第20話:解放と監視:eastern peninsula

「……ねぇ。本当にこの城で一番偉いんだよね?」


 天井と床の間、天井懐を俺たちはコソコソと這っていた。


 そう、コソコソとだ。城にいる侍たちに見つからないように隠れて移動していた。


「誰もがわたしの言葉に付き従う、という意味では偉いと言えます」

「じゃあ、どうして地下にいたの?」

「それは……まぁ、ちょっとお話に失敗して」

「ダメじゃん」


 えぇ。この子ならアランたちを解放できるかと思ったのに、ダメじゃん。


「問題ありません。直接お話をすれば、聞いてくださいます」

「それは、無理やりという意味で?」

「いえ。そもそも地下にいたのは、ひとえに妖魔に乗っ取られた陰陽師たちからわたしを守るためです。幾度となく、陰陽師たちがわたしを攫おうと襲ってきていますがゆえ」

「どっちにしろ、軟禁に近い形だったわけだよね? 本当に話を聞いてくれるの?」

「もちろんです」


 自信満々な声が目の前から響く。ついでに髪飾りの鈴の音も。シャランシャランと響く。


「……その鈴、どうにかならない? 一応、こっちでどうにかしているけど」

「申し訳ありません。これはどうしても身に着けていたくて」

「……まぁ、いいけどさ」


 寂しさと悲しさが混じった声音でそう言われては、頷くしかない。


 鈴の音が聞こえないように、魔術――この子には魔法と説明している――で周囲に張ってある遮音の結界を念のため強化しておく。


「ふげっ」


 可愛らしい悲鳴が響く。頭をぶつけたらしい。これで五回目だったりする。


「……大丈夫?」

「も、問題ありません!」

「そう。まぁ、いいや。ちょっと場所を交代しよう」

「え、何故ですか?」 


 いや、だって、頭をぶつけるたびに突然止まるから、君のお尻に顔をぶつけそうになるんだよ。


 とはいえ、そんなことを口に出せるわけもなく。


「いや、君。アランたち……俺の仲間の場所、分からないでしょ?」

「いえ、なんとなくは」

「正確な場所は?」

「だ、大丈夫です」

「分からないなら、俺が先導した方がいいじゃん」


 ということで、場所を入れ替えた。


「ところで、わたしは静と申します」

「? 知ってるよ」


 何を急に? さっき自己紹介したよね? この子、忘れん坊なのか? まぁ、この子はしっかりしていそうだけど、ポンコツな雰囲気も感じるからな。


「ポンコツではありません」

「……さっきから心を読まないでくれる?」

「読みたくて読んでいるわけでは……それに全ては読めていませんから」


 ふぅん。なんとなく分かるって感じか。


「そんな感じです……ってそうじゃないです! わたしの名前は静です! この子とか呼ばないでください!」

「ああ、なるほど」

「だいたい、セオ様はわたしよりも年下ですよね? この子って失礼じゃないですか? お姉ちゃんですよ?」

「君は姉じゃないよ」

「また君っていったです!」


 面倒くさい子だな。


 けど、機嫌を損ねると、アランたちを解放してハティア殿下を探すのを手伝ってもらえなくなってしまうな。


「ええっと……静さん」

「よろしいです」


 満足した声が後ろの方から聞こえた。チョロい。


 そうして、城の人から隠れつつアランたちが囚われている場所へと向かった。


「この下だね」


 天井の穴から様子を伺う。


「いい加減、この縄を解いてくれ」

「力量差は理解しているでしょう?」


 ……ん?


「どうしたのですか?」

「いや、ちょっと」


 もう一度、穴を覗く。


「ひ、ひぃっ」

「こ、こないでくれ!」

「将軍様。これ以上は……」

「くっ」


 レモンもアランも確かに縄で縛られていた。


 縛られていたのだが……


「あの、彼らがお仲間ですよね? 捕まっているという話しでは? あと、あそこにセオ様がいませんか? え、二人?」

「分身だよ」


 混乱している静から視線を外し、俺はもう一度天井の穴を覗いた。


 うん。助け、必要なくね?


