「洗礼」:4

 シマリスの脱走騒ぎがあったおよそ三十分後。

 和真はプリズントルーパーたちに連行されて、チータープリズン内の一室に連れて来られていた。


 何もない、だだっ広い部屋だった。

 出入口は無機質な金属製の扉が一か所あるだけで、あとは、灰色の壁が四方を覆っている。

 床も天井もコンクリート張りで、天井には通風孔や照明、その配線などが配置されていたが、それ以外には目につくものは何もない。


 その部屋の中央に用意された椅子に、和真は今、拘束されている。


 金属製の、何とも座り心地の悪い椅子だった。

 しかもそれは床に太いボルトで固定されており、和真がどんなに暴れようともびくともしない。

 形も和真の身体にはまったく合っておらず、固くて冷たい感触がなんとも不快だった。


 それだけでも座り心地は最悪だったが、和真の両手、そして両足は今、椅子に金属製の枷(かせ)で固定されている。

 首を動かすぐらいはできたが、和真は身じろぎすることさえ許されず、窮屈(きゅうくつ)で、苦しかった。


 その部屋には、和真ただ一人だけではなかった。

 脱走騒ぎの主犯でもあるシマリスもまた、その部屋の中央部分で、和真と同じ様に拘束されている。


 シマリスは元々ゲージの中に閉じ込められていたのだが、今は、シマリスサイズの十字架が特別に用意され、磔(はりつけ)状態となっていた。


 黒い革製の頑丈そうなベルトで、両手、両足、胴体を固定されたシマリスは、その黒い瞳で部屋の中をせわしなく見まわし、怯(おび)えたように震えている。


 突如吹き出して来た炎で焼かれたシマリスだったが、派手な見た目に反し、実際に焼け焦げたのはその毛皮の表面だけで、中身は無事であるようだった。

 プリズントルーパーたちが気絶していたシマリスを特別製の十字架に磔(はりつけ)にした際に煤(すす)をはらうとシマリスの色はやや元に戻り、焦げた跡は残っているものの、それ以外に目立った怪我はないようだった。


(どうして、俺がこんな目に……)


 和真は、シマリスのことを恨めしそうに睨みつけた。


 自分はたまたま、脱走騒ぎを引き起こしたシマリスの隣にいただけなのだ。

 それなのに、シマリスと同罪のように扱われ、こうやって拘束されている。


 あまりにも理不尽に思えたが、和真は不満を表にすることもできなかった。

 反抗すれば、カルケルやプリズントルーパーたちは、容赦なく、そして嬉々として和真を痛めつけるのに違いないからだった。


 和真は不安にかられながら、じっと、これから何が起こるのかを待つ他はなかった。


────────────────────────────────────────


 やがて部屋の扉が開き、そこから四人の人物が部屋の中へ入って来た。


 一人は、変態男かつチータープリズンの獄長でもある、カルケル。

 もう一人は、和真は初めて見る相手だ。


 それは、ファンタジーものの物語などでよく目にする、エルフと呼ばれる種族とそっくりな見た目だった。


 サラサラとした、輝くように美しいストレートの金髪に、碧眼、ピンと尖った耳。

 黒いフードつきのローブを身にまとっているそのエルフの女性は、人間で言えば二十歳代に見える若さだったが、その怜悧(れいり)な視線からは、静かに流れる清流のような落ち着きが感じられる。


 和真は物語そのままのエルフの美貌(びぼう)を持つその女性の姿に目を奪われたが、驚きはしなかった。

 エルフのように見える人は、シマリスが脱走騒ぎを起こした部屋ですでに目にしている。


 噂でしか聞いたことが無かったプリズントルーパーが実在し、チーターたちを拘束して収監するためのチータープリズンがここに実在している。

 チートスキルがこの世界に存在し、噂に過ぎなかったはずのものが存在しているのだから、異世界の存在であるエルフがいたとしても、不思議ではないだろう。


 というよりも、和真はこの現実を、何であろうと受け入れるしかないのだ。


 あとの二人は、プリズントルーパーたちだった。

 警棒で武装したそのプリズントルーパーたちは扉の左右に立つと直立不動の態勢を取り、カルケルと、エルフの女性だけが、和真とシマリスの前に立った。


「クックック……。さァて、少年。楽しい楽しい、取り調べの時間だァ」


 和真の目の前に立ったカルケルは、これから何をされるのかと怯(おび)える和真の姿を見おろし、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。


「な、なんでも、聞かれた通りに話します! 」


 和真は、思わずそう口走っていた。


「逆らったりなんてしませんから! だ、だから、乱暴はしないでください! 」

「ほォう、なかなか殊勝な心がけだァ」


 怯(おび)える和真を見おろしながら、カルケルは愉悦(ゆえつ)に口元を歪(ゆが)め、ぺろりと下唇を舐(な)めた。


「少年。知っていることを何でも、オレに聞かれた通りに話すのだ。オレは、素直なイイコには優しくすることにしているんだ。なァ? お前も、その方がいいだろう? 」


 そのカルケルの言葉に、和真は何度もコクコクとうなずく。

 痛い目を見ないで済むのなら、いくらでも協力するつもりだった。


「と、その前に」


 しかし、カルケルは和真への取り調べをすぐには始めなかった。

 その前に自分と一緒に部屋の中に入って来たエルフの女性の方を振り返り、シマリスの方をあごで指し示す。


 すると、エルフの女性は、ローブの中から一本の杖を取り出した。


 緑色の植物のツルが幾重にも巻きつき、からみ合いながらできあがった杖で、下の方は細く、上の方に行くにしたがって太く、最上部ではくるりと縦にひと巻きしている。

 くるりとツルが巻いている中心部分には、何だか不思議な輝きを秘めた大きな丸い宝石が埋め込まれていた。


 いかにも、[魔法の杖]といった外見をしていた。


 その魔法の杖を取り出してかまえたエルフの女性は、宝石が埋め込まれている杖の上部の先端をシマリスの方へと向け、和真の知らない、不思議な響きの言葉で何かを囁(ささや)いた。


 すると、宝石の中の輝きが強まり、その光が溢(あふ)れ出し高と思うと、光はシマリスの全身を包み込み、そして消えた。


 いったい、何が起きたのか。

 和真はわけが分からず、何度か瞬きをくりかえす。


 そして、エルフの女性が何をシマリスにしたのかは、すぐに明らかとなった。

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