「とある少年のありふれた日常」:2
そろそろ別の動画を見よう。
和真がそう思って指を動かしかけた時、突然、動画のシーンが切り替わった。
突然、暴れていたチーターたちの頭上に何機もの黒いヘリコプターが現れ、そこから漆黒の装甲服に身を包んだ兵士たちが降下し、チーターたちを攻撃し始めたのだ。
動画は、黒い兵士たちが、警官たちが手も足も出なかったチーターたちを鎮圧し始める場面で突然終わりを迎えた。
どうやら身の危険を感じた動画投稿者が撮影を止め、逃げ出してしまったらしい。
「ああ、もう、何だよ、いいところなのに! 」
和真はいら立たし気にそう言いながら、コマーシャルが始まってしまった動画をもう一度再生しようとする。
突然現れた、漆黒のヘリコプター、漆黒の兵士たち。
彼らのことは、和真もその噂を知っている。
それは、チートスキルに目覚めたチーターたちが世界中で無双し始めてからしばらく経ってからささやかれ始めた噂だった。
自分勝手に暴れまわるチーターたちの存在に頭を痛めた世界各国は、チーターたちを取り締まるために超法規的な特務機関を編成した。
チーターたちを捜索し、捕らえ、チートスキルのない[ごく普通の]生活を送れるように更生するための組織、施設。
[チーター監獄(プリズン)]と呼ばれるその施設には、チーターたちを拘束するための独自の実力組織を持っており、[プリズントルーパー]と呼ばれるその組織に所属する兵士たちが次々とチーターたちを拘束している。
和真は実際にプリズントルーパーの姿を見たことなど無かったし、和真の周囲でもその姿を見たことがある者は誰もいなかった。
だから、あくまでそういう組織が存在しているという[噂(うわさ)]なのだ。
だが、実際に、和真が暮らしている日本でも、チーターを取り締まる法律が施行されている。
社会科の授業で習ったのでなんとなく[チートスキル禁止法]という、何のひねりもおもしろみもない名前は覚えている
あってもおかしくないはずのものなのに、誰もそれが実在していると知らない。
チーター監獄(プリズン)、そしてプリズントルーパー。
その存在は何度もひそひそ話のネタにされているが、誰も真実は知らなかった。
(これは、すごい動画だ! )
和真は動画をもう一度見直すための操作をせわしなくしながら、興奮してきていた。
もし、この動画にちらりと映っていたのがプリズントルーパーたちの姿であったのなら、これは、噂の真実を知る、そのきっかけとなるもののはずだった。
勝手に流れ出すコマーシャルがスキップできるようになるのを、和真はもどかしい思いで待った。
そして、いよいよ動画の再生が始まろうとしたとき、和真の指はプリズントルーパーたちが姿を現した部分まで動画をスキップするために、スマホの画面上で待ち構えていた。
だが、その直後、和真はスマホを投げ出し、ベッドに顔を突っ伏していた。
何故なら、確かについさっきまで存在していたはずの動画は、和真が手間取っている間に削除されてしまっていたからだ。
スマホの画面には、[この動画は削除されました]という、お決まりの定型文だけが表示されている。
「あーあ、つまんないなァ、もう」
和真はベッドに顔を突っ伏したまま、そうボヤクことしかできなかった。
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和真が徒労感に襲われていると、ついさっき投げ出したばかりの動画が、ピロリン、と鳴った。
チャットに新しいメッセージが追加されたことを知らせる音だった。
和真が緩慢(かんまん)な動きでスマホを手に取って見ると、昨日夜遅くまで一緒にゲームを遊んでいたフレンドからのメッセ―ジが届いているようだった。
フレンドが午前の十時過ぎにもなってようやく起き出してきて、和真に今日もまた一緒にゲームを遊ばないかと誘ってきているのだ。
和真はスマホの画面の上で指を動かし、フレンドへ返事を返す。
〈別にいいけど。ヒマしてたし〉
すると、すぐにフレンドからも返事が返って来た。
〈なら、すぐやろうぜ! 昨日は結局材料がそろわなかったから、集めるのを手伝ってくれよ! 〉
〈ええ~。こっちはもう、同じステージ何て、飽き飽きしてるのに? 〉
〈おいおい、お前があの装備一式をそろえられたのって、こっちが手伝ったおかげじゃん? な、俺の方も手伝ってくれよ~いいだろ~? 〉
〈ハイハイ、分かったよ〉
和真は溜息まじりにそう返信すると、ベッドから起き上がり、コントローラーを手に取ってゲーム機のスイッチを入れようとする。
その時、ぴんぽ~ん、という、朗らかで間の抜けたチャイムの音が、蔵居家の中で響いた。
どうやら、来客であるらしい。
しかし、和真は無視を決め込んだ。
今日、父親は「会社のつき合い」がどーとかで、朝食後にどこかへ出かけているが、一階には母親がまだ残っている。
どうせ来客の方も用事があるのは大人の方だろうし、和真の出番は無いはずだった。
だが、蔵居家のチャイムは、またも鳴り響いた。
そして、その直後、一階から、母親が和真を呼んだ。
「カズ! ごめんね、お母さん今洗濯物干してて、手が離せないの! 代わりに出てくれないかしら? 」
「ええ~っ? 何で、俺が? 」
「いいでしょ、それくらい。ちょっとだけだから! 」
和真は、不服そうにうなり声をもらしつつも、しぶしぶコントローラーを手放した。
それから、すでにゲームを起動して待っているフレンドに〈ごめん、ちょっと待ってて〉とメッセージを送ると、和真は立ち上がった。
母親のお願いなど無視を決め込んでも良かったのだが、後で不機嫌になられても面倒くさいので、従っておいた方が得策だろうと思ったのだ。
「は~い、どちら様ですかァ? 」
和真はそう言いながらインターホン親機の画面に映し出された来客の姿を確認して、驚いた。
そこには、自分よりも少し年上かなと思える少女が、はにかんだ様な笑顔を浮かべて立っていたからだ。
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