第2話 三年前、確かに振られたはずなのに

「なら。なんで、中三の時に、私を振ったのよー!」


 私は、勇気ゆうきの返事がちょっと信じられなかった。

 だって、一度振った私をやっぱり好きになったなら、計算が合わない。

 最初の三年間は、一体……?


「ちょっと待て、果歩かほ。俺は振った覚えなんかないぞ」

「え?」


 なのに、勇気は振っていないと言う。


「だから、振った覚えはないって」

「ええ?そんな訳は……」


 だって、私は確かに勇気に振られて……。

 でも彼は振っていないという。

 どういうこと?


「少なくとも、そもそも中三の時に、果歩は直接告白して来たか?」


 あ。

 直接、好き、と言ったかというと、その前段階なわけで。

 

「それは、直接じゃないけど。中三の卒業式に大事な話があるって言われて。なんで未読スルー出来るのよ!」


 言って、唐突にあの時の記憶が再生される。


◆◆◆◆


 当時、中三だった私たち。

 中高一貫の進学校で、私たちは割と穏やかな日々を過ごしていたと思う。

 入学直後こそ、私と勇気ゆうき、二人で固まって行動していたけど。


 それが逆に良かったのか。

 二人で居る私たちに興味を持って声をかけてくれる人は多かった。

 それに、裁縫部に一緒に入ってくれたことも。

 勇気は裁縫に興味があった口じゃないし、私に気を遣ってくれたんだろう。

 そういう気遣いが細かいところは小学校の頃からだった。


 そうして、部活で一緒の時を過ごして。

 当時は意識してなかったけど、二人でゲーセンに遊びに行ったりして。

 あるいは、部屋で二人で借りてきた映画を一緒に見たり。

 中三になる頃には、すっかり彼の事を好きになっていた。


 そして、私は決意した。中三の卒業式の日に告白しようと。

 私から見ても、勇気は好意を抱いてくれていたように見えたし。

 でなきゃ、二人っきりで何度も一緒に過ごしてないよね。


 とはいえ、二人で一緒に登下校している時に話を切り出すのは勇気が要った。

 なので、私は、ラインで、メッセージを送ったのだった。


『卒業式の後。とても、すごく、重要な、話があるんだけど。聞いてくれる?』


 それが卒業式の前日の夕方。

 なんとなくだけど。

 勇気がラインをチェックするタイミングは感覚的に把握している。

 夕ご飯の午後七時前。午後九時頃。午後十時頃。

 その辺りは、すぐ既読をつけないといけない間柄より妙な気を遣わなくていい。

 そして、私は、そわそわしながら、午後七時頃を待った。


 しかし、既読がつかない。返信も(当然)無い。


(勇気だって、毎日几帳面に同じ時間にチェックしてるわけじゃないし)


 その辺は、これまでだって、何度もあったし。


(でも、寝る前にはチェックしてるはず)


 なんとなく雑談でラインの話になった時に、そう言ってたし。

 実際、私が送ったメッセージには、その日の内に大体、返信があった。

 だから、夜の長い時間をそわそわしながら待ったのだけど。


(既読がつかない……)


 深夜0時を過ぎても、メッセージは未読のまま。


(チェックせずに寝ちゃったのかも)


 当然、これまでだって、そういう事は何度もあった。

 いちいち気にする程じゃない。そう言い聞かせるのだけど。

 明日の事を思うと、ドキドキして眠ることが出来なかった。


 そうして、寝不足で迎えた卒業式当日。

 やっぱり未読のままのメッセージ。

 でも、迎えに来た勇気はと言えば、平然とした様子。


「ね、ねえ。勇気。昨夜だけど、ライン、チェックした?」


 登校中、それとなく話を振ってみる。


「ん?チェックはしたけど。別に、なんも、重要な話はなかったよな」


 え?と一瞬思ったけど、グループラインの事か。

 でも、真っ先に出てくるのが、私の話じゃなくて、そっち?


