「コピーせよ、チートスキル」:5
和真は、床の上に転がっているからあげの姿を見て、慌ててベッドから跳ね起きた。
和真は、自分の部屋にからあげを持ち込んだ記憶がなかった。
それに、手から何かがこぼれ落ちる感覚が、確かにあった。
そう。
和真はとうとう、他のチーターのチートスキルをコピーすることができたのだ。
和真は、牢獄(ろうごく)の中で思わず歓声をあげ、それから、慌てて自身の口を覆った。
牢獄(ろうごく)の中には監視カメラが設置されており、常に監視を受けている。
もし和真が妙な行動をしていたら、また、プリズンガードが牢獄(ろうごく)を訪れてしまうだろう。
今度は、笑ってごまかすことはできないかもしれなかった。
ピタッ、と動きを止めた和真は、ちらりと監視カメラの方を確認した後、なるべく怪しまれないようなゆっくりとした動きでベッドの上に座り直し、カメラの方に背中を向けた。
そうやって自分の身体でカメラからの死角を作り、そこで、もう一度からあげを手から出せるかどうか試してみたかったのだ。
さっきは、偶然だった。
何の意図も無しに、唐突にからあげが飛び出しただけだった。
和真が千代のチートスキルをコピーできたのは間違いのないことだろうとは思ったが、やはり、それを制御し、使いこなせなければ意味はない。
偶然では、困るのだ。
和真は心配だったが、それは杞憂(きゆう)だった。
監視カメラの死角でこっそり手をかざして念じてみると、ポロリ、ポロリと、からあげが手からこぼれ落ちてくる。
和真は初めて、チートスキルを手にしていた。
それが他人のものの劣化コピーであろうと、それは、和真が初めて手にした[特別]だった。
自分は、特別。
自分こそが物語の主人公に、世界の中心になれる。
その想像は和真の思考を痺(しび)れさせ、和真はこらえきれずに笑みを漏(も)らしていた。
和真は嬉しくなって、自分の手から生み出したからあげを口に入れた。
小腹がすいていたし、ちょうど良いと思ったのだ。
だが、和真は自分で作り出したからあげを一口かじり、それ以上は食べようとはしなかった。
不味かった。
衣はガリッとしていて固く口の中に刺さりそうだと思えるほどで、皮はもにっとしていて気持ち悪い触感、そして肉は固くてパサパサだった。
まるで、調理に失敗したからあげのような味だ。
(なるほど……。これが、[劣化コピー]か)
和真はそう納得したような気持になりつつも、泣きたいような気分だった。
喜びが大きかった分、悲しみも大きかったのだ。
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和真は、[特別任務]を果たすための、その第一歩を踏み出すことができた。
だが、喜ぶことができたのも一瞬だけで、和真の任務は難航することとなった。
やはり、囚人(チーター)たちの間に存在する暗黙のルールが邪魔をして、和真は思うように他の囚人(チーター)のチートスキルを知ることができないのだ。
それに、囚人(チーター)たちから和真へ向けられる視線は、相変わらず強いままだった。
田中という青年に自分の刑期について正直に答えたのだから、囚人(チーター)たちの間に広まっていた噂は解消され、和真は元のように注目されなくなると思っていたのだが。
囚人(チーター)たちが和真に向ける関心は、以前よりさらに強くなってきているようだった。
和真にとってそれは、チャンスかもしれなかった。
相手が自分に対して関心を持っているのなら、和真が話しかければ会話に応じてくれる可能性も、高くなっているかもしれなかった。
だが、和真はなかなか、他の囚人(チーター)たちに積極的に話しかけていくことができなかった。
元々の性格を突然変えることなど、誰にだって難しいことだろう。
そして和真にも、それは難しいことだった。
幸いだったのは、どうやら、あの田中という囚人(チーター)のチートスキルも、和真はコピーすることができていたと分かったことだった。
後でもう一度試してみたところ、和真はほんの少しだけだが垂直な壁をのぼることができ、横に這(は)うように進むことさえできた。
劣化コピーであるため、田中がやっていたように高層マンションの外壁をのぼっていく、などということはできそうになかったが、とにかく和真はこれで二つのチートスキルをコピーできたことになる。
だが、それ以上の進行はなかった。
和真は他の囚人(チーター)からそのチートスキルを知る機会を簡単には得ることができなかったし、囚人(チーター)たちも和真に関心をよせてはいたものの、和真に積極的に近づこうとはしてこなかった。
手詰まりになってしまっていた。
このままでは、早期の出所はおろか、ヤァスが言う[惨劇]を食い止めることも難しいだろう。
和真は何とももどかしく、少しずつ焦燥感(しょうそうかん)を強くしながら、毎日を過ごすことになった。
そんな状況が一変したのは、和真がなかなか進展を得られないまま日々を過ごし、初めて迎えた休日のことだった。
※作者ひとり語り
和真くんが自分の手から出したからあげを食べた時の味の表現ですが、これは、作者が実体験したことを元にしています。
あれは忘れもしない、数年前のこと…。
季節も、ちょうど今くらいだったでしょうか。
熊吉は偶然立ち寄ったトンカツ屋でロースかつ定食を注文したのです。
千円はしなかったと思いますが、まぁ、それなりのお値段でした。
出てきたカツはイイ感じのキツネ色で、実に美味そうでありました。
キャベツも山盛りで、銀シャリも大盛、味噌汁もついている。
「さぁ、食うぞ」と、熊吉は勇んで割り箸を割ったものであります。
ですが、そのカツは、「衣はガリッとしていて口の中を怪我するのではと思えるほど固く、肉はパサッとしている」というものだったのです。
もうね、単純に失敗したんじゃなくて、作り置きをあげ直して出してるんじゃないのかと。
がっかりですよ、ええ。
もちろん、残してしまっては豚さんと畜産農家に申し訳が立たないと完食したのですが、「トンカツを食うぞ」と意気込んでいた時に出されたあのロースかつ定食の味、熊吉はきっとこれからも忘れないことでしょう。
食い物の恨みって、本当になかなか忘れないものです。
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