ニューオーリンズ・ブルース

猟奇學研究所

第1話

「なんでもいいってのは、一番困る注文なんだけど……」


バーテンダーの若い男は困り顔で言いつつも、その手を忙しく動かしあっという間にカクテルを女の前に差し出した。


「俺が一番得意なやつだよ」


“ソコ・トニック”


サザン・カンフォートをソーダで割るだけの単純なものだが、これを旨く作るのは存外に腕が要る。


グラスの底、コースターには魚眼レンズのように歪んだ文字。


─Run─ (逃げろ)


私はトイレに行く振りをして裏口から足早に店を出た。それを見て立ち上がった客を、彼は呼び止め話し込む。



「……良かったよ。無事で」


流行りのアシンメトリーヘアが良く似合う。バーテンダーは私を気にかけ後を追って来ていた。


38口径のピストルを持って。


「ねえ、訳を聞かせて」


命乞いでも時間稼ぎでも無かった。単純に気になったのだ。バーの常連の私をいつから“賞金首”と知ったのか。それと何故、私でひと稼ぎしたいと思ったのか。


「バーテンの給料って、知ってるかい?」


やはり見込んだ通り、彼は“いい人”だった。まるで三文小説のような話ではあるが、重い病の妹をより良いベッドに移してあげるには、少々悪いことにも手を染めなくてはいけない。そういう事だったのだ。


私は言った。世界に100人も居ない奇病を治すのに、私一人の血じゃ全然足りないんじゃないかと。私はもっといいプランがあると提案した。


そんなことより彼、ブラッドは安全装置の外し方さえ知らなかった。その事実が私により一層彼への愛しさをもたらした。


ブラッドにだけは知られたくなかったが私はその筋には名の知れた所謂、最近の映画で言うなら“ジョン・ウィック”みたいなものだった。ジェーン・ウィックでもいいかもしれない。界隈の“掟”を犯し、今は追われる身なのだ。今夜は最後の晩餐、というか一杯を求めて馴染みの店に寄ったのだった。


「あなたにはピザを届けて欲しいの。その隙に私が全部片付けるから」


計画はこうだ。“ソントン・ファミリー” のアジトへ、ブラッドがピザ屋を装い行く。その間に私は電気系統をぶち壊し彼らを殲滅する。極めて単純だが効果的な作戦だ。場しのぎのプランなんかじゃない。ずっと温めてきた、私の“生きる目的”だ。


世界で一番好きな人を、目の前で殺されたとしたら?


つまりこの計画は、その答えだ。





“死には死で報いよ”




殺し稼業の女だって結局は女だ。かつての恋人が血塗れで痙攣する姿を見て、ほかの男と同じとは思わない。ペイバック?リベンジ?何でもいい。私が果たしたい事はただひとつ。


懸念事項もただひとつ。ブラッドがあまりにも“彼”に似すぎていること。



かくしてその計画は始動した。全ては順調だった。ペパロニピザは思惑通り爆発し、私は死にかけのマフィア共を銃弾の無駄もなく倒しつづけられた。


ところで読者のみなさん、ジャミングって知ってるかしら?



完璧な99%のうちたったひとつのミステイク。私は数発の銃弾を浴びながらほうほうの体で逃げ帰った。ブラッドのアパート。何でこう何もかもと思うくらい、あまりにも“元カレ”過ぎた。思えば彼 、まるで人型の跡が付いてるんじゃないかって思うほど、ブルガリのコロンの匂いがした。そういう所もよく似すぎていて……。


結果から言うと“しくじった”のだ。“ジェーン・ウィック” の名誉は返上しなければならない。だって彼に失敗はないから。


眠りたい。そう思う反面、なるべく長くブラッドの顔を見て、触れていたかった。私は今際の際、たぶんそれは近々来ると思い、彼に囁いた。


「……ごめんね。足りないかも知れないけど、これが私に出来る精一杯。ねえ、ソントンに私の首なり何なりを……」


たぶん、きっと、今夜の騒ぎで少しは私の“賞金”も上がったはずだ。


「あのさ、ブラッディ・メアリーって、勿論偽名なんだろ?俺、君の本名が知りたい」


「“木は森に隠せ”よ」


「……なあメアリー、ほとんど見ず知らずの俺に何でここまで……」


「……私あなたの事、いつの間にか好きになってたみたい。」



ぶっちゃけてしまうとそんな事はない。恋人を殺されたその数日後、まるで生まれ変わりみたいなあなたが現れたんだから。段階など踏まず、単純過ぎる一目惚れ。


「ねえ、喉が渇いたわ」


私は言った。彼の“ソコ・トニック”を結局飲み逃していたから。


私の遺言。


「あなたの得意なあれ、頂戴」

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ニューオーリンズ・ブルース 猟奇學研究所 @ryoukigaku

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