 だって、侍の人たち全員レモンとアランに跪いているし。いや、跪いているというか、上から重石を乗せられているかのように床に伏せているのだ。


 レモンたちに恐怖の表情を向けてる。


「……もういいですか。セオドラー様。おりてきてください」

「聖女を連れて来たんだろう?」


 あ、こっちをみた。どうやら、もう隠れる必要がなかったらしい。


「じゃあ、静さん。おりるよ」

「え、あ、ちょっとっ!」


 天井の板を外して、静を抱えて飛び降りた。


「み、巫女様っ!?」

「それにわっぱが二人?」

「一人です」


 隅っこで大人しくさせていた俺の分身体を消す。周りにいた侍の人たちが驚く。


「レモン。話しずらいから、解放してあげて」

「了解です」


 縄を自力で解いたレモンはフィンガースナップをする。


「あ、身体が動くぞ」

「恐怖が、ない」

「っ、巫女様を守れ!」

 

 起き上がった侍たちが刀を抜いて迫ってくるが。


「動くな」

「うっ」


 自力で縄を解いたアランが殺気を飛ばす。侍たちは立ち止まった。恐怖に震える。


 なるほど。レモンは恐怖を侍たちに付与して床に縛り付けていたのか。そんな芸当ができるとは。


「ちょ、ちょっと待ってください! 刀を納めてください! この方々はわたしたちの味方です!」

「ですが……」

「納めなさい! これは命令です!」


 静の言葉で侍たちはすごすごと刀を納めた。


 ……本当に一番偉い子なんだな。


 

 Φ



「なるほど。この国の争いと元凶の妖魔の王を倒せば、俺たちに協力してくれるわけか」

「妖魔の王。面倒そうですね」


 レモンがため息を吐く。


「けど、ずっとこの国の人に追われたまま探すのは大変でしょ? 向こうも本気で隠れているみたいで、見つからないし。協力しよ」

「……セオ様。何か、隠していますね」

「う」


 俺は仕方なくレモンとアランに耳打ちをする。


「どうやら、巫女さんが勇者を探しているらしくて」

「……エドガー様がこの国に?」

「いや、たぶん、アイラだと思う」

「え」

「それは……」


 レモンもアランも困惑の表情を浮かべている。


 その気持ちは分かる。俺もアイラは勇者ではないと思っている。


 だけど、静が言っていた神の樹の枝葉はアルたちのことだ。そしてアルたちを連れているのはアイラだ。ユリシア姉さんにそう頼んだし。それに静とアイラの年齢も近い。


 今、一番勇者の可能性があるのはアイラなのだ。


「向こうさんは勇者に妖魔の王の討伐やらをさせようとしているらしい」

「なるほど。セオ様はアイラ様を守りたいわけですね」

「……まぁ、危険な目には合わせたくない」


 アランとレモンがニヤニヤしている。ムカつくのでそっぽを向いた。


 偉そうな侍の人、将軍が咳払いする。


「こほん。話は終わっただろうか?」

「ああ。そこの巫女さんとやらが言う通りにしよう。その代わり、ことが終わったら俺らの要望を聞いてもらいたい」

「……了承した。巫女様、これで問題ないですか?」

「ええ。それと、わたしの護衛はもういりません。セオ様にしてもらいます」

「え?」

「それはっ」


 将軍が驚いて立ち上がる。俺も呆然とする。


「大丈夫です。神託で彼がいれば問題ないと出ています」

「ですが……」

「いや、俺が護衛する前提で進めないでよ」

「護衛してくださらないのですか?」

「……するけどさ」


 おもわず、頷いてしまった。レモンがすかさず耳打ちしてくる。


「セオ様」

「分かってる。たぶん、威圧とかと同じでしょ?」

「ええ、言葉にそれなりの強制力をもたせています。無意識でしょうが」

「力を制御できていない感じか」


 面倒な。


「暴走の可能性もあるので、注意するべきかと」

「優先事項?」

「ハティア殿下の捜索とならんで。どうにも、きな臭いです」


 レモンが不審そうに目を細めた。


 俺も同感だ。


 ハティア殿下が失踪し、それを追いかけにきたら巫女とやらに出会った。しかも、国は争っていて、妖魔の王とやらもいるとか。


 何の証拠もないが、きな臭いと感じてしまう。偶然ではないのでは、と。この一連に繋がるがあるのでは、と。


 アランを見やれば、小さく頷いていた。アランも同感らしい。


 俺の直感はあまりアテにならないが、二人の直感はまぁまぁアテになる。


 ということで、色々と重要な鍵を握っていそうな静を見張ることにした。 




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