「今日からはじまる監獄生活」:2
チータープリズンでの日々は、退屈だった。
和真がやることは、毎日、最初から決められている。
和真は何も考えることなく、その、誰かが決めたことを、淡々とこなしていく。
それだけだ。
和真は、決して、以前の生活に満足していたわけでは無かった。
毎日毎日、眠くなる教師の授業を聞くために登校しなければならなかったし、テストで悪い点を取って両親を怒らせないように、ほどほどに勉強をしなければならなかった。
テストは嫌いだったし、和真は面と向かっての対人関係が少し苦手だったから、学校ではいつも目立たないように隅っこにいた
何か、おもしろいことが起こりはしないか。
そんなことを思いながら、自分だけが目覚めたチートスキルを駆使して無双するチーターたちのことを、口では悪く言いながらも、本心では羨(うらや)ましく思っていた。
そんな和真の毎日は、大きく変化した。
和真はもう、学校に通ってはいないし、嫌いな勉強をせずとも両親から怒られるようなことはない。
ネットもゲームもない。
和真のことを気にかけてくれる人は、もう、誰もいない。
和真の行動は全て、監獄を運営し警備する看守たちによって監視されている。
そういった看守たちは[プリズンガード]と呼ばれ、プリズントルーパーたちと同じ漆黒の衣装に全身を包み、常に警棒と電極を撃ち出せるタイプのスタンガンを持ち歩きながら監獄内を巡回し、サングラスの奥から囚人(チーター)たちを見張っている。
プリズンガードたちは、プリズントルーパーたちよりもいくらか囚人(チーター)への対応が穏当なものだった。
プリズントルーパーたちは囚人(チーター)が少しでも反抗的な態度を見せれば容赦なく殴打するのに対し、プリズンガードたちは少々のことなら水に流してくれる。
もっとも、プリズンガードたちは、プリズントルーパーたちのように、チートスキルを持つチーターのことを憎んでいない、ということではなかった。
監獄の外に出てチーターたちと対峙し戦うこともあるプリズントルーパーと違ってプリズンガードたちはあくまで囚人(チーター)を監視することがその仕事であり、日常的に囚人(チーター)と接触する以上、[細かいところにイチイチかまっていられない]からだ。
和真はプリズンガードたちとすれ違うたび、サングラスの奥からでも、軽蔑(けいべつ)するような、冷たい視線を感じていた。
サングラスでプリズンガードたちの目など見えなかったから本当のところは分からなかったが、和真にはプリズンガードたちが囚人(チーター)に対して好意的であるようにはとても思えない。
プリズンガードたちはプリズントルーパーよりは穏当だというだけで、囚人(チーター)が何か違反や明確な反抗とみなせる態度を取れば、容赦しなかった。
警棒で殴ったり、スタンガンで電撃を浴びせたりといった光景を、和真は日に何度か目撃している。
それが、ここでの日常だった。
和真はチータープリズンで新しくはじまった生活の中で、たった数日にして、そこでの生き方の[コツ]を身に着けていた。
それは、決して目立たないことだ。
もし、目立ってプリズンガードたちの記憶に残るようなことをしてしまえば、和真はそれ以降、常にプリズンガードたちからマークされることになる。
監視の目はより厳しいものとなり、どんな細かいことでも、プリズンガードたちによって見とがめられ、[指導]を受けることになる。
指導とは当然、口で言われるだけではなく、警棒による殴打と、スタンガンによる電撃をともなう。
和真は、そうやってプリズンガードたちに目をつけられた囚人(チーター)が、些細(ささい)なことから痛めつけられることを何度も目にし、そのたびに、首をすくめ、身体を小さくした。
目に見えていても[見えなかった]ことにし、耳に聞こえていても[聞こえなかった]ことにした。
そうして、数日。
和真は何とか平穏無事に過ごすことができた。
そして、和真はチータープリズンにやってきて初めて、休日を迎えた。
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チータープリズンにおける休日とは、毎日行われる課業がなく、普段よりも多くの自由が許される日のことだった。
午前、午後と毎日くり返された課業の時間がなく、一日中を自由時間として過ごすことができる。
首輪の装着は義務づけられていたものの、許可をされたエリアでは、手錠を外すことさえできる。
チータープリズン内で囚人(チーター)が立ち入って良い場所であればどこにでも行くことができるし、食事も入浴の時間も決められてはいない。
模範的(もはんてき)な囚人(チーター)であれば、和真が港からチータープリズンに移動するまでの間に通過した街に外出することさえ許される。
休日を思い思いに過ごす囚人(チーター)たちに特に人気だったのは、この日だけ解放される食堂での食事だった。
食堂自体は何のしゃれっ気もない、いくつものテーブルと椅子が並ぶ、イメージとしては古い公立学校の学食なのだが、そこで出される数々の料理はどれも絶品であると有名だった。
何故なら、それらの料理を提供しているのは全て、料理についての特殊なチートスキルを持った囚人(チーター)たちだからだ。
普段はチートスキルの発動を抑制されている囚人(チーター)たちだったが、素晴らしい料理を提供するのに役立つチートスキルを持つ囚人(チーター)たちはこの日だけそのチートスキルを用いることを許され、存分にその能力を発揮させる。
これは、そもそも料理を作るだけのチートスキルには危険がそれほどともなわないということと、限られた娯楽しか存在しない監獄生活の中で、やはり食事が息抜きとして重要視されているからだ。
また、そこで働く囚人(チーター)たちには、監獄側から賃金として、[グディ]が支払われる。
これは、プリズンアイランド内でのみ使用できる固有の通貨で、監獄側から電子カードの形式で囚人(チーター)たちに渡される。
グディはプリズンアイランドにある街での買い物で使える他、晴れて出所となったチーターに対してはそれぞれの戻る先で使用できる通貨に両替されて支給されることになる、囚人(チーター)たちが持つことができる数少ない[財産]だった。
食堂で働く囚人(チーター)だけずるい、と和真は早とちりしたが、実際には、課業についている囚人(チーター)たちには規定額のグディが支払われており、和真に渡された電子カードにも若干のグディが入金されていた。
食堂での食事はそのグディを必要とする有料のものだったが、和真にとっては手ごろなグディの使い道であり、和真は他の多くの囚人(チーター)たちとともに食堂へと向かうことを選んだ。
そしてそこで、和真は、見覚えのある少女と再会することとなった。
※作者注
「グディ」は、→英語の「善行」good deedから取ったもので、プリズンアイランドでのみ通用するお金です。
善行、すなわち監獄から命じられた課業、仕事をこなすことで獲得することができる仕組みになっています。
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