「チータープリズン」:1

 和真を乗せた船は、ゆっくりとプリズンアイランドへと近づいていった。


 噂にしか聞いたことの無かった、チーターたちを収監し、更生させるための施設。

 その実物が、和真の目の前で徐々に大きくなり、はっきりと見えてくる。


 チーターアイランドは、それなりの大きさのある島だった。

 東西南北に数キロメートル以上は優にありそうな楕円形の島で、周囲を全て海に囲まれた絶海の孤島となっている。


 その島は、およそ三つの区域に別れていた。


 ひとつは、高い塀といくつもの監視塔、二重になっている金網のフェンス、鉄条網で厳重に囲われている、島の中でもっとも高い場所に作られている施設だ。

おそらくはそこが、チーターたちを収監していると噂されている[チータープリズン]に違いなかった。


 もうひとつは、軍事基地のようだった。

 おそらくはプリズントルーパーたちの活動拠点となっているのだろう。

 金網のフェンスと鉄条網で区切られた敷地の中には、航空機の離発着用の滑走路やヘリポート、プリズントルーパーたちの宿舎や司令塔などが立ち並び、和真を誘拐するのに使われたのと同じ軽装甲車両や、本格的な装甲車、戦車などが走り回っている。


 最後の区画は、驚いたことに、どこからどう見ても普通の[街]だった。

 都会といった感じではなく、地方の中小の都市を狭い範囲に凝縮したような見た目の、ごくありきたりな街がある。

 そこには、和真も見慣れた建物が建ち並んでいた。


 噂に聞いていた[監獄]のイメージ通りの姿と、そのイメージからはかけ離れた姿の街とが同じ島の上にあることに和真は[おさまりの悪さ]を感じたが、その奇妙な島が、どうやら和真の行き着く先であるようだった。


 やがて、和真を乗せた船はプリズンアイランドへと近づくと、速度を落とし、防波堤に囲われた港へと入港していった。


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 和真をここまで運んできた船は、内部は普通の船とは大きく異なっているものだったが、外見は一般の貨客船とほとんど変わりが無かった。

 おそらく、プリズントルーパーの活動は未だに秘密とされているために、その秘密を守るために偽装して作られた船なのだろう。


 船は港に入ると何隻ものタグボートに支援されながら岸壁へと船尾から接近し、停泊すると、船尾の扉を開いて、スロープで港と船内とを接続した。

 すると、そこからプリズントルーパーたちが乗った軽装甲車両が次々と走り出していく。


 和真も、その内の一台へと再び乗せられていた。

 今度は車のトランクルームではなく後部座席だったが、和真の両手には頑丈な手錠がされ、首には何故取りつけられているのか意味のまだ分からない首輪がしっかりとついたままだ。


 和真が乗せられた軽装甲車両は六人乗りで、運転席に一人、助手席に一人、真ん中の列に座っている和真の後方の席に二人と、計四人のプリズントルーパーが同乗している。

 和真にはもはや抵抗する気はなかったが、和真は厳重な監視下に置かれ続けていた。


 車の窓にはスモークがかけられていて外部から車内の様子が見られないようになっていたが、和真の側からは周囲の様子を見ることができた。

 和真を乗せた車は船の格納庫を出ると、プリズントルーパーたちが警備している検問を通過し、街へと入っていく。


 車窓を前から後ろへ流れていくのは、本当にどこにでもありそうな[普通の街]だった。

 様々な建物、お店やオフィス、マンションやアパート、一戸建ての住宅などがあり、街灯や街路樹があり、看板がある。

 そして、その街並みの中で、たくさんの人々が暮らしている。


 そこには様々な人々が暮らしていたが、誰もかれもが、和真がこれまで過ごしてきたような[日常]の中にあるように思えた。


 だが、和真を乗せた車が軍事施設の地下に作られたトンネルを走り抜けると、そこには和真が今まで暮らして来た[日常]の気配はどこにも感じられなかった。


 車は、長い上り坂を不自然なほどゆっくりと進んでいく。


 その道は、一直線にスピードを出して走り抜けることができないようにあえて曲がりくねって作られていて、いくつもの検問所で厳重に警備されていた。

 左右には背の高い金網のフェンスが続き、その向こう側には視界を遮らないように一面芝生(しばふ)で覆(おお)われた丘の斜面と、幾重もの鉄条網が張り巡らされているのが見える。


 島で一番の高台にある監獄から抜け出そうとするもの、あるいは許可なく侵入しようとするものを阻害し、確実に発見できるように工夫されているようだった。

 しかも、そこには犬を連れたプリズントルーパーたちが常時巡回しており、物々しい雰囲気が漂っている。


「どうだ? これからお前は俺たちが24時間[保護]している[豪邸]で暮らすことになるんだ。そのことを忘れないようにするんだな」


 ついさっき通り抜けてきた街の平穏さとは正反対の威圧的な雰囲気に緊張して身を固くしている和真に、助手席のプリズントルーパーが嘲笑(あざわら)うようにそう言った。


(俺は、チーターなんかじゃない! )


 和真は内心でそう思ったものの、口には出さなかった。

 少しでも反抗的な態度を見せれば痛い目に遭うだけだからだ。


「ずいぶん、大人しいじゃないか。ま、その方がこっちも助かる。……せいぜい、塀の外の景色をその目に焼きつけておくんだな。慈悲深いことに監獄には外出許可制度があるが、新入りにはしばらく出ないからな」


 大人しくしている和真の様子にひとまず満足したのか、プリズントルーパーは少しだけ機嫌がよさそうだった。


 車が不自然なほどゆっくりと走っている理由が、ようやく分かった。

 これから監獄に入れられることになる和真に対し、塀の外の景色を[見納め]させるためであり、同時に、その厳重な警備体制を見せることで、反抗しようという気力を完全に削ぐためであったらしい。


 やがて和真を乗せた車は、監獄の巨大な塀に作られた、たった一か所だけの出入り口をくぐることになった。

 分厚い鋼鉄製の扉で守られた門でプリズントルーパーたちの最後の検問を受けると、車は塀の向こう側へと和真を乗せて進んでいく。


 和真が通り抜けた門の近くには、そこへ収監されるチーターたちへ向けてのメッセージが書かれた大きな看板があった。


[服従すれば、自由になれる]


 それが噓なのか、本当なのか、和真には分からない。

 それでも、和真がとんでもないところに連れて来られてしまったということだけは、確かなことだった。

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