第18話:ちなみに、誰も勇者が一人とは言っていない:On the way 2
俺は踵をかえす。
異国の勇者とか聞いていない。平伏していた幼い巫女も見ていない。
よ~し。見ざる聞かざるは完璧だ。
このままアランたちには何もなかったと報告すればいい。
「よくありませんよ、異国の勇者様」
……聞こえない。聞こえない。
鈴の音を鳴らすがごとく、とても惹きつけられてしまう声音だけれども、俺は聞いていない。そちらに振りむきはしない。
俺の意志は強いのだ。
目を瞑り外界の情報を全てシャットアウトしながら、俺は来た階段を昇ろうとした。
しかし。
「お待ちください、異国の勇者様」
「え、あ、ちょっ!? マジで!?」
俺の体が浮き上がったのだ。魔法じゃない。俺の体を包み込むのは魔力じゃないのだ。
知らないエネルギと力が俺の体を包み込んだのだ。
魔術で必死に抗おうとするが、しかし無理だった。俺は強制的に巫女の前に正座させられた。閉じていた目も強制的に開かされた。
巫女服を着た彼女は俺を真剣な眼差しで見つめてくる。歳は俺よりいくつか上。
幼いながらも美しい顔立ちをしており、美しい黒髪と黒目もあって前世の大和撫子という言葉がよく似合うだろう。
彼女は畳みに両手をついて、俺に頭を下げる。
「お初にお目に掛かります。異国の勇者様」
「人違いです。全然、まったく、ものすごく人違いです」
「ああ~……こほん。異界の勇者様。わたしは月鏡の巫女――」
「人違いです。俺は勇者でもなんでもありません。あと、この拘束を解いてください」
「……勇者と御認めになれば拘束を解いても――」
「じゃあ、拘束は解かなくて結構です。自力で逃げ出します。俺は絶対に勇者ではありません」
俺は勇者ではない。断言できる。
なんせ俺には“勇者の卵”すらないのだ。あるとしたら、それを持っているエドガー兄さんかユリシア姉さんのどちらか。
だいたい、勇者ってあれでしょ?
三百年ほど前にクラリスさんたちと一緒に魔王を討伐した人でしょ。暴走した大魔境の守護者を倒した人。
俺、そんな力ないし。それに、そんな面倒そうな名前で絶対に呼ばれたくないし。
頑なに勇者呼びを否定すると、目の前の巫女は困ったように眉を八の字にした。可愛らしい黒の目が戸惑ったように揺れる。
「え……もしかして本当に勇者様じゃない? え、でも――」
「勇者じゃありません。一般観光客です」
「いや、だって、年頃が近い勇者様がわたしのもとに訪れると」
「違います。今日訪れたのは偶然です。本っ当に偶然です」
「え。でも……あっ!!」
巫女は何かを思い出したように大きく立ち上がった。シャランと美しい黒の髪をまとめている鈴の髪飾りが音を鳴らす。
そして彼女は俺の服の下に手を入れ始めたのだ!!
「おいおいおいっ! マジで何やってるのっ!? へ、変態っ! けだものっ!」
「わ、わたしだってしたくて殿方の服の下に手を入れているわけではありません!」
巫女が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「でも、勇者様は服の下に神の樹の枝葉を住まわせているはずでしてっ!」
「いないってっ! 俺の服の下にはいないよっ!!」
「そんなはずはっ」
「あっ!?」
パンツはどうにか死守したが、それ以外の服を全て脱がされた。
「ほ、本当にいない……じゃあ、貴方は本当に勇者では」
「さっきからそういってるじゃん! 服返して!」
動揺したのか、俺の体の拘束が解けた。なのでそのまま俺は彼女から服を奪って、急いで着た。
……ふぅ、助かった。
今回、色々あってアルもリュネもケンも連れてきていなかったからよかったが、連れてきていたら俺が勇者判定されていたところだった。
……けど、うん。
「一つ、聞いてもいい?」
「え、あ、はい。申し訳ありません。とんだ勘違いをっ」
「それはいいか。君がその神託とやらで勇者の性別を知らされた?」
「神託ではそうですね……あ、それは秘密ですっ! 神託は他人に知られてはいけないものでしてっ! わ、忘れてください!」
「分かった。忘れる」
面倒ごとには巻き込まれたくないしね。
けど、うん。勇者は別に男性だけというわけではないらしい。そして彼女は勇者の性別を知らないと。
そして勇者は同じくらいの年頃で、アルたちが同伴している子供。
……前言撤回。
「忘れないよ」
仕方ないけど、面倒ごとに巻き込まれてやる。
「え、それは困りますっ!」
「じゃあ、勝手に困って。それよりその勇者とか詳しいことを聞きたいんだけど。あと、この国ついてとか色々教えて。それとハティアっていう女の子がこの国に来てないかその神託とやらで分からない?」
「え、あ、え、それは……」
彼女は目をくらくらとさせてしまった。
まぁ、歳は十に満たない女の子だ。混乱して目を回してしまうのもしかたがない。
けど、俺はいい人間ではない。この混乱に乗じて必要な情報を得なければ。
「ごめんね。沢山聞き過ぎた。だから、一つずつ聞くよ。まず、勇者に何をしてほしいの?」
「な、何を……? それはこの国の争いを平定し、妖魔の王を倒す……はっ。これも部外者には秘密です! ダメです! 忘れてください!」
なるほど。やっぱりこの国は争っているのか。
そして妖魔の王と。それらしい言葉がでてきたね。
字面からして、妖精と魔物を組み合わせたような意味か? いや、この国は俺たちがいた国とは文化も何もかもが違う。ここで決めつけるのは早計か。
ともかく、彼女は勇者に争いを治めて妖魔の王という存在を倒すことを要求するつもりなのか。
「っといいますか、さっきからなんなのですか、貴方は!? 勇者様でないとしたら、どうしてここにっ? どうやって城に……まさか、侵入者っ!?」
「そのまさかだよ。僕の仲間が君の予言のせいで乱暴に捕まったからね。助けに来たんだ」
「え、わたしの予言で? ……あ、そういえば、勇者様とは別に異邦の方がこの国の危機に立ち向かってくださると……え、じゃあ、貴方がその?」
「そのかどうかは知らないけれど、少なくとも現時点で俺は君たちに協力する気も、君たちの国の危機に立ち向かおうとも思ってないよ。なんせ、問答無用で刀を向けられて、乱暴に捕まったから」
「あ、それはっ! もうしわけありません! わたしが言って解放します! ごめんなさい!」
この子、悪い子ではないのは確かなんだよな。ちょっと罪悪感が湧く。
けど、
ここは心を鬼にしないと。
「解放だけ?」
「え?」
「君、この城で一番偉いんでしょ? 俺たちはある目的でこの国に来たんだ」
「っ。分かりました。その目的とやらに私たち一同、協力します。ですから、私たちのお願いをどうか、聞いていただけないでしょうか」
「まずは、俺の仲間が解放されてからだね」
「……はい」
幼い女の子を脅している感じだけど、心を鬼。鬼。
巫女は階段を昇り始めた。
「そういえば、キチンと自己紹介していなかったね。俺はセオ。セオドラー・マキーナルトだよ」
「あ、わたしは
そして俺は巫女、静と共にアランたちを解放しに地下から出たのだった。
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