「チートスキル、それは罪なり」:3
その瞬間、アピスからは、和真が先ほどまで感じていた、冷静で理知的な雰囲気は消し飛んでいた。
そこにあるのは、烈火のように激しく燃え盛る、強い憎悪の感情だけだった。
「まったく! さっきから、人が[大人]な対応をしていれば、つけあがりやがって! 」
アピスはそう叫ぶと、和真のことを口汚くののしった。
それからさらに、和真に向かって右手の人差し指を突きつけながら詰めよる。
「お前たちはいつもそうだ! チートスキルを得た、自分は選ばれたんだ、そう思い上がって好き放題するクセに、いざ捕まってみれば「自分は良かれと思ってやったんだ」、「自分は悪くない」、「自分は無実なんだ」って喚(わめ)きだす! 」
和真はアピスの鬼気迫る形相に恐怖を抱き、後ろに数歩下がった。
何か反論しなければ、和真はこのまま牢獄(ろうごく)に押し込められてしまうという状況だったが、和真の頭の中には何の反論も浮かんでは来なかったし、そもそも、アピスは和真に口を開く隙を与えなかった。
「そんな無責任なチーターどものせいで、いったいどれだけの混乱が生まれたか! あのシマリスみたいな例はゴロゴロあるわ! いくらでも生み出せるからって、アンタたちチーターはニコニコしながらチートを使い続ける! その結果、どうなると思う!? 経済が崩壊するのよ! 」
美しい顔を憎悪に歪(ゆが)めて叫ぶアピスの姿に、和真はただただ圧倒されるしかない。
「アンタたちチーターは、[自分はイイことをしているんだ]って、さぞやいい気持ちでしょうね! けれど、チーターが無限に物を供給するせいで、元々その物品を作ったり、売っていたりした人はみんな破産したのよ! 何しろ、チーターがニコニコ笑いながら、みんな[タダ]で供給するんだからね! 誰も、もうお金なんて払わなくなる! そうやって、何人もの人たちが生活を破壊されていったの! 」
アピスは一気にまくしたてると、呼吸を整えるために少し間を置いて、それから和真へ喚(わめ)き散らすことを再開する。
「あんたたちチーターの一番の問題は、物事を甘く考え過ぎることよ! 自分には能力があるんだから使っちゃえ? そのせいで何が起こるかなんて少しも理解できないし、そもそも考えやしない! 」
アピスは人差し指で和真を指し示すと、詰め寄りながらさらに続ける。
「アンタたちチーターは、危険なの! 毒にも薬にもなる力を、どんなふうに使うべきか、それを使ったらどんな影響が出るか、ちっとも制御できやしない! ……そんなチーターたちのせいで、私のいた世界では、経済も社会の仕組みもガタガタに壊されて、村どころか、いくつもの国が滅んでいったわ! 」
それから、言いたいことを言い切ったのか、アピスは無言になり、和真のことを睨みつけたまま、洗い呼吸をくりかえす。
和真は無言のまま、冷や汗を浮かべながらアピスのことを見返すことしかできなかった。
あまりにも早口でまくしたてられたので、和真にはアピスの言っていることの半分も理解できてはいない。
だが、アピスが、カルケルやプリズントルーパーたちと同じ様に、チーターたちを激しく憎み、軽蔑(けいべつ)しているということだけは分かった。
「……ついて来なさい」
しばらくして呼吸を整え終わると、アピスは和真にそう言い、再び歩き出す。
最後に和真の方を一瞥(いちべつ)した時、アピスの瞳は、氷のように冷たかった。
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そこから目的地に着くまで、和真とアピスは一言も言葉を交わさなかった。
和真にはアピスに自分の無実を訴えても、他のプリズントルーパーたちと同じように少しも取り合ってもらえないということがよく分かったし、アピスの方も、チーターなんぞと話したくもないという気持ちでいるようだった。
和真が連れていかれた先は、いくつもの牢獄(ろうごく)が並ぶ建物の中だった。
細長い通路の片側に、無機質な金属製の扉がずらりと並んでいるだけの空間で、距離感や方向感覚が狂わないように数字や記号で目印がなされている。
監獄と聞いて、鉄格子(てつごうし)でできた檻(おり)を想像していた和真だったが、通路側から見るとそれはまるでアパートかマンションのようだった。
飾り気が一切ないコンクリート製の壁と天井という質素な外観であることが大きな違いだったが、それでも、和真が思っていた雰囲気よりはずっと[まとも]だった。
やがてアピスは扉の一つの前で立ち止まると、ローブの中からカードキーを取り出して扉についていた読み取り機に差し込んだ。
すると、ピピピ、ピー、という小さな読み取り音がして、ガチャリ、と、扉の鍵が開かれる。
「入りなさい」
アピスは和真にそう言い、和真はその冷たい視線に息が詰まるような感覚を覚えながら、言われた通りに部屋の中へと入った。
部屋のつくりは、和真がここ、プリズンアイランドへと連れて来られる間に乗せられてきた船の独房とほとんど変わらなかった。
ただ、多少は調度品の品質が良く、また、壁際には見たことの無い機械が設置されていた。
きょろきょろと周囲を見回していた和真の背後で、扉がしまり、ガチャリ、と鍵のかかる音が響く。
〈聞こえる? 仕事だから、部屋の使い方を簡単に説明させてもらうわ〉
それから、部屋のどこかに仕込まれているスピーカーから、アピスの淡々とした声が聞こえて来る。
〈部屋の中では、基本的に自由にしていていいわ。と言っても、入ったばかりのあなたには何の道具も家具もないし、やることは無いだろうけど。壁にある機械が見えるわね? 牢獄(ろうごく)に入って扉が施錠が行われた後は、そこに両手を突っ込めば自動的に手錠が外れる仕組みになっている。逆に、牢獄(ろうごく)から出る時には、その機械にまた両手を突っ込んで手錠をはめないと、扉の鍵が外れない仕組みになっているから忘れないように。ああ、それと、首輪は特別な許可が無い限りどんな時でも外せないから、そのつもりで〉
和真がアピスからの質問を聞きながら、言われた通りに機械に両手を突っ込むと、自動的に和真の手錠が外れた。
〈監獄(かんごく)での詳しい生活については、こっちの資料を読んでちょうだいね〉
それから、扉の一部が開き、アピスがそう言って数枚の紙を差し込んでくる。
その紙には、牢獄(ろうごく)のなかにある設備の説明や、囚人(チーター)たちの基本的な生活スケジュール、注意事項などがこと細かく書かれていた。
〈分からなくても、周りに合わせていればすぐに慣れるわ。……それじゃあ、良い監獄生活を。……服従すれば、自由になれる〉
アピスは最後にそう言い残すと、どこかへと歩き去ってしまったようだった。
「……。はァ……」
和真は深々とため息を吐くと、渡された書類を手に、ベッドに腰かけた。
それから、和真は暗い気持ちになって、ガックリとうなだれる。
どうやら自分は、このままここで過ごさなければならないようだ。
そして、どれだけ長くこの[新しい生活]が続くのかは、少しも分からないことだった。
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