「クラン」:6

 逃げるようにトレーニングルームから出た後、和真は中庭へと向かった。

 トレーニングルームの、アイアンブラッドに所属する囚人(チーター)たちが多く集まっている場所には長居したくなかったし、何より、新鮮な空気が欲しかった。


 囚人(チーター)たちが気軽に建物の外に出ることができる場所と言えば、それは、監獄棟の中庭しか存在しなかった。

 そこは以前のシュタルクの暴走時に焼かれた時の痕跡(こんせき)をまだ残してはいるものの、ほとんど元通りの姿になっていて、今日も多くの囚人(チーター)たちに利用されている。


 全て、囚人(チーター)たちが持つチートスキルのおかげだった。


 囚人(チーター)たちの中には植物に関するチートスキルを持っている者もおり、監獄側からの要請に従っていくつかのチートスキルが使用された結果、シュタルクが力を暴走させてしまったことで焼けてしまっていた植物も、元のように生い茂るようになっている。


 チートスキルというのは、本当に便利な力だった。

 火事で焼けてしまった植物も、傷が浅ければ元のようによみがえり、完全に焼けてしまったものも、植え替え、チートスキルを使って一気に成長させることで、豊かな緑へと成長してしまった。


 中には使いどころの分からない微妙なチートスキルも存在しているが、そういったチートスキルも、よくよく考えてみれば何らかの形で使いどころがあったりする。


 この世界には、そういった様々なチートスキルが、当たり前のように存在している。


 和真はチートスキルを表面的には「ずるみたい」と言って嫌っていたが内心では「羨(うらや)ましい」とずっと思いながら、日本で暮らしていた。

 自分にはチートスキルはないと、そう思っていたのに、今はこうやった他のチーターと一緒にチータープリズンに収監(しゅうかん)され、そして、ヤァスから[特別任務]を言い渡され、他の囚人(チーター)たちと否も応もなくかかわりを持たなければならなくなっている。


 ヤァスに特別任務を持ちかけられた時は、[自分こそが主人公なのだ]と思い、和真は嬉しかったし、誇らしかった。

 得意になったような気持だった。


 だが、実際に特別任務を達成しようとしても、簡単にはいかなかった。

 短い期間では他の囚人(チーター)たちが何を考えているのかなど少しも明らかにはできず、そのチートスキルの正体を知ることも、ほとんどできていない。


(少し、疲れたなァ……)


 和真はそう思いながら、中庭の隅(すみ)の方で監獄棟の壁に背中をあずけてよりかかりながら、自分が課業をこなしたことで支給されたチータープリズンの電子マネー[グディ]を使って購入した缶コーヒーを口にする。

 銘柄は知らないものだったが、砂糖と見る無のたっぷりと入ったもので、喉(のど)はかえって乾くかもしれなかったが、今の和真にはほっとするような味だった。


 和真は元々、不特定多数の人間とつき合うことが苦手だった。


 世の中には様々な人がいて、その人それぞれが、自分なりの考えや意志を持っている。

 そういった人々と多く関わると、その人々の考えや意志を和真の頭では把握しきれなくなり、訳が分からなくなる。


 そして、とにかく、疲れてしまうのだ。


(こんなことで、本当に、うまくいくのかよ……)


 和真はゴクゴクと缶コーヒーを飲みながら、自分の将来について悲観的になっていた。


────────────────────────────────────────


「やぁ。君、蔵居くんでしょ」


 そんな和真に突然、親しげな様子で話しかけてきたのは、和真と同じくらいの年頃の少年だった。


 和真は最初、その少年が前髪で目が隠れるほど長く自身の黒髪をのばしているのを見て、(女の子かな? )とも思ったのだが、やせ型で筋肉質な身体をもつことと、声がどちらかと言えば低いことから、どうやら少年で間違いないようだ。


「えっと、そうだけど。そっちは? 」

「僕は鷹峰拓哉(たかみね たくや)。蔵居くんと同じように、日本からここに連れてこられたんだ」


 鷹峰と名乗った少年は気さくな感じでそう言うと、和真の隣に自然に位置を取り、和真と同じように監獄棟に背中をあずけた。


 その様子に、和真は戸惑う。

 鷹峰の行動があまりにも自然であったから何も反応をすることができなかったが、和真は急に他人に近い距離に入って来られると緊張してしまうタイプなのだ。


 それに、少し警戒もしてしまう。


「え、えっと、俺に、何の用? 」


 和真が突然現れた鷹峰にそう問いかけると、鷹峰は人のよさそうな笑みを浮かべる。

 それは、どこかで見たことがあるような作り物のような笑みではなく、本当に親しげで、人当たりの良い笑顔だった。


「実は僕、こう見えて、アミークスっていうクランのリーダーなんだ」


 そして、鷹峰の口からなんでもないふうに飛び出して来たその言葉に、和真はさらに緊張して、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 アミークスという派閥について和真はまだ知らなかったが、一つの派閥のリーダーであるのだから、鷹峰は強力なチートスキルを持っているはずだった。


「クラン・メンダシウム、それにアイアンブラッドの人たち。みんな、蔵居くんに興味を持っているんでしょ? 僕たちは最初、無理に関わらない方がいいかと思っていたんだけどね。ホラ、蔵居くんも、あんまりつきまとわれると面倒でしょ? だけど、他の派閥が蔵居くんにあんまりご執心みたいだから、僕たちも放っておけない、そういう話になってしまってね」


 [大物]の接触に緊張している和真に、鷹峰はそう説明すると、友達に「コンビニにでもよろうぜ」と誘うような口調で言った。


「どうだい? 蔵居くん、僕たちのクランに入らないかい? 」


 和真は、その鷹峰の誘いに、もう一度ゴクリと唾(つば)を飲み込んだ。


 アミークスというクランからの最初の接触は、これまでの二つのクランよりもずっと積極的だった。

 それは和真にとって簡単には決められない誘いではあったが、同時に、大きなチャンスでもある。

 クランに加わることができれば、和真もその行動に制限を受けるかもしれなかったが、少なくとも同じクランに所属する囚人(チーター)に対しては話をしやすくなる。


 チートスキルをコピーする機会も生まれるかもしれなかった。


 和真は無言でいたのだが、鷹峰には、和真が興味を持っていることが分かったのだろう。


「いい場所があるんだ。そこなら落ち着いて話せると思う。ちょっと、ついてきてくれるかい? 」


 鷹峰は和真にそう言うと、手で、中庭の奥の方を指し示した。

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