卒業式の後で告白したら、何故か詰め寄られた件

久野真一

第1話 告白したら、詰め寄られたんだけど!?

果歩かほの奴、まだかなあ……」


 卒業式を終えて、空もオレンジ色になって来た夕暮れの教室。

 俺、新田勇気にったゆうきは、今、人を待っている。

 待ち人の名は、結城果歩ゆうきかほ

 小学校の頃からの付き合いだ。

 

 卒業式というしんみりする行事の後に、妙に浮足立っているのは自覚済み。

 だって、今日この場で、中一から想い続けてきた果歩に告白する予定なのだ。

 想いが届くかどうか、それはわからない。


 もちろん、アプローチを怠ったわけじゃない。

 ただ、デートに付き合ってくれたのも、昔馴染み同士の気安さ故かもしれない。

 あるいは、二人でお部屋デートをしたことも、気安さ故かもしれない。

 そう考えると、これはやはり賭けなのだと思う。


「あ、ごめん、勇気。ちょっと遅れちゃった」


 息を切らせながら教室に駆け込んで来たのは、果歩……だけど。


「別に大して待ってないからいいんだけど。なんか、緊張してるか?」


 どうにも、いつもより挙動がぎこちない。

 額からは、走ってきたのとは別の汗も流れてる。

 果歩とは、十年来の付き合いになるけど、滅多に無い挙動だ。


「そ、それは、緊張もするんだけど……色々な意味で」


 手をすりすりと擦り合わせたり、落ち着きがない。

 あ!


「さ、さすがに、要件は、わかる、か」

「それは、そうよ……」


 考えてみれば、夕方の教室に、卒業式の日。

 大事な話を伝えたいとまで言ってある。

 それで要件がわからなければ、逆に鈍感過ぎか。


「にしても、緊張し過ぎじゃないか?」

「逆に、あなたが落ち着きすぎなのよ……!」

「返事がどうでも、今日が節目だな、と思うと、腹が据わったというか……」


 これが、告白の後も、同じクラスでいるのなら。

 とても、気まずい気持ちになると思う。

 ただ、卒業式の後なら。

 振られても、同じクラスで過ごさなくていい分、果歩も気が楽だろう。

 なんて、臆病な思考にかられての事だったけど。

 一度覚悟を決めると、不思議なもので、今は割と落ち着いている。


「今日で、卒業なんだよな」


 前振りの言葉を投げてみる。


「そうね。本当に、色々あったわね」


 俯きながら、感慨深げな目をする果歩。

 活発な印象を与えるショートカットに、やや細めの瞳。

 少し顔が赤らんでいるのは、気の所為……じゃないと思いたい。


「裁縫部の活動、楽しかったよな」

「正直、あなたと一緒に入部は予想外だったけど」

「……ダメだったか?」

「逆よ、逆。ありがとね。色々」


 顔を背けながら、礼を言う姿はなんとも可愛らしい。

 やっぱり、果歩の事好きなんだよな、と再実感する。


「いや、俺の方こそありがとな。色々」


 正直、果歩と一緒に居たいという想いありきで入部した部活だ。

 そんな俺なのに、果歩は一から裁縫について色々教えてくれた。

 おかげで、最初は興味がなかったのに、裁縫を好きになれたし。


「ううん。私も、一緒に、その、居てくれて、楽しかった、だけ、だし」


 途切れ途切れに、恥ずかしそうにつぶやく果歩。

 え?これは、ひょっとして、かなりいい感じ?


「いや、俺も、一緒に居たかっただけだし」

「……よかった」


 その言葉に、胸がドキンと跳ねる。

 「よかった」。

 つまり、果歩はホッとしているわけで……。


「その。なら、俺と付き合ってくれるか?」

「え?」


 びっくりしたような瞳。って、そういえば。


「悪い。順序が逆だよな」

「そ、そうよ」

「果歩、好きだ。付き合ってくれるか?」


 少し俯いたままの彼女に視線を合わせる。


「う、うん。私も、好き。だから、その、よろしくね」


 その返事に、身体中から喜びが湧き上がる。

 やった、やったぞ。俺!


「こちらこそ、その、よろしくな」

「なんだか、すっごい恥ずかしいね」

「俺も、さすがに、だんだん恥ずかしくなって来た」


 嬉しいんだけど、恥ずかしい。

 これは、本当、どう表現すればいいんだろう。


「ところで、一つ、聞いても良い?」


 顔を上げた果歩が、何やらぎこちない。


「……なんか、緊張するような、質問なのか?」

「わからない。でも、ちょっと聞いてみたくなって」

「なんでもいいぞ」


 きっと、いつから好き?とかどんなところが?とかだろう。


「その。いつから、私の事好きで居てくれたのかなーって。あ、もちろん、別に一ヶ月前からとかでも、大丈夫、だけど」


 ん?質問の意味はわかるけど、一ヶ月前からでも大丈夫?

 あ、なーるほど。ずっと好きでいてくれたのかって事か。


「まあ、ざっと六年前かな。中学に入学した頃、くらい」


 色々あって、同小組が少なかった、中一での初めての教室。

 見慣れないクラスメートといきなり交流するのをためらった俺たち。

 結果、何が起きたかというと……休み時間はいつも一緒。

 やはり、身内が居ると心強いという奴だ。

 初めての中学校で戸惑っていた俺にとって、

 果歩が居たことがどれだけありがたかったことか。

 一緒に居る時間が長くなって好きになるとか、我ながら単純だけど。


「……六、年、前?」


 え?何か予想してた反応と違う。

 こう、もっと甘酸っぱいっていうか。

 そんなに前から……って反応が来る奴じゃないのか?

 なんで、顔がこわばってるんだ?


「あの。六年前って、それは本当に?」


 ん?なんで疑問を持つ必要があるんだ?


「別に今、ここで嘘をつく意味がないだろ」

「それはそうだけど。なら……」


 何やら口元でぶつぶつとつぶやきだした。

 虚ろな顔でつぶやかれるそれは呪詛のようにも思える。


「なら。なんで、中三の時に、私を振ったのよー!」


 教室中に果歩の大音量の叫びがこだました。

 俺が、果歩を振った?はい?

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