「クラン」:1

 その時、和真は食堂で昼食をとっていた。


 メニューは、これを食べたらもう他の米は食べられない、というくらい美味しいチートスキルで生み出された日の丸弁当と、日本人向けに用意されたワカメと豆腐の味噌汁、サラダときゅうりのしば漬け。

 そして、千代が皿に山盛りにしてくれたからあげだった。


 和真は、サラダをシャキシャキと食べ、味噌汁をずずず、とすすり、からあげをカリッジュワッと食べながら、その瞬間だけは、うまくいっていない特別任務のことを忘れ去ることができていた。


 美味しいご飯が、そこにある。

 これだけで、こんなに幸せな気分になれるのかと、和真は幸福感に酔いしれていた。


 昼食時は厨房(ちゅうぼう)で働いている千代とピエトロ以外には知り合いのいない和真は、黙々と食事を堪能(たんのう)していたのだが、突然、和真の左右に囚人(チーター)がやってきてイスに座った。


 和真はからあげを口に運ぼうとしていた姿勢のまま、自身の左右にやって来た囚人(チーター)の方を横目で確認する。

 どちらも、見たことのない囚人(チーター)だった。


 それは、奇妙な出来事だった。

 何故なら、食堂内の座席には空きがいくつも存在し、知り合いでもないのに和真の左右にわざわざやってくるなど、考えにくいことだった。


 和真は驚き、戸惑いながら左右の囚人(チーター)の様子をうかがっていたが、どちらの囚人(チーター)も、一見すると和真には関心を持っていないようだった。

 二人の囚人(チーター)はどちらも和真の方を見ようとはせず、ただ、黙って自身の持ってきたトレーに盛りつけられた料理を食べ始める。


 和真の右側の囚人(チーター)は、耳のついたままの食パンで作られたサンドイッチ、左側の囚人(チーター)はボルシチとパン。

 囚人(チーター)たちは脇目も振らず、黙々と料理を食べ勧めていく。


 まだ状況がのみ込めてはいなかったものの、左右の囚人(チーター)が和真のことなど無視して食事を続けるのにつられて、和真も自分の食事を再開した。

 いきなり自分の両隣を占拠されたことは不思議ではあったが、[そういうこともあるのか]と思ったのだ。


「そのままで、聞け」


 だが、囚人(チーター)が和真の左右に陣取ったのは、やはり偶然ではなかった。

 突然和真にだけ聞こえるような抑えた声で話しかけられ、和真は危うく食べ物を喉に詰まらせるところだった。


 和真がやっとの思いで口の中のものを飲み込むと、そんな和真の様子には少しも配慮せず、和真を挟み込んだ囚人(チーター)たちは言葉を続ける。


「俺は、クラン・メンダシウムからの使者だ」


 クランというのは、オンラインゲームなどの中で、同じ意志を持ったゲーマーの集団などを指して使われることのある言葉で、和真にも聞き覚えのある単語だった。

 適当かどうかは分からなかったが、[メンダシウム・チーム]とでも思えばいいのだろうか。


「我らの指導者、ラクーン様がお前に会ってみたいとおっしゃっている。今日の午後、ラクーン様のところに向かえ。ラクーン様は、談話室におられる」


 クラン・メンダシウムからの使者は、そう用件を短く伝えると、再び押し黙る。

 和真からの返答を待っているのかもしれなかったが、和真は戸惑うばかりで、何も言うことができなかった。


 突然、クランのリーダーが待っているから会いに来い、と言われても、困るしかない。

 何の用事で呼ばれるのか少しも分からないし、そこで自分がどんな扱いをされるのかも分からない。

 不安に思うのは当然だった。


「私は、アイアンブラッドからのメッセンジャーだ」


 和真が何も言えないままでいると、今度は、もう一人の囚人(チーター)がそう言って、和真に要求を突きつけてくる。


「我々は、貴様の力量を見極めたいと思っている。もし、貴様が己の真の力を確かめたいと願うなら、我々に会いに来るがいい。我々は貴様を歓迎するだろう。……我々は、トレーニングルームで貴様を待っている」


 メッセンジャーと名乗った囚人(チーター)は、どうやら[アイアンブラッド]という名前のクランから派遣されて来たようだった。

 そのクランの名前、[鉄血]という意味の言葉から連想されるとおり、硬派で厳格な雰囲気を感じる。


 和真は戸惑いながらも、内心で(これが、[派閥]っていうやつか)と思っていた。


 何となく、和真にも状況がつかめてきていた。

 囚人(チーター)たちの間で形成されている様々な派閥、そのうちの二つが和真に関心を持ち、関係を持とうとしているのだ。


 和真は、ゴクリ、と生唾(なまつば)を飲み込んだ。


 これから自分にどんなことが起こるのか、不安と恐怖でいっぱいだった。

 だが、これは、大きなチャンスでもある。


 クラン、派閥のリーダーたちは皆、高ランクのチーター、つまり有力なチートスキルの持ち主たちだ。

 他にも、多数の囚人(チーター)たちがクランには所属している。


 もし、その囚人(チーター)たちのチートスキルをコピーすることができれば、和真がヤァスに言われている[特別任務]は、大きく進展することになる。


 ヤァスが[未来視]のチートスキルで見たという[惨劇]を阻止し、刑期を大幅に短縮して、和真は日本へ帰れるかもしれない。


「わ、分かりました。必ず、今日の午後の間に、おうかがいします」


 和真は、少し震える声で、クランから派遣されて来た使者にそう答えていた。


 これから、和真はこのチータープリズンの中で、うまく立ち回って行かなければならないのだ。

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