第6話

ダンジョン、とは正式な呼び名ではない。国が定めた名称は『突発的に出現した森林、および、未踏査空間』である。ダンジョンとはつまり、ネット上のスラングで、SNS等で拡散され使われるようになったもので、今では報道等で当たり前のように使われている。


日本国内で最初に確認され、国定第一号となっとなったダンジョンは、東京の練馬区は桜台にある公園の一部を飲み込んだかたちで出現し、一時は辺り一帯が封鎖される事態にもなった。その際、幾つもの建物が飲み込まれ何十という世帯が家を失った。死者行方不明者が出なかったのは、偏に『森』の出現と成長がゆっくりとしたものだったからだろう。

若木が芽吹き、空に向かって成長していく様は24時間にも亘る映像記録にも残っている。東京の第一号ダンジョンは、そこの住人にとって命を失わない、という意味では運が良かったが、家財を失ったという点に関しては運がなかった。

思い出や、居場所というものが多く失われた。幾世帯もの家族が家を失ったのだ。そんな彼らに最初に手を差し伸べたのは株式会社東〇ドームである。只の慈善である、という見方もあれば国からの要請があった、ともすれば売名行為であるという憶測まで流れたが、そのドーム内に架設されたテントで夜露をしのいだ避難者たちからすればどちらでも良かっただろう。

彼らの多くが新たな行先を決めるまでの仮宿となったのだから。


そんな彼らの悲劇であったが、どこ吹く風、と、突如として現れた『森』に好奇の目を向ける者があった。大手企業の運営する映像配信サイトの投稿者、ストリーマーたちである。


一夜にして現れた格好のネタだと言わんばかりに、若者を中心に規制を無視した侵入が頻繁に行われ、死者行方不明者がそれなりに出た。世間の目は冷たく、彼らの死を悼む者は少なかったのは『森』の出現が自然災害の一種だと認識されていたせいだろう。


その後、公園含め、辺り一帯がコンクリートの壁で囲まれ、自衛隊の駐屯地が新たに設置されることになった。

この桜台の第一号ダンジョンで様々な試験などが行われ「未踏査地域探索免許証」を発行するための様々な試験が行われ、先の免許発布へと繋がることとなった。

そして、第一号ダンジョンは、自衛隊の訓練にも利用されるため、一般への公開はされていないし、公開の予定もない。


信之らが向かったダンジョンは国定第八号ダンジョンで、関東地域では公開から最も人気のあるダンジョンである。


ダンジョンに初めて踏み入った人は誰しもが必ずといっていいほど最初に目にする光景に感嘆する。それほどに神秘的な光景が広がっているのだ。


自身があたかも小人になったと錯覚するような巨大な森が天を覆い、辺りには薄っすらと霧が残り、幻想的な錯覚さえ覚えてしまう。視界の先、空は雲が無ければ青くもない。コーヒーにミルクを垂らし、ひと混ぜしたような白と茶色と黒が混在したような不可解な光景が広がっており、キラキラと色とりどりの光が散らばって見える。その色は赤や緑、青や黄色と様々だ。その色合いは疎らであるが、時折強く瞬く光は見ているだけで飽きないだろう。


「おー、ヤベェスケールだな」


見上げた恭二は感嘆の声を上げ、噛み締めるように葉巻の煙を口一杯に吸い込んで吐き出した。


「おじさん、ここ禁煙っすよ」


翔が横から注意するも、


「んなの誰が決めたんだっての。そういうせせこましいルールなんざ良いんだよ」


葉巻を燻らせ、止める様子もないし、実際に、この場所で禁煙を謳うルールもない。


「動画でよく紹介されている風景だな。ふむ、ここから北西はまだ進入禁止、か」


信之は壮大な風景に一瞬目を奪われたものの、実に冷静である。いや、実際は冷静以前に景色に然程の興味はなく、これから刃を振るう相手が楽しみで楽しみで、そればかりが気になってそわそわしっぱなしなのであった。


それもそのはずで、空を除けば、視界に収まるのはありふれた杉林にも見えなくもない。


「でたでた、これだからロマンのわからんヤツはなぁ。若い娘にモテんぞ」


恭二が茶化したところで、


「俺には涼子がいるからな」


取りつく島もない。


「あー、さいですか。翔、一哉、オマエらどう思うよ。男なら何時だってモテたいって思うだろ?」


「いや、オレには未来ちゃんがいるんで別に」


「僕より可愛い子なら考えますけど」


あまり食い付きが良くない。


「かー、オマエらほんっと張り合いないのな。若い奴らが揃って枯れてやがる」


かく言う恭二は女遊びが原因で二度の離婚を経験しているので、翔にとっては完全に半面教師である。


「枯れてていいです。ほら、さっさと動かないと出遅れますよ。ボクはただ働きなんてゴメンですからね」


一哉はこの中でマッパー兼ナビゲートを担当することになっている。そのため、早い段階から管理事務所のホームページから第八号ダンジョンのマップを入手し、専門書とにらめっこしつつ読み込んでいた。


