「今日からはじまる監獄生活」:1
[チータープリズン]における囚人(チーター)たちの生活は、厳格にパターン化されているようだった。
和真に渡された資料には、毎日の基本的なスケジュールが、具体的な内容と時間とが一緒になって示されており、和真がこれからどんな風に行動すればいいのかが、一目瞭然(いちもくりょうぜん)となっていた。
和真がプリズントルーパーたちに捕まる前に知っていた噂によると、チータープリズンでは、囚人(チーター)たちが、チートスキルを使わなくとも生活できるように更生することが、大きな目標とされているのだという。
この厳格なスケジュールは、規則正しい生活を送らせることで囚人(チーター)たちの生活態度をきちんとさせようという目論見で組まれているようだった。
他にも、規則正しい生活をさせる理由はあるのだろう。
例えば、囚人(チーター)たちに決まった行動しか許さず、制限下におくことで管理し、監視を行う効率を高め、囚人(チーター)たちが脱走や反乱などを企てて不審な行動をすればすぐに気づけるように、などの理由が考えられる。
初日はいろいろな騒ぎがあってこの厳格なスケジュールからは逸脱してしまったが、その翌日からは、和真の行動は全て管理下に置かれるようになった。
起床は、朝の六時と決められている。
時間が来ると、牢獄(ろうごく)のどこかに仕込まれているスピーカーから甲高く耳障りなサイレンが鳴り響き、囚人(チーター)たちはその音で叩き起こされる。
朝の所用を済ませ、壁に設置された機械に両手を突っ込んで手錠を身に着けると、やがて巡回に来たプリズントルーパーたちが囚人(チーター)たちに「出ろ」と短く冷たい声で命じる。
囚人(チーター)たちはその声で牢獄(ろうごく)から出されると、プリズントルーパーたちに通路で並ばされて、そのまま連行されていく。
そうして囚人(チーター)たちは、四方を監獄棟に囲まれた中庭へと集合させられる。
そこは普段は囚人(チーター)たちの憩(いこ)いの広場や運動場として使われているらしい、芝生で覆われた場所で、バスケットコートや、サッカー用のゴールなどが用意されている。
そこで囚人(チーター)たちは整列させられる。
整列が遅かったり乱れたりしていればプリズントルーパーたちが容赦なく警棒で叩くのは、ここでは日常的な光景であるようだった。
それから、囚人(チーター)たちは、高いところに設置されたスピーカーから大音量で流される、チータープリズンの獄長であるカルケルからの[ありがたいお言葉]を聞かされる。
あの独特なしゃべり方で、機械の問題なのか、あるいはわざとそうしているのか時折音が割れたりするスピーカーから流れるお説教を聞くことは、苦痛でしかなかった。
その苦痛でしかないことを毎日くりかえすのは、カルケルこそがこの監獄の[ルール]であり、逆らうことは許されず、服従しなければならないという事実を、囚人(チーター)たちに毎朝思い起こさせるためなのだろう。
そして、長いお説教が終わると、引き続きスピーカーから音楽が流され、囚人(チーター)たちは一斉に体操を始める。
驚いたことに、日本のラジオ体操だった。
囚人(チーター)たちは手錠をつけたままなので振りつけは変えられてはいたものの、特徴的なメロディは聞き間違えようがなかった。
そうして、ラジオ体操が終わると、朝食となる。
チータープリズンでの食事は基本的にそれぞれの牢獄に戻ってとることになっている。
メニューはそれぞれの出身地によってある程度選択権が許されており、日にちによって事前に決められ、公表されているものから選ぶことになっている。
和真はありきたりな白米を炊いたごはんに豆腐とワカメの味噌汁、鮭の塩焼き、漬物、という[ザ・和食]といったものを選んで食べた。
量は少し物足りなかったが、味は決して悪くない。
おそらく、単調な生活を続ける囚人(チーター)たちにとって食事は数少ない楽しみであり、監獄を運営する側も[チーターを更生させる]という建前がある以上、食事に関しては配慮をしているようだった。
それから少々の休憩時間となった後、午前の課業が始まる。
