「チートスキル、それは罪なり」:2
約束を守ると言ったな?
あれは嘘だ。
某有名映画のワンシーンのごとく、あっさり裏切られる。
和真はそんな風に思っていたのだが、意外なことに、カルケルは本当に約束を守るつもりでいるようだった。
カルケルが命じると、和真を椅子に拘束していた枷(かせ)がプリズントルーパーの手によって取り除かれ、和真はようやく、身動きを取ることができるようになった。
改めて手錠をはめられたから、自由の身、とはとても言えない状況だったが、それでも、和真にとっては約束が守られたのは嬉しいことだった。
それは和真の正直な感想だったが、監獄を運営しているカルケルたちにとって都合のいい感想であったかもしれない。
そもそも和真にはチートスキルを自分が持っているという自覚がなく、本来であれば、無実の罪で捕らえられ、冷酷な扱いを受けているというのが、和真にとっての[現実]であるはずなのだ。
和真はほんの少し前までこのことについて抗議してやろうとさえ思っていたはずなのに、今となってはもう、[ぶたれないだけで十分]と、現状を受け入れてしまっている。
チータープリズンに連れて来られてからの短い出来事の間に、和真はすっかり従順にさせられてしまっていた。
拘束を解かれたのは、和真だけだった。
シマリスは相変わらず磔(はりつけ)にされたままで、「どうしてオイラはこのままなんだ! 」とカルケルたちに抗議している。
和真は、カルケルと共に自分たちを取り調べていたアピスに連れられて、シマリスの喚(わめ)く声を背中にしながら部屋の出口へと向かった。
シマリスは和真にとって見ず知らずの[他人]、正確には相手は人ではないのだが、とにかく、和真にとってシマリスは自分と関係のない相手に過ぎなかった。
シマリスは必死に喚(わめ)き散らしているが、和真の心の中には、シマリスを少しでも気にかけるような気持ちは浮かんでこない。
今はただ、自分がこの理不尽な暴力的空間から逃れられるというだけで、和真の頭の中はいっぱいだった。
喚(わめ)くシマリスに、カルケルは猫なで声で「悪い子にはオシオキしないとなァ」と言った。
カルケルがシマリスにこれから何をしようというのか、和真にとっては分からないだろうし、知りたくもないことだったが、カルケルが意地悪な笑みを浮かべ、軽蔑する視線をシマリスへと向けていることは確かだろう。
和真は自身を先導して進んでいくアピスの背中を負って無言で歩き続けながら、自分がこれまでに受けた仕打ちとも重ね合わせ、この場所、[チータープリズン]でチーターたちを監視しながら働いている人々が共通して持つ特徴について考えていた。
カルケルやプリズントルーパーたちが共通して持っている、ひとつの特徴。
それは、チーターに対して、強い憎しみと、軽蔑の感情を持っているということだった。
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「それでは、あなたがこれから暮らすことになる[監獄棟]にご案内します」
部屋を出た後、エルフの女性は和真の方を振り返り、何を考えているのか分からない無表情で、そう淡々と告げた。
和真が「あ、はいっ」と慌ててうなずくと、アピスは小さくうなずき返し、和真を案内して歩き始める。
和真の案内は、アピスがただ一人だけで行うようで、プリズントルーパーたちは誰もついては来なかった。
それは、和真に反抗する意思が少しもないことが分かった、ということもあるかもしれないし、もはや監獄の奥深くにまで入り込んだ和真が、ここからどうやっても逃げる手段がない、ということなのかもしれない。
あるいは、和真を先導して歩いているアピスが、一人でも十分過ぎるほど強いのか。
和真は、キラキラと淡く光を放ってさえ見えるアピスの金髪を後ろから眺めながら、自分の置かれた特殊な状況について考え込んでいた。
チーターたちを収監する牢獄(ろうごく)である、[チータープリズン]。
噂(うわさ)でしか知らなかったものが実在しているというだけではなく、そこには異世界の、物語の中でしか登場しないはずの存在さえもいる。
それも、噂(うわさ)としては聞いたことがあることだった。
ただ、あまりにも荒唐無稽(こうとうむけい)過ぎて、信ぴょう性などほとんどないと思われていた噂(うわさ)だった。
チーターを捕えるために、この世界と同じくチーターたちの無双によって被害を受けている異世界と協力している。
そんな噂(うわさ)があったのだが、和真は少しもそんなことは信じていなかった。
だが、現実は、和真の目の前にある事実は、和真が思ってきたものとは違っていた。
「あ、あの、すみませんっ。少し聞いて、いえ、おうかがいしても、よろしいでしょうか」
無言で進み続けるアピスに、和真はおずおずと問いかける。
相手がカルケルやプリズントルーパーだったらこんなことは絶対にしなかったが、物語に登場するエルフそのものの姿をしたアピスがまとう、冷静で理知的な雰囲気が、和真に(この人なら、大丈夫かも)と思わせたのだ。
「……。どうぞ」
アピスは少し間を置いてから少しだけ和真の方を振り返り、歩くのを止めずに、和真に話の続きをうながした。
その怜悧(れいり)な視線に和真は萎縮(いしゅく)しつつも、たどたどしい言葉で問いかける。
「え、えっと、アピス、さんは、エルフ、何ですか? 」
「はい。その通り、私はエルフです」
アピスは和真の問いかけに、今度は振り返ることなく、そう短く答えた。
必要最小限の説明に過ぎなかったが、アピスは和真の問いかけに応じてくれた。
そのことが嬉しく、そして、敵対的な人々しかいない環境ではじめて自分の話をまともに聞いてくれる相手が現れたことで、和真の胸は期待で膨(ふく)らんだ。
和真はチートスキルを持っている自覚など無く、未だに自分がここに連れてこられた理由はないと思っている。
そして、その[誤解]を解くことができれば、自分はまた日本に、あの退屈でありふれた日々に戻ることができると、そんな風に思っていた。
「あ、あのっ! 」
和真はここに来て初めての希望を抱きながら、歩き続けるアピスに向かって必死に話しかける。
「聞いてください、アピスさん! 俺は、チーターなんかじゃないんです! 何のチートスキルも持っていないのに、ここに連れて来られて! これは、何かの間違いなんです! だから、ちゃんと調べ直してください! そうすれば、俺が無実だって分かるはずです! 」
しかし、アピスは和真の言葉に答えず、すたすたと歩き続ける。
アピスは和真の訴えに反応をしなかったが、それは、否定されたわけでは無い。
そう思った和真は、わずかな望みにかけて、「アピスさん! 」とさら呼びかけた。
ようやく、アピスは立ち止まり、和真の方を振り返った。
そして、その時のアピスの表情を見て、和真は驚きと恐怖に身をすくめる。
「いい加減にしろよ! この、チーターがっ! 」
和真にそう叫んだアピスの表情は、激しい憎悪で恐ろしい形相になっていた。
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