「お話ししましょう」:3
和真は勢いよくソファから立ち上がってしまったが、すぐに冷静さを取り戻し、慌ててソファに腰かけ直した。
この場所、チータープリズンでは、目立った行動をしてはならない。
それが、できる限り平穏無事に過ごすための鉄則だ。
実際、和真は感情に任せて目立った行動をしてしまい、もう少しでアピスやプリズンガードたちに痛めつけられるところだった。
周囲にプリズンガードの姿はなかったものの、また捕まってしまえば、今度は和真を助けてくれるような人は現れないはずだ。
和真はいらだちまぎれにソファを握り拳で叩くと、少し深呼吸をして気持ちを落ち着け、それから、千代の方を睨みつける。
「いったい、誰のせいで俺がここに連れてこられたと思ってるんだ? お前、プリズントルーパーたちに協力していたじゃないか」
その指摘に、千代は困ったような、申し訳なさそうな表情をする。
「少年、それは、筋違いというものだよ」
しかし、ピエトロは平然とした様子で、和真に反論した。
「千代も、僕も、ここに収監(しゅうかん)されている囚人(チーター)、どっちも立場はおんなじだよ。千代だって僕だって、キミだって、プリズントルーパーたちに命令されれば、それに従うしかないのさ」
(それは、その通りかもしれない。けど……)
和真はピエトロの言い分に説得力を感じはしたものの、それでも、釈然(しゃくぜん)としない思いは消えなかった。
「キミは、むしろ千代に感謝するべきだよ」
憮然(ぶぜん)とした表情の和真に、ピエトロはさらに言葉を続ける。
「千代は、キミを助け出すためにかなりの額のグディを使ってくれたんだ。キミを捕まえるのに協力させられた時の報酬だけじゃなく、千代が働いてコツコツ貯めたグディもね。確か、地獄の沙汰もカネ次第、だったかな? 」
和真が千代の方へ視線を向けると、千代は困ったような顔をする。
つまり、千代は[賄賂(わいろ)]を使ってプリズンガードの一人を丸め込み、和真を救出してくれたのだ。
決して、安くはなかっただろう。
しかし、和真はすぐには納得することができなかった。
千代を恨みの対象とすることができなければ、和真の不満や鬱憤(うっぷん)の行き場がなくなってしまうからだ。
やがて、和真は「くそっ! 」と呟き、頭を抱えながら天井の方を仰ぎ見た。
「えっと、千代さん、に、悪気が無いっていうのは分かったし、信じるよ。……けど、どうして、俺なんだ!? 俺には、何のチートスキルもないのに! 」
そう言って嘆(なげ)く和真の様子を見て、ピエトロと千代は、お互いの顔を見合わせた。
「チートスキルがないって、本当、ですか? 」
「ああ、そうだよ! 俺は、無実なのに、こんなところに連れてこられたんだ! 」
千代の確認の言葉に、和真は半ば叫ぶようにそう答えていた。
仮に、和真にチートスキルがあったのなら、こんな場所に連れて来られ、自由を束縛(そくばく)され、監視されている理由にも納得はできる。
しかし、和真には今でも自分にチートスキルがあるという自覚はなく、到底、こんな場所にいる理由は思いつかなかった。
「キミ、とても珍しいケース何だね」
「そうさ! 僕は、こんなところにいなきゃいけない理由はないんだ! 」
「いやいや、そうじゃなくって。……キミ、多分、チートスキルには、これから目覚めることになるんだと思うよ」
ヒステリー気味の和真に苦笑しながら、ピエトロはそう言った。
その言葉に、自身の髪の毛をかきむしる手を止めた和真は、不思議そうな表情で視線をピエトロへと向ける。
「目覚める? 俺に? チートスキルが? 」
「そう。たまにいるんだよ、チートスキルが目覚める前に、予防措置だっていって連れて来られてしまう人がね」
ピエトロの説明を聞きながら、和真は、そういえば、と思い出していた。
精神的な余裕がまったくなかったから気づいていなかったが、シマリスと共に取り調べを受けた時、確かに、カルケルは和真の資料を見ながら、和真にチートスキルはまだ発現していないというようなことを言っていたような気がする。
「ど、どういうこと、だよ? 」
「わたしたちも詳しいことは知らないんですが、チータープリズンを運営している人たちの中に、[未来が見える]チートスキルを持った人がいるようなんです」
きょとんとしたまま問いかける和真に、千代が知っていることを教えてくれる。
「チートスキルが未発現なのに、監獄に入れられる囚人(チーター)というのは、過去にも何人かいたみたいです。その人たちはみんな、その、[未来視]のチートスキルによって、将来チートスキルに目覚めることが予見されていた人たちだったのだとか」
「その話なら、僕も聞いている」
千代の説明を、さらにピエトロが引き継いで捕捉してくれる。
「そうやって捕まった囚人(チーター)たちは、確かに、しばらくしてからチートスキルに目覚めているんだ。収監(しゅうかん)されてからチートスキルが発現するまでの期間はバラバラだし、目覚めるチートスキルも違っているけど、未来視の結果自体は外れたことがないらしい」
「俺にも、チートスキルが……」
和真は自身の両手を眺めながら、そう呟くように言った。
自分にチートスキルなんてない、そう和真は思っていたのだが、どうやらそのないはずの力は、これから目覚めるかもしれないということだった。
それがいったい、どんな力になるのか。
和真の中では、複雑な思いが入り乱れていた。
チートスキルは、和真にとって憧(あこがれ)れのものだった。
自分だけが持つチートスキルがあれば、和真は退屈な日常を飛び出して、見たことも聞いたこともない、自分だけの特別な体験をすることができる。
自分だけが。
和真だけが。
特別なのだ。
そんな力が自分の手に入るかもしれないと知って嬉しいと思う反面、同時に、恐ろしくもあった。
それがどんなチートスキルなのか少しも分からないということもあったが、何よりも、自分がチートスキルに目覚めてしまえば、[自分がここに収監(しゅうかん)される理由]というものが出来上がってしまう。
和真はチートスキルを手に入れられるかもしれない。
しかし、その特別な力があっても、収監(しゅうかん)されている以上、チートスキルを使うことは許されないし、無双することなんて不可能だ。
「……二人とも、助けてくれて、ありがとう」
しばらくして和真は心配そうに自分のことを見ていた千代とピエトロにそう言うと、ソファからゆっくりと立ち上がった。
「急にいろんなことがあって、少し疲れたから、部屋に戻って休ませてもらうよ」
それから和真はそう言うと、ふらふらとした足取りで、自分の部屋、無機質で殺風景な牢獄(ろうごく)へと向かった。
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