第9話:砂漠越えとしりとり:On the way

 影の狐の背に乗って砂漠を移動すること二日。


「がらっと雰囲気が変わるね」


 東に移動すれば、背の低い草に覆われた土地に入った。一時間前まで草ひとつない砂漠だったのに、物凄い変わりようである。


「この先に山があってな。大抵の雨雲はそこでせき止められるんだが、僅かばかりの水分がここら辺に流れてくる。だから、多少草が生えるようになるんだ」

「へぇ。じゃあ、これから山登りなんだ」

「だな」

「とはいえ、夜を山で過ごしたくはないので、早めに越えたいところですね」


 レモンが影の狐を撫でる。


「「「ワンっ」」」

「うおっ!」


 影の狐は一気に速度をあげて、空中を蹴って空を走り始める。


 高くなるにつれ、風がビュービューとあたり、少し息苦しくなった。レモンやアランを見やれば軽く風の膜を纏っていたので、俺も魔術で風の膜を作って突風を防ぎ、呼吸を確保した。


 ふと、後ろを振り返れば赤錆色の大地が地平線の彼方まで広がっており、その果てには空の蒼さとも違う、いうなれば海の様な藍色の空が赤錆色の大地と交じり合っていた。


 もしかして、宇宙が見えている? けど、いくら地平線でも宇宙がそのまま透けて見えるもの? 


 確かにそれなりに高いところにいるが、せいぜい二百メートルほど。宇宙が見えるほど高いわけではないし。


「セオ様、どうしたのですか?」

「ほら、後ろ。あの藍色のって宇宙だよね? 透けて見えてない?」

「……ホントですね。どうして、地平線に空の上が見えているのでしょう――」


 尻尾をフリフリとしながら首を傾げたレモンは、しかしすぐに慌てだす。


「アランさんっ! あっちに何がいますかっ!」

「ん? 確かに変な光景だが、何もいない……いや、まて?」


 アランが目を細める。厳つい顔が更に厳つくなり、子供が見れば全員が泣き叫んでしまうほど怖い形相をしていた。


 そんなアランの鋭い両眼に魔力が集まる。


 そして冷や汗を流した。


「……ありゃあ、ヤバいぞ。今すぐ冒険者ギルドに報告せにゃならんな」

「やはり、例の?」

「ああ」


 アランとレモンが緊迫の雰囲気を漂わせ、アイコンタクトで頷きあう。


「お二人さんだけで納得しているところ悪いけど、結局なんなの、あれ?」

「移動しながら話します」


 話してくれた。


「つまり、自然災害の前兆?」

「ああ。太陽があるだろう。あれは常に魔力を発している。そして、月も同じく魔力を発している」

「当然ながら月の魔力は太陽より圧倒的に弱く、ここに届くまでに太陽の魔力で塗りつぶされ減衰してしまいます」

「だが、月が太陽を隠しちまう日だけそれが逆転するんだ」


 日食の日か。


 それが自然災害とどうつながるのだろうか? 


「月の魔力が塊となって降り注ぐのです」

「は?」

「降り注ぐ魔力の塊は光ったり、そうでなかったりと様々ですが、共通する点が一つ。あたると高い熱がでます。最悪死に至ります」

「災害じゃん」


 理屈は大体想像できる。


 月の魔力は人にとって有害なのだ。それが体にあたることで、一時的にとはいえ体に取り込んでしまうのだろう。


 そして拒否反応をしめした体が熱を発する。


 ここまでの理屈はまぁ、想像がつく。


「……でも、どうして月の魔力が降ってくるの? というか、どうしてその予兆として宇宙が透けて見えるのさ?」

「それは……さぁ? 昔からの自然災害なので」

「クラリスなら詳しい研究をしているかもしれないが、俺たちにはさっぱりだな。ともかく、危険だからさっさと冒険者ギルドに報告して、対策をとってもらうだけだ」

「対策がとれるものなの?」

「はい。普通に建物の中に入っていれば、問題ありません」

 

 雷かな?


