第10話

「なーんだよ、オマエ一個だけか」


恭二が馬鹿にしたように一哉の足元に置かれたオークの頭を見る。


「俺は今日・・・・・・」


不機嫌そうにいいかけて、


「一哉くん、今日は」


信之が口を挟む。

一哉は今日一日はメイドなのだ。


「くそ、私は荷物番ですので」


心の中では二度と着るかバカヤロウ、である。


「んで、翔は七つか、まぁ初めて切ったにしちゃ上出来じゃないか?」


上出来どころか、一度の戦闘でこの数は大金星である。まともに考えれば戦えるだけでも凄いことだと言える。そういう意味で言えば、恭二等は感覚が狂っているのは間違いない。


「ははは、この一年準備しましたからね」


「若、もっと偉そうにして下さい」


「え? あ、お、おう」


翔は実にやりにくそうである。


「ま、俺たちの二十には足らんがな」


恭二はがはは、と豪快に笑う。実のところ恭二と信之は数が同じだったのでマウントを取りたかっただけである。


「正直、途中から楽しすぎて数えるの忘れてましたから、もう少し多いかもしれませんが」


「んだとノブ、テメェ往生際が悪ぃぞ。だいたい、調子にのって死にかけたの俺ぁ見たんだからな」


「そっちこそ、いきなり刀を折りましたね、アレ、言ってみればオーダーメードですよ。モト取れるんですか?」


「物はいつか壊れる。刀だって同じだ」


「また打って貰うつもりですか?」


「当たり前だ。今度はもっと肉厚にしてもらう。ああもデカいと人間相手のヤツじゃ足らないからな」


そんな恭二の刀を打つ作刀家はかなりの苦労を強いられることとなる。


「確かに。俺の刀も随分歪みが出来てしまいましたし、打ち直しと併せて研ぎに出さないと駄目みたいですね」


「そうなんですか?」



一哉が問えば、


「ええ、僅かですが最後の方は手応えに違和感がありましたから」


「はぁ~、叔父さんでもなるもんですね」


翔は思うところがあるらしく、仕切りに頷いていた。


「まだまだ未熟者、ということですね」


「さて、それはいいが、この死体の山は金になるのか?」


四人から離れた場所には、今回討ち取ったオークの首無しの死体の山が出来上がっている。


管理局の換金情報ページにはオークに関しての情報はない。ただ、死体とはいえこの手の生き物のサンプルは欲しがるところも多いだろう。


ああでもない、こうでもないと議論していると、


「なかなか、見応えのある光景ですね」


たまたま散歩にでたら珍しいものでも見つけたような気軽な調子で声を掛けて来るものがあった。


「なんだぁ? って、どこかで見た顔だな」


恭二が反応して、声のする方に顔を向ける。そこには、胴着を着た三十代前半くらいの男がいた。肩に担ぐのは薙刀で、それで誰かを察することができる。


「楊心流の武政弘明先生ですね。ロビーで拝見しました。昨年代替わりしたそうで」


「ご存知でしたか。そちらは無外流の佐伯殿と秋山殿とお見受けしましたが如何に?」


男、武政弘明は切れ長の目を更に細め値踏みする視線を隠そうとするように会釈する。


「ああそうだ。俺が秋山恭二だ。で、こっちが佐伯信之、んでコイツは甥の翔。んでソイツの女で一哉だ」


 恭二は悪戯っぽく右口端を吊り上げる。


「コイツは友人です。武政先生」


「俺は男です!」


間髪入れずに翔と一哉の声が上がる。


「ふふ、面白い方たちだ。今後とも交流を持ちたいモノです。それで、この後の事について少しばかりご相談が……」


武政は面を上げて笑みを作る。ただ、その視線は信之や恭二たちではなく、その背後で成り行きを見守っている自衛隊員達へ向いていた。



武政の相談ごととは、この後の報酬の事についてだった。


「公開四日目とはいえ、命に係わる戦闘とは初めてのはず、ならばここでしっかりと交渉しなければ今後に関わりますのでね」


どうやら、今回の襲撃対応で楊心流の門弟に死者が出たらしい。


「そうだな、我々の命を安く見積もられては困る。交渉は慎重に行いたいな」


信之は瞑目してその言葉に鷹揚に頷いた。


信之が思い出すのは眼前に迫るオークの振るった棍棒である。力任せに振るわれたそれは、慣れこそ感じ取れても未熟だった。だが、そんな棍の一撃は油断したわけでもない信之の側頭部を捉えかけた。


眼前のオークを切り伏せた直後、重心が前よりになって次の行動、体の切り返しが少しばかり送れたと感じた瞬間の事だった。視界端に映り込んだ棍棒の先端が吸い込まれるように自身の視界に飛び込んでくる。スローモーションのように見える、と形容する者も居るだろうが、信之にはそれが決して緩やかには見えなかった。

だが、その軌道ははっきりとしていて、視界正面に捉えるにつれ、自身の命はないと心が少しばかり緊張した。だが、体はそうではなかった。

心では緩やかに、反するように実際には素早く体が動いてその先端は致命傷とはならなかった。スウェーするように上体を逸らしたものの、その先端は信之のこめかみをカスって、僅かながら視界を揺らすというダメージを与えていた。


もちろん、その後その棍棒の使い手であるオークは切り伏せたが、それでも信之は反応がほんの僅かでも遅れていたり、少しでも体が強張っていたら死んでいたのは自分であるという自覚があった。


「今後の為にも」


武政は重々しく告げて恭二と信之を見据えた。

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