「それは何気なく現れた」:1

≪こ、こんにちは! ≫


 和真が驚いていると、画面の向こうの美少女はそう言ってぺこり、と頭を下げた。


 少女が頭を下げると、少女の自然なウエーブのかかった栗毛のポニーテールがぴょん、と跳ねるように揺れる。


 そして少女が身体を起こすと、画面には再びはにかんだような笑顔が再び映し出された。


「え、えっと、どちら様でしょうか? 」


 和真はその少女のはにかんだ笑顔にどぎまぎしながら、できるだけ平静さをよそおいながら問いかける。


 少女の方から和真の姿は見えないはずだったが、それでも、和真はその少女と話すことを気恥ずかしく思っていた。


≪は、はい! 実は私、この近くで新しく始まる、からあげ屋さんで働くことになっているんです! ≫


 和真のことなどおかまいなしに少女はそう元気よく言うと、胸の辺りまで両手を持ち上げ、おいしそうな唐揚げが詰まったパックでいっぱいのバスケットを和真にも見えるようにする。


 和真は、少女のその仕草に二重の意味で緊張し、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


「え、えっと、唐揚げ屋さん? 」

≪はい! 今日は、お店の宣伝で、ご近所さんにうちの唐揚げをお配りしているんです! すごくおいしいんですよ! ≫


 どうやら少女が蔵居家を訪問した理由は、この近所で新しく開かれるお店の宣伝ということらしい。


 和真はそんなお店の話など一度も耳にしたことがなかったが、新しくできるお店だし、それは当然のことだろうと思っていた。

 誰にも知られていないからこそ、そこで働くことになっているという少女が、こうやってご近所回りをしているのだろう。


 和真は朝食をとってから間もなく、まったく空腹は覚えていなかったが、ただでくれるというものを断る理由も無かった。

 それに、唐揚げはお昼のおかずにちょうど良さそうだった。


「えっと、今、あけます」


 和真はそう言うとインターホン親機の前から離れ、玄関の扉へと向かった。


 ちょっと外に出る時に家族共用で使っているサンダルに履きかえ、和真は玄関のドアの鍵を開け、チェーンも外して、ドアノブに手をかける。


 和真が躊躇(ちゅうちょ)なく扉を開くと、新しくできる唐揚げ屋さんの店員だと名乗った少女は突然、和真に向かって勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい! 」


 少女の突然の動作と謝罪の言葉に、和真は意味が分からずにポカンとくちを半開きにして呆然としてしまう。


 その直後、和真の目の前は強烈な閃光によって真っ白に染まった。


────────────────────────────────────────


 和真は、何が起こったのかをまったく理解することができなかった。

 ただ、少女が頭を下げた直後、自身に向かってまばゆい輝きの光球が、ものすごい勢いで飛んできたのだけは何とか覚えている。


 突然、和真の目の前は真っ白になった。

 和真は、何もかもが見えなくなってしまった。


 和真は驚きのあまり「ぎゃっ!? 」と悲鳴をあげ、その場に尻もちをつきながら倒れこみ、両手で自分の目をおおいながらのたうち回った。


「目がっ!? 目がァあぁぁぁっ!? 」


 視力をいきなり奪われ、パニック状態となった和真だったが、聴力までは失われてはいなかった。


 和真の耳に、スライド式の車のドアが開くような音と、そこから鋲つきの靴を履いた重量感のある足音の人物が何人も飛び出してきて、和真の方へ駆けよってくる音が聞こえる。


 もっとも、混乱している和真にはその音が何なのかよく分からなかった。

 ただ、気がついた時には、和真は近づいてきた足音の主たちによって取り押さえられてしまっていた。


「な、なにするんだよ!? お前たち、誰だよっ!? 」


 和真がそう叫びながら手足をジタバタとさせても、その人物たちは少しも躊躇(ちゅうちょ)しなかったし、何の情けも容赦もしなかった。


 和真はやけに固い靴を履いた足で蹴りつけられて息が詰まり、今度は両手で蹴られた箇所を抑えながら苦しそうにうめく。

 そんな和真を数人がかりで取り押さえると、車の中から飛び出して来た人物たちは和真をうつむけに寝かせ、その両手を身体の後ろへと向けさせる。


 和真の手首に、固くて冷たい感触が伝わってくる。

 それが手錠だということに和真が気づいたのは、その手錠がガチャリと冷酷な音を発しながら和真の両手にはめられてからのことだった。


 手錠は、両手だけでなく和真の両足にもはめられ、和真は完全に身動きが取れなくなってしまった。

 さらに、襲撃者たちは大きな首輪のようなものを和真に取りつけさえした。


「捜索隊アルファからHQ。被疑者を確保。これより輸送を開始する。以上」


 和真の身体を上から押さえつけていた一人がそう言うのを聞くと、和真は必死になって叫んだ。


「被疑者って、何だよ!? 俺がなにしたって言うんだよ!? 」

「さわぐな! 大人しくしていろ! 」

「いやだ! 母さん、母さんっ! 助けてっ! 」

「黙れ! 」


 しかし、抵抗も空しく、和真はまたもや容赦なく蹴られて、その痛みで押し黙る他は無かった。

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