「コピーせよ、チートスキル」:4

 和真の要求に、田中という男性はかなり悩んだ。


 悩んで、悩んで、熱いお湯につかり過ぎてのぼせるかというくらいになって、ようやく彼は決心し、和真にこっそりと耳打ちして教えてくれた。


「俺のチートスキルは、な? [どんな壁も自由自在にのぼりおりできる]ってもんでさ」


 それから田中は、へへへっ、と恥ずかしそうに笑う。


「実はよ、俺はこのチートスキルを使って、空き巣をやってたんだぜ? 高層マンションとかよ、意外と上の階の住人は無防備でさ。荒稼ぎさせてもらってたんだが、ちとやり過ぎちまって捕まっちまったんだ」


 和真は、そういえば、と思い出す。

 何か月か前、高層マンションを狙った連続空き巣事件が、ニュースで話題になっていた記憶がある。


 その事件は確か犯人不明のまま迷宮入りしていたはずだったが、その犯人がチーターで、チータープリズンに収監(しゅうかん)されているとは思いもしなかった。


「それでよ、和真くん。本当のところ、キミの刑期は九百九十九年なのかい? な、教えてくれよ。もう、俺はのぼせちまうよ」


 和真は約束したとおり、田中に自身の刑期が九百九十九年であるということを伝えた。


「いよォッし! へへっ、大金ゲットだぜ! 」


 すると田中はそう言って喜びながら勢いよく立ち上がり、熱いお湯に長くつかったせいで血行が良くなって赤くなった体でじゃぶじゃぶとお湯をかき分けて進んでいく。

 どうやら本当にのぼせる寸前だったようで、その足取りは少しふらついていた。


「あ、そうだ」


 湯船からあがる直前で田中は一度立ち止まると、和真の方を振り返り、右手の人差し指を口の前で立てて和真に念押しをする。


「俺のチートスキルのこと、黙っておいてくれよな? ここでのルールは、もう知ってるんだろ? 」

「はい。大丈夫です、分かってますから」


 和真がうなずいて見せると、田中は「へへへっ」とまた嬉しそうに笑い、湯船から出て用意してあったタオルで身体をふき、脱衣所へと向かって行った。


 その後ろ姿を見送った後、和真もすぐに立ち上がって、湯船から出る。


 ひとまず、一つ目のチートスキルを知ることができた。

 我ながらうまくやったものだと、和真は自分で自分を褒(ほ)めたい気分だった。


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 何とか囚人(チーター)からチートスキルを聞き出すことに成功はしたものの、問題はそれが実際に使えるのかどうかということだった。


 和真自身のチートスキル、[劣化コピー]が機能していなければ、どれだけチートスキルを集めても意味がない。


 和真は、日本へ帰ることができない。


 入浴を終え、自身の牢獄(ろうごく)へと戻った和真は、さっそく、新たに知ったチートスキルをコピーできたかどうかを確かめてみることにした。


「確か、[どんな壁でも自由自在にのぼりおりできる]っていうチートスキルだったよな」


 和真は部屋に戻るとそう呟き、自身の手と足を、ためしに牢獄(ろうごく)の壁につけてみて、その鉄筋コンクリート製の平らな壁をのぼることができるかどうかに挑戦してみることにした。


 だが、少しもうまくいかなかった。


 何となく[壁に張りつく]ような気はしたものの、和真はすぐに壁から滑り落ちてしまい、自由自在に昇り降り、とは程遠かった。

 壁に張りつくような感覚も、風呂上がりで肌が潤(うるお)っていて、そのおかげでそう思えるだけかもしれなかった。


 やがて和真の牢獄(ろうごく)に、プリズンガードが姿を現した。

 和真の[壁のぼり]の挑戦は備えつけの監視カメラで常に見られており、プリズンガードたちからは、和真の行動は[奇行]にしか見えず、和真の頭がおかしくなったのではないかと、確認しに来たのだ。


 和真は、何とか笑ってごまかして見せ、以後はもう、大人しくしていることにした。


(もしかすると、アイツ、俺に嘘を教えたのかも)


 ベッドに仰向けに寝転んだ和真の頭の中には、そんな疑念が浮かんでくる。


 もっとも、それを確かめる手段を、和真は持っていない。

 あの田中という青年にもう一度会えるとは限らないし、会ったとしても、和真に本当のことを話してくれるとも限らない。


「うまくやったと思ったのになぁ」


 壁のぼりに何度も挑戦した後、一旦(いったん)諦(あきら)めることにした和真は、ベッドに仰向けに寝転がりながら、そうボヤいていた。


 まだまだ、日本は遠いようだった。


 その時、和真の腹が、ぐぅ、と鳴った。

 夕食はきちんと食べたはずだったが、壁のぼりに何度も挑戦したせいで、少しばかり小腹がすいてしまったらしい。


 だが、通常、夕食を終えた後は、朝食の時間まで何かを口にすることはできない。

 水くらいは飲めるが、和真には、好きな時に好きなものを食べるという、そんな自由は許されてはいない。


 何しろ、ここは[監獄]なのだ。


「はァ……。千代さんみたいに、手からからあげが出せたらなぁ」


 和真は、前の休みにようやく口にできた、千代のチートスキルで生み出されたからあげの味を思い出し、ぺろりと舌で唇をなめた。


 あれは、素晴らしいからあげだった。

 衣はサクサク、カリカリで、皮はパリっとしていて、肉は柔らかく、噛めば口いっぱいにあげたての香ばしい香りと肉汁のジューシーさが広がる。

 ご飯がすすむし、それだけで食べても絶品のからあげだった。


 自分も、千代のように好きなだけからあげを出すことができたら。

 そう思いながらベッドの上で寝返りを打った和真は、その時、ベッドの外に投げ出した自身の手から、ポロリと何かがこぼれ落ちる感触を覚えていた。


「何だ? 」


 和真は自身の手からこぼれ落ちたものを目にして、驚きで目を丸くした。


 無機質なコンクリート製の床の上。

 その灰色の上に、からあげが落ちていたのだ。

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