第3話 魔王は『真実の瞳』を得る

 俺はアインハルト。ごく一般的な村人である。


 俺は昨日、勇者となるために必要な勇者の慧眼けいがん『真実のひとみ』を身に着けることを決めた。

 この勇者の慧眼けいがんは伝説の勇者、ギルベルトの物語に記された一節に書かれた文言にある。

 いわく、「勇者はすべての攻撃をけ、幾たびの戦場においてかすり傷の一つも負うことはなかった」。曰く、「勇者を誘惑ゆうわくし、堕落だらくさせようとした魔王軍の幹部かんぶいつわりを見抜みぬかれ退治された」。

 他にも多くの逸話いつわが記されているが、これらを総括そうかつした能力として『真実のひとみ』を身に着けようと考えた。


「教会の神父に言われたのは『君には天才をも超える魔法の才能がある。私はそれが恐ろしい』だったか。......フンッ、利用できるものはすべて利用するだけだ」

「うん!頑張って一緒に立派な勇者になろうね!」


 朝一で草原に出かけ、門番程度にしか俺の存在がばれていないはずだったのだが。気が付いたら隣にいた。これが勇者の慧眼けいがん。数手先を。いや、未来でさえも見抜き、相手の行動を読む能力だとでもいうのか。

 それはもはや紙でさえも不可能な領域ではないのか。

 様々な疑問が脳裏のうりをよぎるが勤勉きんべんな村人である俺は挨拶をする。


「おはようレオナ、今日は早いね。どうして俺の場所が分かったんだ」

「ふっふっふっ、朝ごはんに果物を探しに来たの。だから、たまたまだよ!」


 偶然と言い張るか。

 ほぼ毎日、別の時間帯で同じことをのたまうのだから末恐ろしい。そんな偶然があるわけないのに。


「ところで今日は何をするの?ちゃんばら?おいかけっこ?」

「今日は俺の新しい能力を作ろうって思っていてな」

「え?能力ってスキルのこと?初めからあるくない?」

「俺にはないから。勇者になるために能力を獲得するところからやっていく」

「お~、じゃあ頑張っていこうー!」


 『真実のひとみ』の最低条件さいていじょうけんは以下のとおりである。


1. 超人ちょうじん的な動体視力

2. 広大な視野角しやかく

3. 真相を突き止める解析かいせき能力

4. いつわりを看破かんぱする計測けいそく能力

5. 誘惑ゆうわくから逃れる強い精神力


 これらを満たすために、一般で使うことができる魔法を組み合わせていく。

 現在、俺が使える魔法は以下の通りである。


生活魔法

プチライト(一瞬、小さな明かりをともす)

ティンダー(一瞬、小さな火の粉を生み出す)

プチアクア(一瞬、一口程度の飲み水を出す)

プチプロウ(土を少量、たがやす)

ファーストエイト(怪我に対して応急処置する)

プチアシスト(一瞬、体を補助する)

プチレスト(一瞬、精神を休める)


 『真実の瞳』を得る取っ掛かりとしてプチアシストを用いる。

 これは、腰などを痛めたときや筋肉痛などが起きているときに身体の行動を補助するために用いられる。魔力量が少ない者は長時間の使用はできないだが、俺は村人にしては魔力量が多いので使えなくなったためしはない。

 この『一瞬の補助』を身体全体ではなく『眼球がんきゅう』のみに固定することにより、同程度の魔力量で高い効果を望むことができると仮定する。


「あ?__あがあぁぁぁぁぁぁっ!」

「え?!目が真っ赤じゃん!ファーストエイト!」


 目と頭が内側から爆発しそうなほど痛むが、魔法によって楽になったのでプチレストを重ね掛けし、激痛げきつうによって痛む精神を安定させる。そして、魔力の出力調整と魔法式の変換を行っていく。


「ぐわああああぁぁぁぁっ!」

「効いてないの?!もっといくよ!」


 勇者が放つ生活魔法の出力は自分が施行する生活魔法とは出力が違う。魔法使いや神官の放つ魔法と同程度の効果である。これを理解できただけでも、この無茶に意味があったものだ。もしかすると本当に彼女は勇者なのかもしれない。そして、次の課題としては彼女の魔法出力と魔力量を計測する方法を構築こうちくするのがいいかもしれない。

 そんなことを考えていても、


「はぁ、はぁ____調節、および、変換、完了」

「ほ、本当に大丈夫なの?頭とかぶつけてない?」

「死ぬほど痛かったが今はそうでもない」


 この『真実の瞳』はプチアシストを限定的に使用することで魔力の減少と効果の上昇が見込めると仮定したものであった。しかし、細かく見えることによって情報処理能力の限界を超えたことによる脳への負荷と、過大な情報を運搬うんぱんするための視神経ししんけいへの負荷、眼球の微細びさいな動きが倍加されたことによる眼球への負荷。これらを解決するためプチアシストを各部位にかけ、損傷そんしょうしそうな場合はファーストエイトによって抑え、プチレストで脳のストレスを減少させる形で落ち着いた。


「一応もう一回ファーストエイトかけておくね。急に叫ぶからびっくりしたよ」

無詠唱むえいしょうだ。気にするな」


 まるで頭がおかしい人物のような言い方をされたが、何も言わなくとも魔法が使えるのだから仕方がない。


「あれ?目の色変わってるけど、本当に大丈夫なの?」

「何?」

「ハルトの眼はキレイな黒色だったのに、うさぎさんみたいな赤色になってるよ」


 おそらく先ほどの魔法による副作用だとは考えられるが、それだけで瞳の色が変わるとは思えない。おそらくほかの何かが因子であると思えるが、それが何なのかがわからない。やはり計測して数値化できる方法が必要だ。また、今後このような身体に異常をきたすようなことを事前に理解するために解析の方法を身に着けるべきだ。

 さらに、強力な魔法を覚えなければ『真実の瞳』は完成しない。


「今回の魔法行使は勉強になることが多いな」

「う~ん。難しいことはよくわからないけど、次に生かせばいいと思うよ!」

「そうだな、次は気を付けるよ」

「あと私がいるときじゃないとやっちゃダメ!危ないのはダメ!」

「そうするよ。もう疲れたし帰ろう」

「うん!魔法いっぱい使ったしね!おうちで遊ぼう!」

「家の手伝いのあとな」

「ふふん、てつだう~」

「ありがと」

「どういたしまして!」


 昼を少し過ぎ、太陽光が体を焼く中。応急処置では完治しきれなかった痛む目と頭に気を使いながら帰路きろについた。

 こんな弱い俺だけど。こんな守られなければ無事に前に進めない俺だけど。


 だけど俺は、勇者になるんだ。


 アインハルト、勇者模倣魔法『未完成:真実の瞳』を獲得。


__________


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