悪な笑みを濃くする。

 それから、その手に持った木の棒を、和真へと振り下ろすために振り上げた。


「やっ、やめろォっ! 」


 和真はそう叫ぶと、思わず目を閉じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る