「お話ししましょう」:4
和真はプリズントルーパーたちに拘束される直前に出会った少女、千代と偶然再会した後は、一日中牢獄(ろうごく)の中で過ごした。
自分にもチートスキルが目覚めるかもという期待とともに、もし、本当にチートスキルに目覚めてしまえば、ここから出られなくなるという不安で葛藤(かっとう)し、他に何かをするつもりになれなかったからだ。
休日ということもあり、多くの囚人(チーター)たちは夕食も食堂や街のレストランまで出かけて食べていたが、和真は牢獄(ろうごく)に平日と代わり映えのしないメニューの夕食を持ってきてもらい、一人で食事を済ませた。
昼食を食べ損なって空腹だったから、それは美味しい食事になったはずなのだが、和真はその味も、何を食べたのかさえ覚えてはいなかった。
そして和真は、その日はもう、入浴することもなくそのまま眠りについた。
その、翌朝。
その日も休日で、目を覚ましてからもしばらくベッドの上でゴロゴロしていた和真は、午前十時くらいになってからようやく動き出した。
自分にも目覚めるかもしれないチートスキルのことで悩みはつきなかったが、さすがに殺風景な牢獄(ろうごく)の中でじっとしていることに息苦しさを感じたからだった。
和真は牢獄(ろうごく)を出ると、外の空気を吸いたいと思い、中庭へと向かった。
新参者の和真にはまだチータープリズンからの外出許可は下りないし、和真が手っ取り早く外の空気を吸いたいと思えば、中庭以外に行けるところなど存在しなかった。
中庭とは言うものの、そこはなかなか開放感のある場所だった。
周囲を監獄棟の建物にぐるりと取り囲まれ、囚人(チーター)たちを監視するためのいくつもの見張り塔によって常に見られてはいるものの、空は広く見えたし、植物も適度にあって落ち着くことができる。
囚人(チーター)たちにもその場所は好かれているようで、今も、芝生の上を運動着姿の囚人(チーター)たちが駆けまわり、スポーツに熱中している。
和真は運動がしたくてここに来たのではなかったし、見ず知らずの囚人(チーター)たち、しかも自分とは外見も世代も違う人々の輪の中に入っていく勇気もなかったので、スポーツに打ち込む囚人たちからは距離を取り、中庭の縁(ふち)、監獄棟の建物の壁伝いに散歩を楽しむことにした。
プリズンアイランドがいったいどこにあるのか、船の中に作られた牢獄(ろうごく)にずっと閉じ込められていた和真には見当もつかなかったが、季節は日本と同じく初夏であるようだった。
空から降り注ぐ日差しは強く、チリチリと肌を突き刺し、焼くような感覚がある。
絶海の孤島であるためか、湿度もやや高めであるようだった。
地理的な条件の成果もしれないが、少し日本と雰囲気が似ている。
もしかすると、案外日本から離れていないのかもしれないと思わされる気候だ。
自然に汗がにじみ出てきて、喉(のど)の渇きを感じた和真は、中庭に設置されていた自動販売機から電子カードのグディを使ってスポーツドリンクを購入した。
どこか落ち着いて飲める場所が無いかと辺りを見回すと、ちょうど日差しを遮(さえぎ)ってくれる木陰があった。
中庭に生えている木々のひとつで、和真には種類など分からなかったが、たくさんの葉っぱを茂らせた、太い木だ。
何より気に入ったのは、たくさんの葉っぱがあるおかげで周囲からの監視の目を適度に遮(さえぎ)ってくれるところだった。
監視の邪魔になるようなものは排除されるので、木陰の下に入ってもプリズンガードや監視カメラからの監視を完全に防げるわけでは無かったが、それでも、見えにくくなるというだけで嬉しかった。
幸い、そこには先客は誰もいないようだった。
和真は木陰に入り、ふぅ、と一息つくと、スポーツドリンクの入ったボトルのキャップを開き、ゴクゴクと喉(のど)の奥へと流し込む。
よく冷えていて、体中に染みるように美味しかった。
その時、和真の頭上で、ガサゴソと物音がした。
見上げてみると、かすかに、茶色に縞々(しましま)模様が描かれた小動物の尻尾(しっぽ)が見える。
どうやら、和真と共に取り調べを受けることになった、あのシマリスであるようだった。
中庭という狭い空間で野生のシマリスが生息しているというのは少し考えにくかったし、ちらりと見えと、葉っぱの間に隠れてしまった尻尾の色と形には、見覚えがあるような気がした。
あれから和真はシマリスのことを監獄の中で一度も見かけなかったが、どうやら、他の囚人(チーター)たちと同じように収監(しゅうかん)されているようだった。
シマリスは人間とは違う小動物だし、生活のしかたも違うのだから、和真たちと出会わなくても不自然ではないだろう。
和真はスポーツドリンクをボトルの半分ほどまで飲み干しながら、無限にドングリを生み出せるというチートスキルを持ったシマリスを失ったあとの山、シマリスの故郷について考えを巡らせる。
ドングリを無限に生み出せるだなんて、シマリスにとっては文字通り[チート]だっただろう。
食べ物を探してあちこち探し回る必要もないし、ドングリなどの木の実の不作で飢(う)える心配をしなくてもいい。
和真は取り調べを受けている際に少し聞いた程度だったが、シマリスの一族と仲間たちは大いに繁栄し、山が[茶色と縞々(しましま)の絨毯(じゅうたん)で敷き詰められたよう]になっていたらしい。
その繁栄の原動力を失ったシマリスの仲間たちは、今、どうしているのだろうか。
チートスキルで築き上げた繁栄は不自然なものには違いなかったが、だからと言って、急にそれを取り上げられてしまうのは、いいのだろうか。
カルケルやアピスが言うように、確かに、無分別にチートスキルを使うことは問題だろう。
しかし、だからと言って、問答無用で取り締まり、こんな風に監獄の中に押し込めてしまうのも、少し[やり過ぎ]のような気がする。
和真はほんの少しだけ、シマリスに同情するような気持になった。
「よぅ、新入り。少しいいか」
和真が葉っぱの合間に隠れてしまったシマリスの姿を探しながらぼんやりと上を見上げていると、突然、そう声をかけられた。
若いが、和真よりも年上な感じがする、男性の声だった。
和真が驚き、少しだけ警戒しながら視線を向けると、そこには一人の青年が立っていた。
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