「お話しましょう」:2

 和真への取り調べを急に中断されたことには、和真だけでなく、アピスも驚きを隠せないようだった。


 話しかけてきたプリズンガードを驚いて振り返ったアピスは、やがてその場をとりつくろうように咳払いをした。


「何でしょうか? 」

「実は、この囚人(チーター)が起こした騒動について、無罪であると訴えてきている囚人(チーター)がおりまして」

「コイツが、無罪ィ? 」


 しかし、アピスはプリズンガードからの説明を聞くと、疑っているような声をもらす。


「コイツが騒動を起こしていたのは、私たちも目撃しているし、監視カメラでも捉えていたことでしょう? それなのに、今更、そんな訴えに耳を貸す必要、あります? 」

「それが、訴えてきているのが、この囚人(チーター)とトラブルになっていた囚人(チーター)、その本人でして」

「はァ? なんで、そんなことが」


 アピスは驚きと不満が入り混じったような声でそう言ったが、そのまま腕を身体の前で組んで考え込む。


 そんな訴えなど、とても信じることはできない。

 しかし、和真とトラブルになっていた相手が直接言ってきているとなると、無視することも難しい。

 そう考えているのか、アピスは悩んでいるようだった。


「それで、その囚人(チーター)は、何と言ってきているのですか? 」

「はァ。それが、昔馴染みに会ったから、すこし会話が弾んでしまっただけだ、と」


 そのプリズンガードの説明に、和真も内心で(変だな)と感じていた。

 何故なら、和真はあの怪しい日本語を話すガイジンとは初対面だったし、そのガイジンがかばっていた少女とは一度面識はあったが、知り合いとはとても言えない程度のつき合いしかない。


 だが、和真は黙っていた。

 何も言わないでいる方が、自分の身のためになるような気がしたからだ。


「訳が分かりません。……アレは、明らかに[話が弾んだ]ようには見えませんでした」

「はい。しかし、トラブルに遭った本人が言ってきていますから、無視するわけにも」


 プリズンガードの言葉に、アピスは頭を抱え、しばらくの間、考え込んでいた。

 だが、やがて溜息をつくと、和真の方へ憎々しげな視線を向けて言う。


「運が良かったわね、あなた。……私はこれでも、あなたたちにルールを守らせる側なの。だから、無理にこれ以上取り調べはしないわ。……納得はしないけど」


 相変わらずアピスは和真への敵意を隠そうともしなかったが、しかし、和真にはその冷たい視線と言葉が、何よりも嬉しかった。

 痛い目に遭わずに済みそうだったからだ。


────────────────────────────────────────


 和真が取調室から出されると、そこには、あのガイジンと、手からからあげを生み出すチートスキルを持った少女が、二人で待っていた。


「とりあえず、話の続きは別の場所でしましょう」


 ガイジンは和真にウインクをしながらそう言い、和真はその言葉に従って、外人と少女の後に従って歩き始める。


 二人が何を考えているのかは少しも分からなかったが、ひとまず、和真をこの二人が助けてくれたのだということだけははっきりとしていることだった。


「それで、どういうことなんだよ? 」


 やがて、談話室と呼ばれている、ソファとコーヒーテーブル、共用のテレビや、雑誌などが集められた本棚がある区域へとやってきて、三人で一つのテーブルを囲んで腰かけると、和真はガイジンと少女へそう問いかけた。


「別に、大げさなことではないですよ」


 疑り深そうな視線を向けている和真に、ガイジンは明るい笑顔でそう言った。


「少年、キミを助けたいと思ったから助けた。それだけだよ。……ま、言いだしたのは、千代の方だったけれどね」

「はい。ピエトロさん、ご協力、ありがとうございました」


 ガイジンの言葉に少女ははにかんだような笑みを浮かべると、そう言いながら深々と頭を下げた。

 少女のポニーテルが、ぴょん、と元気よく飛び跳ねる。


「ワケ分かんないから。……それと、オジサン、何で普通に日本語しゃべってるのさ? 」


 和真は少女のポニーテルへ思わず向けていた視線を慌てて別の方へと向けなおしながら、不機嫌そうな口調でそう問いかける。


「コラ、少年。僕の名前はピエトロ。イタリア出身のピッツァ職人。だけど、まだオジサン呼ばわりされるような年ではないよ」

「え、えっと、わたしは、松島千代(まつしま 千代)って言います。日本で、高校生をやっていました。千代って、名前で呼んでいただけると嬉しいです」


 和真の言葉に、ピエトロと名乗ったガイジンは少し不服そうに、千代と名乗った少女は少しはにかみながら答えてくれる。


 それから、千代は自身の首に取りつけられた、和真が身に着けているのと同じタイプの首輪に手をそえるように置いた。

 食堂にいた時は、チートスキルを使用するために取り外していたチートスキルの抑制機だ。


「実は、この首輪、チートスキルを抑制するだけじゃなくて、言語の自動翻訳機にもなっているんです。食堂ではピエトロさんもわたしもこれを外していましたから、ピエトロさんは慣れない日本語であなたに話しかけたんです。……ここにはいろいろな国、世界さえも超えてチーターが集められていますから、そういう仕組みが機械に組み込まれているんです」


 和真は、そういえば、収監(しゅうかん)された初日に目を通した資料に、そんなことが書かれていたな、と思い出す。


 ひとまずそのことについては納得したものの、和真はまだ肝心のことに答えてもらっていなかった。


「それで、結局、どうして俺を助けてくれたのさ? 昔からの知り合いだなんて、嘘(うそ)までついてさ? 」

「それは、その……。プリズンガードたちに酷い目に遭わされるのは、よくないなって思ったので」


 千代は、どうやら本気でそう言っているようだった。


 つまり、千代とピエトロが和真のために嘘(うそ)をついて和真を助け出してくれたのは、二人の単純な善意からだということらしかった。


 千代もピエトロも、和真に嘘(うそ)をついたり、騙(だま)そうとしたりしている様子は少しも無かった。

 だが、そのことが余計に、和真にとっては腹立たしかった。


「ふざけんなよっ! 」


 和真は思わずそう叫びながら、ソファから立ち上がっていた。

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