「ええと、クラスのグループの話じゃなくて。その……」


 どうにも、直接言葉で言うのがためらわれてしまう。


「ああ、矢次やつぎ達からの、小学校の同窓会の話か」


 矢次君は、私たちの小学校時代の同級生。

 中学は別だったけど、連絡は取り合っていた。

 確かに、昨夜、そんなお誘いは来ていたけど。


「うん?そ、それは、そうだけど」


 正直、矢次君たちには悪いけど、それどころじゃなかった。

 それに、なんで、ここまで平然としてられるんだろう。


「行くのはアリなんだけど、久しぶりの面子も多いしな。気後れするんだよなあ」

「そ、それは確かに。私も。でも、このまま疎遠になるのも……って思うし」

「そうだな。じゃあ、一緒に行くか」

「そうね!」


 こうして、同窓会に揃って出ることが決まってしまった。

 いや、問題はそこじゃない。


「いやー、そう思うと、楽しみかもな。同窓会……」


 どことなく、嬉しそうだけど、それより、私のメッセージは?

 直接聞くのがいいんだろうけど、返事が怖い。

 だって、この反応だよ?距離を取りたいっていうわけじゃないだろうけど。


 今のままの距離で居ようって、そういうメッセージなんだろうか。

 だって、黙殺するっていうことは、話題にはしたくないわけで。

 でも、今の彼は機嫌が良さそうで、距離を取るつもりじゃなさそう。

 

(そっか。振られちゃったんだ。私……)


 卒業式の間は、ずっと、メッセージの事ばかり考えていて。

 気がついたら、ポロポロと涙が溢れていたけど。

 不幸か幸いか、感慨にむせび泣いてるんだろうと。

 皆、そっとしておいてくれた。


 そして、卒業式の後の帰り道。

 本当なら、どっちにせよ、節目になるはずだった。

 彼が隣に居て、恋人、という間柄になれるか。

 一人で落ち込んだまま下校するか。

 でも、そのどっちでもなく。

 私たちは、二人で下校して、やっぱり友達のままだった。


「果歩、結構、泣いてたな」

「うん。ちょっと、色々思い出しちゃって」


 本当は、悲しくて泣いてたんだけど。


「わかる。中学三年、色々あったしなあ」

「うん。色々、楽しかった」


 正直、悲しくてそれどころじゃないんだけど。


「でも、高校も同じなんだし。そこまで落ち込むなよ。な?」


 ポンと頭に手をおいて慰めてくれるのが、嬉しくて、でも、痛い。

 いっそ、距離を取ってくれればいいのに、と思うけど。

 でも、距離を取られて平静で居られるだろうか。

 そう思うと、これは、彼なりの優しさなのかもしれない。


「うん。そうね」


 だから、受け入れよう。

 恋人で居られなくても、一番近い場所に居られるなら、と。


「じゃあ、これからも、改めてよろしくな」

「うん。よろしく」


 こうして、私の恋は幕を……閉じられれば良かった。

 んだけど、そうは行かなかった。


 だって、勇気の方が、積極的に、誘ってくるんだもの。

 気持ちが落ち着くまで、放っておいてくれないんだもの。

 それは、一緒に居たいから、応じるしかない。


 しかも、平然と二人っきりの部屋にも上げてくれる。

 私としては、毎回ドキドキものだった。

 ひょっとして、改めて、好きになってくれたんだろうか。

 なんて、何度も考えたことがある。


 でも、そのたびに、卒業式の日の事がちらつくのだ。

 「これからも、改めてよろしくな」と言った笑顔が。

 そう思うと、私から話を切り出すことも出来ずに。

 一番仲良くて、デート(?)もするけど、やっぱり友達のまま。

 そんなよくわからない三年間の日々だった。


◇◇◇◇


「未読スルー?一体、何の話だ?」

「しらばっくれないでよ。告白してくれたんだし、今更誤魔化さなくっても」


 私としては、この三年間は何だったのだと問い詰めたい。

 だって、あの時、好きでいてくれたんなら、スルーする理由がないもの。


「いやいや、ちょっと待ってくれ。ほんっとーに覚えがないんだって」


 そういう彼の声色も顔も真面目そうで、嘘を言っている風にも見えなかった。

 それなら、と。スマホを取り出して、履歴を遡る。ほら。あった。


「ほら。これ!卒業式の日に話がある、って確かに書いてあるでしょ」


 未読のままだった、メッセージを突きつけた。

 あの日の真相を白状して欲しい、ほんとに。

 のつもりだったのだけど。


「なあ、本当に、覚えないんだけど。それに、未読の後に既読とか妙じゃないか?」


 彼から返って来たのは、そんな困惑した返事だった。

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