 ともかく、俺たちは山を越えてその先の街に入った。影の狐は俺たちの影の中に潜んでもらっている。


 街の入り口のところで、俺たち三人組が不審だとして疑われたが、レモンとアランが夫婦で、俺はレモンたちの冒険者仲間の孤児だということでどうにか街に入ることができた。


「ギルドカードがあれば問題なかったんじゃないの?」

「セオ様があきらかに異質過ぎたのです。グラフト王国、特に王都に近い地域では子供のことで最近ピリピリしているのを忘れていました」

「ピリピリ?」


 首を傾げれば、レモンが声をひそめて言う。


「セオ様の知っていると思いますが、数年前にグラフト王国王都では奴隷騒動があったのです」

「そういえば……」


 クラリスさんと最初に会った時にそんな話をしていたな。


 確か、クラリスさんが前世の時に自由ギルドや七星教会などと組合を作り、奴隷制度を禁止していると言っていた。


 それをグラフト王国の王族の誰かが破ったとか何とか……


「それで現国王が強い法体制を敷きまして。ある地域で奴隷の存在が確認された場合、その地を治める一族もろとも処刑だとか」

「かなり気合をいれたね……だから、二人の種族と全く違う子供の俺がいたからあんなに疑われていたのか」

「ですね」

「とはいえ、この先疑われるのも面倒だぞ。セオには悪いが、あとでどちらかの種族に偽装してもらう」

「偽装?」

「つまり、俺みたいに額に角を生やすか、レモンみたいに狐の耳と尻尾を生やすか」

「そんなのできるの?」

「まぁな。考えておけ」

「ん、分かった」


 角か狐耳尻尾か。


 うん、一択だな。狐耳尻尾は却下。恥ずかしい。角の方がまだマシだ。


 うんうんと、頷いていると、いつの間にかレモンとアランが少し先を歩いていた。慌てて追いかける。


 それに気が付いたレモンは俺に手を伸ばした。


「セオ様、離れると危ないですから、手を繋ぎましょうね」

「えぇ……」

「嫌そうな顔をしないでください。危ないんですから。馬や牛にひかれることだってあるんですからね」


 俺の隣をラクダっぽい動物が通り過ぎる。


 ……仕方ない。レモンと手を繋ぎ、俺たちは冒険者ギルドへと移動した。


「なんだ、あいつら」

「見ない格好だな」

「……逃げよ」


 多くの冒険者が俺たちを見て怪訝な表情をした。一人だけ、黒の外套を羽織った男だけはさささっと影を薄くしながら冒険者ギルドを出ていった。


 それに少し首を傾げながらも、俺たちはギルドの受付職員に声をかける。アランがギルドカードを見せ、受付職員が大きく目を見開いた。


「ここのギルド長と話したい。アポをお願いできるか?」

「は、はい。只今っ!」


 受付職員は慌てた様子で奥に消えた。


「雷雨」

「嘘」

「『即発中性子そくはつちゅうせいし』」

しとね

寝床ねどこ

「『胡飲酒こんじゅ』」


 少し待っていたが全く帰って来なかったので、アラン達としりとりをしていた。


「おい、さっきから気になっていたんだが、『即発中性子そくはつちゅうせいし』だの、『胡飲酒こんじゅ』だのってなんだよ。適当な言葉を言うなよ?」

「……あ、そういえばこっちの言葉じゃないじゃん」

「つまり、前世の言葉なのですか?」


 レモンが小声で聞いてくる。頷く。


「うん。『即発中性子そくはつちゅうせいし』っていうのは、核分裂の直後に放出される中性子で、『胡飲酒こんじゅ』っていうのは雅楽っていう音楽の一つの分野の曲なんだよね」


 前者はSFの知識、後者は前世の姉の影響で聴いたり観たりしていた雅楽の知識から引っ張り出した単語だ。


「前者のはよくわかりませんけど、その『胡飲酒こんじゅ』っていうのは曲なんですよね? どんな曲なのですか?」

「ええっと……」


 楽器がない。


「無理」

「魔術があるじゃないですか? あれで音は再現できないのですか?」

「どうしてそんなに聞きたがるの?」


 やけにレモンが食い下がるので首を傾げれば、レモンはふわぁ~と欠伸をしながら尻尾をフラフラと揺らして答える。


「だって、しりとりとかつまらないんですもん。かといって、適当に待っているのは暇で。なら、知らない曲とか聴きたいじゃないですか」

「暇?」

「まぁ。旅って面倒ですよね。私の場合、家でのんびりしたいタイプなので」


 今回は調査の仕事で頑張っていますけど、とレモンが付け加えた。


 そういえば、調査の仕事もあるけど、俺の護衛もしているんだったけ。


 ここは礼も兼ねて胡飲酒を流すべきだな。


 “研究室ラボ君”。俺の記憶の曲、風魔術で再現できる?


――できるよ! 詳しい振動の調整は僕がやるね!


 お願い。音を作るには空気の振動が必要だが、その振動波形はとても複雑で流石に俺だけだと再現できない。


 なので、魔術の発動自体は俺が行い、細かな演算や術式の調整を“研究室ラボ君”にお願いする。


 そして俺はフード付きローブの下に魔術陣を浮かべながら、音を奏でた。


 ジロジロとこちらを見やりながら、話していた冒険者たちが驚いて口を噤む。


 甲高い横笛の音色がようよう響く。太鼓の音が一定のリズムで流れ始め、だんだんと音が増える。


 そしてストーリー性のあるフレーズが流れ出すのだ。


 本当は舞いもあって胡飲酒なのだが、流石に俺は舞いは踊れない。詳しく覚えていないので“研究室ラボ君”で再現もできない。


 けれど、多くの冒険者はもちろん、尻尾を上機嫌にフリフリしているレモンや目を瞑っているアランも聞き入っている様子なので、中々に気に入って貰えたようだ。


 やはり、音楽はいいな。とても好きなわけではないけれど、あると嬉しいものだ。前世みたいにネットを介してどこでも曲が聴けるわけではないし……


 あ。レコードなら、この世界でも創れるな。というか、魔導具の一つに声を録音するやつがなかったっけ? 俺が創ったんだっけ?


 ともかく、それを応用すれば、音楽を録音できるか。


 ……商売の匂いがするな。あとでライン兄さんの方に手紙を送って、ロイス父さんに話を回してもらおう。


 そして曲を奏で終わると。


「お待たせして申し訳ありません。ギルド長がお呼びです」


 ようやく職員が戻ってきて、ギルド長と会うことになった。





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いつも読んで下さりありがとうございます。

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 新作の『ドワーフの魔術師』を投稿しています。

 ドワーフの魔術師とエルフの戦士がのんびりスローでちょっぴり波乱な旅をする話です。今作と雰囲気が似ていると思いますのでぜひ、読んでください! どうかお願いします!

https://kakuyomu.jp/works/16818023213839297177

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