今後の探索のことも考えて、手帳には細かいタイムスケジュールが書かれていて、今回の探索を元に今後の探索プログラムのための情報をできるだけ取りたいと考えているのだ。

必要な食料、装備、一回の探索の時間当たりの稼ぎなど、欲しいデータはいくらでもある。一哉にとってはゲートを潜った瞬間から仕事は始まっているのだ。

特に、学生である一哉にとって時間当たりの稼ぎは非常に重要な情報だ。何せ、もうじき学校も本格的に始まるし、週末くらいにしか入れない。探索者として本気で取り組むためにバイトは既に辞めている。これは彼にとって大きな賭けなのだ。



ロマンがそこにあっても、現実問題として金銭は付きまとう。探索免許を取得した人々が、このダンジョンに求めるのはそういったロマンもあるが、ダンジョン内での採取物による一攫千金だろう。

ダンジョンは世間に開かれてまだ間もない。そのダンジョンで採取できるものを欲しがる好事家もいれば、法人が買い取ることもある。当然『探索管理センター』を通して国も買い取りをやっている。

政府としては国の息のかかった機関に研究を依頼し、そこから国の利益を見出したいだろうし、国策と離れたところで活動する各企業は未知の素材に金の匂いを感じての事だろう。国から優先して試料をもらえない立場ならどうにか自分たちで工面しようとするのも当たり前である。

中には社員を探索者にした企業もあれば、リスク面を考慮して間接的に雇う者もあった。それほど魅力的なのだ。なにせ未知の素材は新しい価値を生み出す可能性を大きく秘めているのだから。


探索者の多くは自身の立場を彼らのように一種の肉体労働者として捉えているのに対して、少数だが、採取などのような雇われ仕事を本筋にしない者たちもいた。

いわゆる〇ーチューバーである。収益化された動画で広告料などで稼ぐ者達である。彼らにとっての壁は、『森』の中と外は電波を通さないのでライブ中継ができないことである。また、ケーブルを通したところで、空間の歪みがもたらす作用で通信が不可能というところだろう。ただ、電子機器の持ち込みは可能なので内部の映像を撮影し、面白おかしく編集して配信する形をとっているようだ。


既に一般公開四日目にも関わらず、動画として公開されたものは、国内だけで117本。うち、読み上げソフトなどで音声編集などを加えた動画が約三割。そして、公開された関連動画投稿主のうち、二割強がチャンネル登録者10万人を超えている。最も多い登録者で二日目にして100万人を突破したグループもあったという。

動画の内容は、殆どが浅瀬(国が発表したマップ内で安全区域に認定されたエリア)でキャンプをしたりする動画である。

それを見た人々が触発されたのか、未踏査地域探索許可証を新たに取得しようとする者が増えたのだとか。


そして、活動の対価として金銭を求める彼らとは異なり、稼ぐのはついでだ、と考える連中がいた。古い時代から連綿と殺しの技を受け継いできた連中が。


彼らの多くは、身に着けた技が戦いにおいて本当に役に立つのか、どこまで使えるのか、新たな境地へと至りたい。それだけを目的にこのダンジョンに望んでいる。昔ながらの言葉で表すなら、彼らは武芸者、と呼ぶべきだろうか。


信之らが正にそれである。


「分かっちゃいたが、腰に刀差してても素人くせぇ連中ばっかだな。オイ、見てみろよ、アイツ背中に引っかけてやがる。あんなんで抜けるのかねぇ。あれならバットやらバールやら持ってた連中のほうがきっと役に立つぜ」


先を行く探索者を見た恭二が呆れ調子で言う。


「護身として使うならいいんじゃないか。武器として考えれば槍や薙刀の方が優秀で、刀は酔狂だ」


少し先を行く一哉の後に続きつつ、信之が興味なさげに素気無く応える。


「お前、棒振りやってる癖にそういう事言うかよ、普通」


「冗談だ。長物に遅れを取る気はない」


「冗談がわかりにくすぎるんだよ」


恭二は肩を落とし盛大にため息を漏らす。

そんな二人のやり取りに、一哉の隣を歩く翔が振り返り、


「そういえば、長物で思い出したんですけど、楊真流の武政先生をロビーでお見かけしましたよ」


 楊真流と言えば長刀術で有名な流派であり、武の道に少しでも関りがあれば必ずと言っていい程耳にする名門の一つである。


「んぁ、婆さんのほうか?」


「いえ、息子さんの方ですね」


「彼もイイ歳だし、案外俺達と同じように考えたのかもしれん」


恭二と翔のやり取りに信之はぽつりとこぼす。


「ありえるな。アイツは婆さんと違って実践派らしいからな」


面白いものでも見つけた顔をして恭二は顎をさする。きっと良からぬことでも思いついたのだろうと信之は思い至ったが口は開かない。


「ちょっと、ペース落ちてますよ。日帰りなんですよ、わかってます?」


そんな三人に向けて一哉は不機嫌そうに声を上げるのだった。


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