課業というのは、囚人(チーター)たちが晴れて出所となった後、自力で生計を立てていけるように職を身に着けるという目的で行われる各種の作業のことだ。
例えば農作業だったり、機械加工作業だったり。
その囚人(チーター)の出身地に合わせて、様々な課業が用意され、囚人(チーター)たちはプリズントルーパーたちの監視の下で、黙々とその作業に打ち込まなければならない。
和真が認めざるを得ない事実として、ここ、チータープリズンには、和真が暮らしている世界とは異なる異世界からやってきた囚人(チーター)たちも収監されており、そういった囚人たちにはまた、和真とは異なった課業が与えられているようだった。
アピスという実例をすでに目にしているのだから今さら驚きはしなかったが、課業はその囚人(チーター)の出身地、その世界の生活様式に合わせて、実にバリエーション豊かに用意されているようだった。
課業は、午後もあった。
昼食と休憩をはさんで、今度は午前中とは異なる内容の課業をしなければならない。
そうして、午後の課業も終わると、まだ日の高い内から自由時間となる。
この時間のみ、囚人(チーター)たちは中庭に限定されるものの手錠を外すことが許され、自由に運動したり、おしゃべりを楽しんだりすることができる。
チータープリズンの中には図書館のような場所もあり、中にはそういった場所で雑誌を読んだり読書をしたりする囚人(チーター)たちも数多くいるようだった。
また、筋力トレーニング用にジムがあり、様々なトレーニング器具を使用することができるようになっている。
もっとも、入所してから日の浅い和真には話すような相手もおらず、せっかくの自由時間でも、ただ漠然(ばくぜん)と、自分の置かれた境遇を嘆きながら、空しい時間を過ごすことしかできなかった。
自由時間が終わると、少し豪華なメニューの夕食があり、それから、入浴時間となる。
入浴は、この監獄生活の中で唯一、一切のものを身につけなくて済む時間だった。
衣服はもちろん、手錠も、首輪も外すことが許される。
和真はずっと何のために首輪を身に着けているのかが分からずにいたが、どうやら、それはチーターのチートスキルを[封印する]ための道具であるようだった。
詳しい仕組みや原理はさっぱり分からなかったが、とにかく、首輪にはチートスキルの発動を抑制する効果があり、囚人(チーター)たちにはそれの着用が義務づけられている。
その首輪を外すことができるのは、浴場全体がチートスキルの発動を抑制する特別製の施設になっているからだった。
そんなことができるなら監獄全体でそうしてくれ、と和真は思うのだが、チートスキルの発動を封じ込める技術は難しいものであるらしく、普段は首輪の使用に頼ることになっている。
入浴は基本的にはシャワーで、多くの囚人(チーター)たちはさっさと済ませてしまうのだが、希望すれば湯船につかることもできた。
和真は入所したばかりで周囲に馴染めず、そそくさとシャワーで済ませてしまったのだが、希望者が入ることができる浴室は銭湯くらいの大きさはあり、十分お湯も使えるようだった。
入浴を終えると、囚人(チーター)たちには部屋での自由時間が与えられる。
どうやら生活態度が良好な囚人(チーター)には、その居住空間となる牢獄(ろうごく)内にいくつか自分用の家具を持ち込むことが許されるらしく、テレビを見たり本を読んだりして過ごす囚人(チーター)が多いようだったが、まだ何も持っていない和真はボケっとコンクリート張りの冷たい天井を眺めていることしかできなかった。
やがて、夜の十時になると、消灯時間となる。
自動的に部屋の電気が落ちて暗くなり、囚人(チーター)たちは翌日に備えて睡眠に入る。
これが、チータープリズンで始まった、和真の新しい生活だった。
和真が大好きだったテレビゲームも、ソーシャルゲームもない。
勉強もさせてもらえず、言われた通りの作業をこなさなければならない日々。
あまりにも単調な毎日だった。
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