第5話
ここに一本の動画がある。何者かが編集をしたそれは、15分程の長さの動画として某つべにて公開された。
どこかの国、天候は晴天、風の強い日、荒れ地に出現した『ダンジョン』に十人ほどの若い男女が楽しそうに入っていく内容だった。当時はダンジョンが出現して間もない頃で、そこを『ダンジョン』と呼ぶ者はネット上でも少数だった。むしろ、『謎の森』という見たままの呼ばれ方をしていた。
なにせ、その映像でもわかる通り、高さ十メートルほどの巨木が約100平方メートルに渡って生えており、霧が揺蕩っているのだから。
彼らは、びっしりと壁のように並び立った樹木の中にぽっかりと空いたようなアーチを潜る。歩く彼らの腰には、迷わないように、はぐれない様にとお互いにロープで繋ぎあい観光客の如く、楽しそうにあれこれ考察を口にしつつ歩いていのが映し出されている。
アーチを超えた先は薄暗い洞窟のように木の幹で覆われた場所で、光り輝くクリスタルが印象的だったし、動画に映っている若者も興奮気味にクリスタルに触れたりしていた。この洞窟がダンジョンみたいだ、ということでその後、『ダンジョン』という呼び名が広まった。
場面は切り替わり、洞窟を抜けるところに飛ぶ。撮影者は、洞窟を出るとしきりに不安を口にして、画面が安定しない。そのためか直後に撮影者が変わっている。
洞窟を出れば見たこともない植物が生い茂り、道をふさぐ。足元は太く、幅は数メートルもある樹木の幹の楊で、その表面に自生したコケや草花が生い茂っていた。
枝という道の端から下を見れば、霧に覆われ見通すことが出来ないが、似たような枝や幹が見えることから深くまで続いていることを伺わせた。
枝の道は当然誰も分け入ったことがない。腰のあたりまで伸びた葦のような植物が枝の道の上にある苔から伸びていて、無視して通るには邪魔な感覚で生えていた。
それを青年がマチェットで切り開いてゆく。
彼らは暫く進んだ先にある枝と枝が絡まりあって出来た広場のような場所をキャンプ地とすることに決めたらしい。
テントを張り、荷物を整理してから幾人かに分かれて周辺の探索を行うことになったようだ。
楽しそうな場面も終わり、夕暮れ。空間が歪んでいるのか、空は黒と赤が混ざったような奇妙なで不気味な空だった。誰かが大きな人影を見たと騒ぎ出し、恐怖が次々に伝染していく。そして、一人戻ってこないと皆が集まって相談するシーン。二チームに分かれて捜索を開始するシーンが続く。そして編集をはさみ、撮影者のチームがキャンプに戻ると荒らされた形跡があり、さらなるパニックが彼らを襲う。
LEDランタンによって照らし出された広場にはところどころ血だまりが出来上がっている。そんな彼らを包囲する影があり、闇の中から、動画から推察するに身長2mから3m程ある人型の化け物が現れた。
その化け物はめくれた唇にそげ落ちたような鼻、肩には彼らの仲間だった女の死体を担いでいる。
そんな化け物が7体も暗がりから現れる。手には人の身の丈もある棍棒を持ち、中には人の腕を口に咥えて咀嚼している個体もいる。
撮影者の男は足元に転がっていた鞄を引っ掴んで、真っ先に逃げ出した。
乱れる画像、割れる音声。そこからはひたすら叫び声と銃声が遠くから聞こえていたが、男が離れるにつれそれも聞こえなくなる。男は一切振り返ることなく洞窟へと逃げ込む。
そして、拾った鞄からダイナマイトを取り出して、入り口に設置すると着火して一気に駆け抜ける。
巨大な爆発音と振動と共にアーチから投げ出された。恐らくは地球からの画であろう星空が映り込んで動画は終了となる。
動画の説明には英語で『知人から譲られたフィルムで、多くの人にこの事実を知って、あの森の、歪みの向こうの危なさを知ってもらいたいとメッセージを預かっている』と説明があった。
コメント欄に書き込まれた多くのコメントは、「動画のもたらした情報にショックを受けた」、という内容から、「トールキンのオークだ!」、「こんな作り物は世の中に溢れている」、「政府が人々を『歪み』の真実から遠ざけようとしている」と様々だった。
映像を分析してそれが本物である可能性が高い、という解析結果を説明した動画も上がって一時期は海外で散々話題になっていた。
その頃日本では、某退魔忍が過激な表現を抑えほぼ全年齢版となって深夜アニメで放映されていて、日本だけ某呟き系SNSのトレンド1位が「アヘ顔の女王」だったりした。
ともかくとして、それほど衝撃的な映像であったが、投稿サイトにおける規約の関係でオリジナルの動画は既に削除されてしまっている。現在でも出回っているのは最初の動画のコピーで、最初の動画投稿主とは連絡も取れないし、マスターテープの所在も明らかではない。
そもそも今では、昔話題になった「ブレ〇ウィッチプロジェクト」のようなモキュメンタリーではないか、とさえ言われている。
深い森の中で探索を行う若い学生らしい男女数人が暗闇の中次々に襲われて消えてゆく。
まさに映画の内容をなぞる動画だったのだが、幸いにも彼らのうち少なくとも1人は生還している。
一説によると、彼らはオカルト好きのサークルだったそうだ。彼らは未知の世界の冒険記録を作りたかったのだろう。が、結果として彼らのうち一人を除いて無残な死を迎えてしまった。あの映像が真実なら、だが。
そんな凄惨な映像であったが、世の武芸者は、古から受け継いできた技法を使うとすれば正にここではないのか、と心を震わせた。
信之もその一人だった。
信之が最初に「スキル」(正確にはアビリティだが)というものに触れた時、また若い頃のように体を動かせるという期待感や感情の高ぶりが先に立っていて、ダンジョンなどという訳の分からないものは、もしかしたら研鑽した技術を活かせるかもしれない場所、として頭の隅っこにポンと置かれたちょっとした情報でしかなかった。
だが、ある時息子の信一郎が、父親である信之の奇行を辞めさせようと、何処からか見つけてきた件の動画を見せた事が切っ掛けとなり、信之の研鑽に向ける熱意をさらに加速させることになった。
その時、はじめて信之の中にダンジョンに挑むに値する確固たる目的が生まれたと言ってもいい。
信之が横打ち木を丸太で作ったのはこの動画を見たからだ。明らかに体躯の勝る異形に相対するなら打ち負けないまでも、肉を切り骨を断つ膂力は必要だと考えた結果だ。
刀の依頼の際も、刀身を肉厚にするようにと注文を付けたりもしていた。
そして、今日、この日、天高く聳える木々と、霧と共に在る陽炎にも似た不可思議な空間の揺らぎを前にして、信之は腰に下げた刀の柄を握り口元を引き結ぶのだった。
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