「お話しましょう」:1

 和真が連れていかれたのは、以前、シマリスと共に取り調べを受けた部屋だった。


 だだっ広い四角い部屋の中央に取り調べ用の椅子と机があるだけの空間。

 その中心部分にある椅子に和真は座らされ、身動きできないように手枷(てかせ)、足枷(あしかせ)で椅子に身体を固定されている。


 そして、そんな和真の目の前には、机を挟んで反対側に用意された椅子にアピスが腰かけていた。


 部屋の唯一の出入り口には、二名のプリズンガードが、直立不動の姿勢を取って待機している。

 今、この部屋には和真とアピス、プリズンガードの四人だけ。


 和真ただ一人を、三人の人間が取り調べるというふうになっていた。


「さて、和真さん。あなたが何をしようとしていたのか、正直に話してもらえるわね」


 取り調べの準備が整うと、アピスは和真にそう言った。

 その顔には、冷たい印象の薄ら笑いが浮かべられている。


「お、お、お、俺は、別に何も」


 和真は、声を震わせながら、必死になって言い訳を考えながら答える。

 「自分を捕まえるのに関わった相手を見つけたから、復讐(ふくしゅう)しようとしていました」何てバカ正直に言おうものなら、騒動を起こしたという理由でどんな目に遭わされるか分かったものではない。


 ただでさえ、アピスも、プリズンガードたちも、囚人(チーター)を痛めつけるための口実を探しているのだ。


 アピスが浮かべている薄ら笑いも、チーターに対する憎しみと、そのチーターを痛めつける口実を手に入れられそうだという、歪(ゆが)んだ喜びからのものであるに違いなかった。


「た、ただ、あの変なガイジンが、ピザをしつこく勧めてきたからっ、それでっ! 」

「ふぅん? そうなの? 」


 和真の苦し紛れの言い分に、アピスは相づちを打ち、それから、いきなりバン、と机をたたいた。


「ウソを言うな! こっちは、監視カメラの映像で、全て確認しているんだ! 」

「ひっ、ヒィッ!? 」


 凄(すご)むアピスの声に、和真は思わず、小さく悲鳴を漏(も)らしていた。


「さぁ、正直に話しなさい? 黙っていても、罪が余計に重くなるだけよ」


 それから声を和(やわ)らげ、和真を説得するようにそう言うアピスを前に、和真はゴクリ、と生唾を飲み込んだ。


 確かに、正直に話せば、多少は情(なさ)けをかけてもらえるかもしれない。

 しかしそれは、和真がこれまで散々見せつけられてきたように、アピスやプリズンガードたちに痛めつけられるということにつながる。


 簡単には、決められなかった。


 そんな和真の様子を見ながら、アピスは机の上に両肘をつき、組んだ手の上に形の良いあごを乗せ、追い詰めた獲物をなぶるような目つきをする。


「別に、話したくないのならそれでもいいわ。何なら、私の魔法の力を使って、あなたにしゃべらせることだってできるんだから」


 アピスのその言葉を聞いて、和真は、アピスが常に肌身離さず持ち歩いている魔法の杖の方へと、ちらりと視線を向けた。

 魔法、などというものを和真はつい最近はじめて目撃したばかりだったが、チートスキルが実在しているのと同じように、魔法もまた、この世界には実在しているのは確かなことだ。


「あなたの国、二ホン、だっけ? あそこでは物語が盛んに出されていて、その中に、私たちエルフ族をモチーフにした種族がたくさん登場するということは、私も知っているわ。それが、空想の産物だと思われているということもね。……けれどね、私は、ここにいるの」


 アピスはそう言うと姿勢を正し、自身の右手を胸の辺りに当て、和真の方をじっと見つめながら言う。


「私はエルフ。あなたたちの時間間隔で言えば、何百、何千年と生きて、そして、不可思議な魔法の力を使いこなす存在。あなたたちが異世界と呼ぶ世界、チーターたちによって荒らされた世界から、チーターを捕え、監視するために来ているの。……私の魔法の力、あなたも一度は見ているはずよね? なら、隠しごとができるなんて、思わない方が身のためよ」


 和真は、泣き出したい気分だった。


 自分には、チートスキルなんてない。

 そのはずなのに、こんな風に、日本から遠く離れた絶海の孤島で、自由を奪われ、ひどい目に遭わされている。


 あまりにも理不尽なことだった。


「あ、アンタは、どうなんだよ!? 」


 こらえきれなくなった和真は、思わずそう口走っていた。


「え、エルフだか、何だか知らないけどさ! ち、チートスキルがダメだっていうんなら、アンタたちが使う[魔法]だって、ダメなんじゃないのか!? 魔法を使ったら、アンタたちは何でもできちゃうんじゃないか!? こんなの、不公平だ! 」


 しかし、アピスは和真の言葉を鼻で笑った。


「違うわ。あなたたちチーターと、私たちの魔法は、全然、違う。……私たちの魔法は、元々私たちの世界では当たり前に存在したもの。長い歴史の中で、その使い方、制御のしかたが確立されている。だけれど、あなたたちチーターは、突然この世界に現れる。何の脈絡も、前触れもなく、突然。……私たちは最初からここにいて、当たり前に存在しているものを使っている。けれど、あなたたちは違う。あなたたちチーターは、世界に現れた特異点。あってはならない異物に過ぎないのよ」


 それからアピスは魔法の杖を手に取ると、その先端を和真に向かって突きつける。

 杖を突きつけられた和真は、できる範囲で身体をのけぞらせるが、自由を束縛(そくばく)されているため、わずかに身じろぎできただけだった。


「しゃべってもらうわよ、洗いざらい、ね」


 怯えている和真を見て愉悦(ゆえつ)に顔を歪(ゆが)めたアピスは、聞きなれない言葉で呪文を唱え始める。


「アピス監視委員。少々、よろしいでしょうか」


 その時、そう言ってアピスの手を止めさせたのは、意外なことにプリズンガードの一人だった。

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