「洗礼」:1

 始まった演出は、ネオンの光だけではなかった。

 メタリックで奇怪な音楽が何の前触れもなく流れ始め、様々な色のついたスポットライトが照らされ、ふしゅーっ、と音を立てながら蒸気が噴出される。


 そして、囚人(チーター)たちの目の前で、正面にあったスライド式の扉が開いた。


「Foooo! よォぅこそ、チーターども! 」


 和真は、奇声を発しながら現れたその人物の姿を見て、言葉を失った。


 現れたのは、中肉中背の、どこにでもいそうなおっさんだった。


 だが、その恰好(かっこう)が、普通ではない。

 混沌を思わせる深い黒のサングラスに整えられた口髭、黒いエナメルの制帽、ベスト、短パンに、ブーツ。


 蒸気の煙を突き破り、スポットライトを浴びながら、その男は奇声をふたたび発し、怪しく身体をくねらせる。


 一言で言い表すなら、[変態]だった。


 和真にはその変態男の服装のセンスがまったく理解できなかったし、どうしてこんな登場のしかたをするのかも、なぜ奇声を発しながら身体をくねくねさせているのかも分からない。


 はっきりしていることは、自分は絶対に、あの変態男とは関わり合いになりたくないということだった。


 他の囚人(チーター)たちの反応も、和真と似たようなものだった。

 みな一様に表情を引きつらせ、その変態男から少しでも距離を取ろうと、椅子の背もたれいっぱいに身体を押しつけるようにしている。


 だが、例外もいるようだった。

 突然の変態登場に多くの囚人(チーター)たちが反応に困り、戸惑っている中、一人が吹き出すようにして笑い始めたのだ。


 それは、和真が動画で目にした、手から水流を放つチーターだった。


 不思議なことに、和真にとっては明らかに外国人であるにもかかわらず、和真にはそのチーターが何を言っているのかが分かった。

 そのチーターは、「狂ってる」とか、「変態野郎」とか言いながら、腹を抱えながら笑い続けている。


 後方にいる和真からも、身体の震えがはっきりと見て取れるほどだった。


「貴様ァ、何がおかしい? 」


 ほとんどの囚人(チーター)たちが呆気にとられて注目する中、笑い転げているそのチーターの前に立った変態男は、低い声でそう言った。

 明らかに怒っている口調だった。


 だが、チーターは笑うのをやめなかった。

 和真からすれば、何がそんなにおかしいのかと思うほどだった。


 そんなチーターを見おろしながら、変態男は「フン」と鼻を鳴らすと、右手をあげて、周囲のプリズントルーパーたちに合図をする。


「連れてけ。元気が有り余っているようだから、少々[かわいがって]やれ。……そうだな、今日は[電気]の気分だ」


 すると、四人ほどのプリズントルーパーたちがやってきて、さすがにその様子を見て笑うのを止めたチーターをどこかへと連行していった。


────────────────────────────────────────


 囚人(チーター)たちが、しん、と静まり返っていると、やがて、水流を放つチーターが連行されていった奥の方から、悲鳴が聞こえてくる。

 何をされているのかはよく分からなかったが、電気ショックで拷問(ごうもん)でもされているようだった。


「聞けェっ、囚人(チーター)どもォっ! 」


 右手の人差し指を天井に向かって突き立てながら変態男が叫び、囚人(チーター)たちはその声にビクッと震え、慌てて視線を向けなおした。


 変態男は囚人(チーター)たちの注目を浴びながら、部屋中に響き渡るいかつい声で語り出す。


「オレの名はァ、[カルケル]! 貴様らチーターどもを収監するここ、チータープリズンの獄長だァっ! 」


 部屋の奥から連行されていったチーターの悲鳴が響き渡り、囚人(チーター)たちはふたたび、恐怖で身体をビクりと震わせる。


「獄長ということはァ、つまり! オレがここの支配者、貴様ら囚人(チーター)どもの新しいご主人様となるのだァ! 今日も新たに二十名もの囚人(チーター)を迎えることとなったァ! 部下ともども、歓迎するぞォ! ここのやり方でなァ! 」


 変態男、カルケルが言葉を区切るのを計ったようなタイミングで、再び奥の方から悲鳴が響き渡る。

 心なしか、最初の悲鳴よりも声が小さくなっているような気がした。


「いきなりここに連れて来られて、戸惑っている奴もいるだろぅ! しかァし! 貴様らがここで覚えておけばいいことはァ、単純だ! 」


 カルケルは吠えるように言うと、右手の親指を立て、自分自身を指し示した。


「ここではァ、オレこそがルール! オレの言葉こそが真実だァ! いいかァ、貴様ら! よォっく、ハートに刻んでおけ! オレに逆らうな! オレの言葉に耳をすませろ! 」


 また、連れ去られていったチーターの悲鳴が響いてくる。

 どこか、すすり泣き、懇願するような声だった。


「ルールに従え! オレに従え! そうすればァ、オレたちはお前らに優しくしてやる! いい子にしている奴にはァ、外出許可も与えて、一時の「自由」ってやつを楽しませてやる! だが、しかァし! 逆らう奴には、容赦はしなァい! 」


 チーターが連れ去られていった奥からは、もう、悲鳴が聞こえてくることはなかった。


「いいかァ、囚人(チーター)ども! よく覚えておけ! お前らは普通の人間じゃない、チーターだ! 我々はァ、チーターに人権など認めない! 配慮、考慮、同情など、してもらえると思うな! もう一度言う! 貴様らチーターにィ、我々は人権を認めないィ! 」


 誰も、カルケルの言葉に反発する者はいなかった。

 和真にとっても、他の囚人(チーター)たちにとっても、この、目の前で起こっている出来事が、受け入れざるを得ない現実だった。


 そんな囚人(チーター)たちの様子を見て、カルケルは満足そうな笑みを浮かべた。


「最後に、いいことを教えてやろう。我がチータープリズンが、貴様らに「約束」する唯一のことだ。……服従すれば、自由になれぇる! 」


※なお、本話のBGMとして、熊吉は「ハガー市長のテーマ(このワードで検索すると出てくると思います)」、もしくは「マッスルロイドのテーマ(曲名は知らないです)」をイメージしています

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