第9話

ダンジョンが現れてから三ヶ月ほどの頃。ダンジョンよりは単に『森』と呼ばれる事の方が多かった頃のこと。


清廉な空気漂う道場内。


「おれ気になってるんですけど、皆さん操気術って何か理解してます?」


最近、近所の子供に顔を見ただけで泣かれてしまいました。秋山翔です。両親から親戚、果ては近所のおじいちゃんおばあちゃん方から悪人面だとの評価を頂いております、おれこと秋山翔です。

年度が明けましたら探索者として活動していく所存でございます。

本日は探索者仲間を集め、ちょっとした話し合いをすることになりました。


「操……なんですか?」


「聞いたことないな」


信之さんと恭二伯父さんは首を傾げる。


「いやいや、お二人とも星二スキル引いたって話でしたよね? 構成聞いたときにあるって言いましたよね?」


そう、今日の議題は「操気術」について。発起人は俺です。


「んん……? そういえばあったような?」


信之おじさんは、どうも剣術に結び付けないと興味を失って忘れてしまう悪癖があります。

今年度をもって早期退職されるとかで、今は書類の整理や後任への引き継ぎを少しづつ進めているのだとかで、退社が近づく度に心が踊るようだと言っていました。

退職のタイミングを年明け頃にしたのは、それだけ引き継ぐ内容が多いとかで、会社勤めって大変なんだなと他人事ながらに捉え居ている次第でございます。

というか、この人どうやって部長にまで昇進したんですか。非常に気になるところですが、今日問題なのはそこではないので流します。


「いや、あるんですよ。俺の引いたSAMURAIにも入ってましたから」


星2と呼ばれるアビリティは一体どれほど存在するのか、俺のSAMURAIもそうだけど、おじさん達が手に入れた「刀仙」とか「剣鬼」とか、なんか無駄にかっこいい奴もある。ネットだと「銃神」とか「曲芸師」、あとは「博徒」というのを手に入れたという情報が流れています。ただ、星2は相当レアな能力らしくて殆どの報告が星1のアビリティだそうで、星3ともなれば未だに確定情報は無いと来ています。


某動画配信者が「星3出るまでガチャ回してみた」というライブをやった様ですが、出てきたのは星1ばかりでいわゆる爆死したとの事です。それはそれでネタになった様ですが、使用した金額は1000万以上と聞けば、笑うに笑えません。そんな金があれば学費の支払いに充てたい。


