「洗礼」:3

 シマリスは本来、脅威となるような生物ではなかった。

 その身体は小さく、力は弱く、鋭い歯を持っていてもそれを武器に使うようなことはない。


 だが、小さくてすばしっこいシマリスを捕まえるとなると、それは、至難の技だった。


「この部屋を封鎖しろ! 逃げ道をふさげェ! 」


 カルケルの叫び声でプリズントルーパーたちは素早く行動し、部屋の出入り口を全て封鎖して、シマリスの逃げ道は失われた。

 だが、それでも逃げ続けるシマリスは、簡単には捕まらない。


 プリズントルーパーたちは銃を持った者もいたが、シマリスは目標とするにはあまりにも小さくて素早く、流れ弾で被害が出るから撃つことはできなかった。

 かといって、警棒や素手で攻撃しようとしても、シマリスの小さな体を捉えることは難しく、有効ではなかった。


 シマリスは、たくみに逃げ続けた。

 自分を捕まえようとするプリズントルーパーたちを互いに衝突させて倒したり、どこからか大量のドングリを取り出してばらまき、プリズントルーパーたちを転ばせたりした。


「ええい! 慌てるな! この部屋からはどうせ逃げられんのだ、じっくり追い詰めろ! 」


 だが、カルケルが言うとおり、シマリスには逃げ道がないはずだった。

 最初は混乱していたプリズントルーパーたちも少しずつ統制を取り戻し、人垣を作ってシマリスを囲い込み、徐々に包囲網を狭めようとしていく。


 シマリスはそれでも逃げ回るのを止めなかったが、とうとう、壁際へと追い込まれてしまった。

 シマリスはプリズントルーパーたちによって閉じられた扉に向かって体当たりなどをしてみるが、当然、シマリス程度の大きさでは、ビクともしなかった。


「まァったく、貴様らチーターという奴は、つくづく、楽しませてくれる」


 シマリスを追い詰めたカルケルは、威嚇(いかく)するように姿勢を低くしているシマリスを上から見下ろしながら嘲笑(あざわら)う。


「いったい、何が不満だというのだ? ん? お前には特別製の牢獄を用意してやっているというのに! 」


 シマリスはカルケルの言葉に対し、「キッ! 」と短く威嚇(いかく)するように鳴いた。

 シマリスだから人間の言葉が分かるはずは無いのだが、自分が追い詰められているという現状を理解できる程度には知能があるようだった。


 そんなシマリスに向かって、プリズントルーパーたちは徐々に包囲網を狭めていく。


 冷静になって考えてみると、あまりのも滑稽(こっけい)な光景だったが、和真はやはり、笑うような気にはなれなかった。

 うかつに笑いでもすれば、容赦なく痛めつけられるということはすでに学習済みなのだ。


 追い詰められたシマリスは、その場でオロオロと慌てだす。

 必死に逃げ道を探そうとするが、プリズントルーパーたちは足元に逃げ込まれても対処できるように用心していたし、シマリスが向かおうとする先を素早く封じてしまう。

 シマリスはどこかから大量のドングリを取り出して床にぶちまけたが、それで転ぶようなプリズントルーパーはもう誰一人としていなかった。


 絶体絶命となったシマリスの背後で、唐突にしまっていたはずの扉が開いたのは、その時だった。


────────────────────────────────────────


 それは、シマリスにとっては、大きなチャンスと見えたかもしれない。


 だが、その結末は、シマリスにとって不運なものだった。


 扉が開いた気配を察知した瞬間、シマリスはその隙間に飛び込もうとした。

 カルケルが「逃がすな! 」と叫び、プリズントルーパーたちが逃げようとするシマリスに一斉に飛びかかろうとした刹那(せつな)。


 紅蓮の炎が扉に開いた隙間から噴き出して、シマリスを包み込んだ。


 シマリスの悲鳴は、ほんの一瞬で消え去った。

 扉の向こう側から噴き出して来た炎も一瞬で消えたが、後には、毛並みを黒焦げにされ、意識を失ってピクリとも動かなくなったシマリスだけが残っていた。


 シマリスの毛並みとドングリが焼ける香ばしいにおいが広がった部屋の中で和真が呆然としていると、封鎖されていたはずの扉が大きく開かれ、その向こうから、一人の少女が現れた。


 それは、和真と同い年ほどに見える少女だった。


 和真が見たことの無いような、綺麗な銀髪を二つにまとめたツインテールに、気の強そうな性格を連想させるツリ目の双眸(そうぼう)。

 全身にプリズントルーパーが身に着けているような漆黒の装甲服を身に着けているが、その細部の形状は少し異なっていて、少女のためだけに作られた特別製のようだ。


 その端正な顔立ちには何の表情もなく能面のようで、その視線は足元で横たわるシマリスへと向けられているが、実際には何も見ていないようでもあった。


 何よりも印象的だったのは、その瞳の色だった。

 宝石のように美しい、だが、一切の輝きを失った、赤い瞳。


 和真は、その異質な雰囲気を持つ少女の瞳から、視線を外すことができなかった。


 開かれた扉の向こうで、無言のまま、無表情で立っているその少女の姿を見て、カルケルは「チッ」と舌打ちをする。


「シュタルク! 貴様を呼んだ覚えはないぞ! なぜ、ここにいる! 」


 少女、シュタルクは、カルケルに無遠慮に指をさされながらも、眉一つ動かさず、無感情に突っ立っていたが、やがて短く返答した。


「警報が鳴ったから来た。私は、役割を果たしただけ」

「フン。そうだろうさ。……もう貴様の仕事は終わりだ、引っ込め」

「……。了解」


 それからシュタルクはカルケルにうなずくと、踵(きびす)を返し、その場から歩き去って行った。


 そして、そんなシュタルクの後姿を、呆然としたまま見送っていた和真の方を、カルケルが振り返る。


「ひっ!? 」


 意地悪そうに、憎々しそうな笑みを浮かべて自分を見つめるカルケルの姿に、和真は思わず、そう小さく悲鳴を漏(も)らしていた。

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