「今日からはじまる監獄生活」:4

「ハァイ、ラガッツォ! イーオのピッツァもすごく美味しいね! 」


 やたらと陽気で、耳慣れない響きの言葉を交えた怪しい日本語と共に、赤茶の短髪と茶の瞳を持つ長身の、シェフが着る白いコックコートに身を包んだ男性が和真の前に躍り出てきたのは、和真が少女に向かって数歩進んだ時だった。


「マルゲリータ! ミラノ風だヨ! おひとつ、ドーゾ! 」


 両手にマルゲリータの乗ったお盆を持っているその[ガイジン]に、和真はムッとしたような視線を向ける。

 そのガイジンは和真にピザを勧めてくれてはいるのだが、明らかに和真が少女に向かって行くのを邪魔するためにそうしているようにしか思えないのだ。


「何だよっ、邪魔するなよっ! 」


 自分がチータープリズンに収監されるきっかけを作った少女に報復を加えるチャンスを阻止された和真は、いら立たし気にガイジンを睨みつけた。

 しかし、外人の方はそんな和真を少しも怖がるようなそぶりは見せず、しきりにピザを勧めてくる。


「イーオが作ったピッツァ、とても美味しい! イーオ、どんな小麦粉からでも最高のピッツァの生地を作れるチートスキル持ってる! だからとっても美味しいね! 」

「あーっ、もう、うるさい! 俺はピザなんかに興味ないんだよっ! 」


 人のよさそうな笑顔でピザを勧めてくるガイジンに、和真はいら立ちを強めた。

 そのガイジンは、明らかに少女を守ろうとしていたからだ。


 このガイジンを殴りつけてやりたい。

 和真はそう思い、そして、ほとんど実行しそうになっていた。


 自分がこんな場所に連れてこられたのは、少女には責任が無いのだということは、和真の理性はきちんと理解している。

 しかし、和真の不満をぶつけられるその矛先は、あの少女しかいなかった。


 それを、見ず知らずのガイジンが邪魔をする。

 そうであるなら、和真にとってそのガイジンもまた、[敵]だった。


 和真はガイジンに殴りかかるために握った拳を振り上げたが、しかし、それを振り下ろすことなく、ビクリと身体を震わせて固まった。


「何をしているのかしら? 」


 それは、氷よりも冷たい女性の声が聞こえて来たからだった。


────────────────────────────────────────


 和真が恐る恐る視線を向けると、そこには、和真のことを冷ややかに見ているアピスと、二名のプリズンガードの姿があった。

 アピスは以前に見たのと同じ、ファンタジーもののアニメやライトノベルなどで魔術師がよく身に着けている黒いローブ姿で、その手には魔法の杖が、いつでも和真に向けることができるように握られている。


「蔵居 和真さん、だっけ? もう一度確認します。ここで、何をしようとしていたのですか? 」


 アピスはそう冷静な口調で和真に再び問いかけてきたが、和真にはその言葉の中に潜むどす黒い負の感情が見て取れた。


 アピスはこの状況を、喜んでいる。

 何故なら、憎いチーターを[かわいがる]絶好の口実を手にしているからだ。


 そう思うのは、和真がアピスの強いチーターへの敵意を知っているからかもしれなかったが、和真にはそうとしか思えなかった。


 アピスの背後で周囲を威圧するように立っているプリズンガードが、まるでウォーミングアップでもするかのように、警棒で自身の手の平を軽くパシンパシンと叩いている。


 その警棒で殴りつけられるところを想像して、和真は背筋が寒くなるような気がした。

 和真がこのチータープリズンへとやって来た初日に、囚人(チーター)たちに見せつけるように厳しい拷問(ごうもん)を受け、ボロボロにされてしまった囚人(チーター)の姿は、今でも和真の脳裏に鮮明に焼きついている。


「な、な、な、何をしようとしていたか、ですか? 」


 和真は精一杯の愛想笑いを浮かべてみたものの、その声は震え、発音もうまくはできなかった。


 自分でも、言い逃れができない状況だということがよく分かっているからだ。


 和真は今、まさにガイジンに向かって拳を振り上げた状態で固まっていた。

 それは、どこからどう見ても、殴りかかろうとしているようにしか思えない。


 世の中には拳と拳を突き合わせる挨拶があるが、相手の両手がピザの乗ったお盆で塞(ふさ)がっている以上、その線でごまかすことは不可能だ。


(何か、何か、ないのかっ!? )


 和真は必死に言い訳を考えようとしたが、しかし、何も思いつかない。


誰か、助け舟を出してくれる人はいないのか。

和真は周囲を見回してみたが、他の囚人(チーター)たちはみな、見て見ぬふりを決め込んでいるようだった。


 それどころか、「トラブルはごめんだ」と言わんばかりに、和真の周囲から囚人(チーター)たちは逃げ出し、和真の周囲、半径五メートル以内には、アピスとプリズンガード、ピザを持ったままのガイジンと、少女だけしか残っていない。


 和真を助けてくれる人は、そこには誰もいなかった。


 和真が言い淀んでいると、アピスは和真に向かって微笑みかける。

 それは、冷たく、そして、軽蔑(けいべつ)の感情と、愉悦の入り混じった、歪(ゆが)んだ微笑みだった。


「少しお話をしましょう。……連れて行きなさい」


 アピスがそう言うと、プリズンガードたちは即座に和真を取り囲み、和真の両手を乱暴につかむと、冷たい感触の手錠をガチャリとはめる。


 和真はそのまま、プリズンガードたちによって連行されるしかなかった。


※作者注

「ラガッツォ」はイタリア語の「少年=Ragazzo」、「イーオ」はイタリア語の「私=io」という意味で、ガイジン(名前アリのキャラクターで今後正式に登場します)がイタリア出身という設定から使用しています。

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