と、話が逸れてしまいました。

要はこの「操気術」が一体何なのか、という事が重要なのです。


「で、そのそーきじゅつ? って何だ?」


恭二伯父さんの言い方から、興味がない事がはっきり分かります。ですが、これ、結構重要な話なのです。

信之おじさんの表情がまるで能面のようで、きっと早く話切り上げて鍛錬に戻りたいとか考えている顔です。クソ、修行馬鹿か。


「何でも気を操る気付きを与えてくれるそうです」


その言葉に二人は怪訝な表情で俺を見ます。

予想通りの反応です。

なので、ちょっとしたパフォーマンスをすることにしました。


「ここにあるのは何の変哲もないビール瓶と……」


言いつつ空の瓶を二人の前に置きます。


「待てよ、これウイスキーのボトルだろ。つーかターキーのマスターズとかお前、良いの飲んでやがるな。買ったときに何で俺に言わなかった」


何だか責められているようですが、恭二伯父さんに知られたら水みたいにガバガバ飲まれるからに決まっています。教えるわけがない。


「……ボトル、ですね。間違えました。そして此方に用意したのは包丁です」


刀身はセラミックで出来た出刃包丁で、近所のスーパーで買ってきたものです。


「……何となくやりたいことは見えましたよ。つまりそれでボトルを切って見せる、そういう事ですか?」


信之おじさんはこういう時は察しが良すぎて対応に困ります。が、その目は出来るわけがない、と物語っています。


「ええ、そうです」


「それ、包丁の方がダメになるだろ。どう考えてもよぉ」


恭二伯父さんも同じく無理だと決めつけている様子。


「ま、見ていてください」


俺は包丁を利き手に持って意識を集中します。

何せ、この気という不可解でアレな存在を知ってまだ一週間も経っていません。

自身に内在する不可視のエネルギーを知覚し操作すること10秒ほどでしょうか、体内のエネルギーを練り上げ、拡張し、包丁の刃を覆ってゆきます。

この刃はあらゆる物を断つ。そういう自己暗示に近い思い込み、執念、そういったものを込め、そして、


「ふっ」


素早く息を吐きつつ振り下ろします。

振りぬいた包丁の先端は、道場の床に深く根元まで突き刺さっています。

それをゆっくり引き抜いて、それから二人を見ます。

二人はその一振りに、いえ、それが齎した過程と結果に目を見開いています。


「……いま、何が起こった」


信之おじさんの声は驚愕に震え、隣に座る恭二伯父さんは無言のまま床のボトルへと手を伸ばし持ち上げようとします。

が、それは中心から半分、片側だけが綺麗な断面を見せて持ちあがります。


「気の力です。正直、これが出来るようになって俺も驚きました」


そう、気という不可解なエネルギーとそして意志の齎した結果なのです。


「操気術を知ることでこれが出来るようになるということですか?」


信之おじさんの瞳は期待と可能性でギラギラと輝いているように見えます。

すっげー怖いです。


「ええ、可能です。これはほんの一例に過ぎません。……実は先週友人と一緒にアビリティ屋に行ってきたんですよ。その時に操気術について色々と聞いて来たんです」


「色々ってことは手ほどき受けたって事だよな、それ、俺にも教えろ」


恭二伯父さんは獰猛な笑みを浮かべて身を乗り出します。

この人も怖いんですよ。明らかに尋常じゃない雰囲気を簡単に醸し出すのですから。


「もちろんですよ。というか、俺も直接手ほどきを受けたわけではないんです。ただ、指南書を教えてもらいまして」


と脇に置いておいた鞄を二人の前に置く。

二人が固唾をのみ、注視するなか、ジッパーを引いて鞄を開けると中身を取り出す。


「これは……」


「漫画、か?」


取り出したのは37冊からなる漫画の単行本です。1998年に某有名少年漫画雑誌に掲載され、何度かの休載期間を挟みつつも連載され、今現在は休載中で、再開を熱望されている漫画です。因みに俺はタイトルは知っていたものの、読んだことはありませんでした。内容は少年漫画の中でも結構闇が深いというか、結構読み応えがありました。特に主人公が自分の未来得られるであろう可能性を投げ打って敵を倒すところなんか胸に来るものがありました。反動でしわくちゃになっちゃうんですけど、それがまた。


鞄の中から取り出すと二人の前に広げて、


「そうです。アビリティ屋のいうことには、ここに書かれていることは8割か9割くらい正しいそうです」


八割か、九割の差は大きいとスキル屋の店員に詰め寄ったのですが、これはその、変な話ですが「人類の持つ文化や感性で現れる結果は多少の誤差が生じる」とのことで、要領を得ませんでした。


「……お前、俺達を担いでるんじゃねぇだろうな?」


恭二伯父さんは眉間の皺を深くしますが、そんな怖いもの知らずな真似できるわけがありません。


「まさか。俺がその内容を実践出来たからこそ、今日わざわざ切り出しました。それに、おれの友人が同じように気を使う事に成功したのもあります」


その友人は古流柔術を学んでいて、相手の動きを察知する先読みが高精度になったと言っていました。あとは身体能力が非常に高まった、とも。まぁ、一哉のことなんですけど。


漫画の情報を元に色々試してみるとも言っていましたが、続報は今のところありません。ただ、最後に、ムカつく兄弟子の心をへし折ってくるとだけ聞きました。


「そう、ですか」


信之おじさんは並べた単行本の中から一冊取り上げるとパラパラと捲って眺め、


「そういえば、部下の一人が偶に漫画の話をするときに口に出すタイトルですね。……ここは翔君の言葉を信じてこの漫画を読んでみましょう」


間違いなく、この瞬間、俺達は人の限界を超える切っ掛けを手にしたのです。


証拠に、一月もすれば、二人は最盛期を上回る肉体とそれ以上の技術を手にしていたのですから。

その後、道場の門弟たちの為に本屋を回って数セットこの漫画を買い込んだのは、きっと未来の無外流の役に立ってくれること間違いなしです。


ところで、強面の印象を少しでも軽くするために丁寧な口調を常に意識しているのですが、周囲からインテリヤクザという評価を貰うのは一体どういうことなのでしょうか。





あの時のアビリティ屋


「すいません」


「なんですか? 販売なら現金だけです」※


「そうじゃなくてですね、ちょっと疑問なんですが、以前ガチャを引いたら、セットの中に『操気術』ってのがあったんですけど、これってどういうものなんですか?」


「……これを読めば大体分かる」


抑揚のない口調でとあるコミックの第一巻を雑にカウンターに置く。


「え? そうじゃなくてですね」


「既刊は37巻。そうだな、九割……は言い過ぎか。八割は正しい」


「そ、そうですか。残りは貸して貰えたり?」


「ここから一ブロック先に本屋がある」


「あ、ハイ」



――そして現在。


思い出してもクソみたいなやり取りだったけど、今見下ろす光景は、あちこちで血だまりが浮かび、切り裂かれた人外の躯が散らばっていて、あの時手に入れた情報は間違っていなかったのだ、と思わずには居られない。


俺自身がこうしてダンジョンの中、立って今を迎えられているのもきっとその出会いと気付きがあったからなのだ、と。


「若! さっさと集めねぇと日が暮れちまいますぜ!」


開けた場所で恭二おじさんが声を上げている。


「お前後で覚えてろよ」


一哉は俺の近くでオークの頭を胸に抱え、エプロンスカートを血に染めて此方を睨みつける。

せっかく頭を切り落としてあげたのにこの言われようだ。

暫くは恨み言を聞かされるに違いない。


うん、想像以上に効果があったらしい。

まさかこんな結果が待っていようとは。






※当時は政府に認知されておらず、交渉も行っていなかったので現金のみのやり取りだった。その後、取引で政府関係者(主に自衛隊、消防、警察等)に優先して販売すること、販売場所を事前に知らせることなどを条件にクレジットカードでの取引が可能になった経緯がある。

免許の交付をする頃には既にクレジットカードを利用することが可能になっていた。



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