第7話:出発と夕食:On the way

「ご飯食べる前はキチンと手を洗うのよ。それと夜更かししないこと。歯磨きもキチンとすること。寝ぐせも毎日直すこと。顔も洗うのよ。あ、そう。下着はちゃんと持ってる? 忘れ物ない? それに――」

「大丈夫だって! 心配性!」


 眉を八の字にしてずっと心配事を口にするアテナ母さんにいーっとした口を向ける。


「何よ! 貴方が心配なのよ!」

「大丈夫だって! アランもレモンもいるし! それに何か忘れものとかあっても、ここに残す分身体を“宝物袋”経由すれば、すぐに俺の手元に来るんだから!」


 まったく、心配性だなぁ。


「セオ。それでも僕たちは心配なんだよ。何かあったらすぐに逃げるんだよ」

「……はい」


 ロイス父さんに真剣な表情でそう言われれば、頷くしかない。それに満足したのか、ロイス父さんはにこやかに微笑んだ。


 俺はユリシア姉さんやライン兄さんたちの方を見やる。


「セオ! 面白い絵とか文芸品とかあったら持ち帰ってきてね! それとどんな生態系をしているとか、植生とかも調べて! あっ! 固有の植物とか動物とかもお願い! 〝想起〟で記録するか、絵を描いて! 絶対だよ!!」

「分かってるって。もう、何度目だよ」


 大声早口でまくしたてるライン兄さんに苦笑いした。


 そしてユリシア姉さんは。


「まだ拗ねてるの?」

「ふんっ! うるさいわよ!」


 自分がアランたちに同行できなかったことにいじけている。


「でも、ミロ王子とヂュエルさんたちと一緒にグラフト王国に行くんでしょ? それで我慢しなよ」

「うっさいわね! どうして私が軟弱野郎とクソ野郎と一緒にいかなくちゃならないのよ!」

「そりゃあ、英雄の娘として? 急な訪問だからそれなりに箔が欲しいんでしょ」


 ヒネ王国にいるハティア王女の保護作戦を他の国に知られないために、エレガント王国の王族が各国を訪問することとなった。


 第一王子のアダルヘルム殿下とカティア王妃様はバキサリト王国とアノナ王国へ。ミロ殿下とロイス父さん、ユリシア姉さんが隣国のグラフト王国へ。


 そしてアイラとクラリスさんがヒネ王国へ。大使として国交を結ぶための書状を渡しにヒネ王国へと向かうのだ。


 オリバー国王陛下はものの二週間で各国への訪問を取り付け、ヒネ王国までの海路を確保したのだ。


 もともと今年に各国に訪問する予定だったらしいのだが、それでも急遽早めることができたのはひとえにオリバー国王の政治的手腕が優秀なのだろう。もちろん、ヒネ王国の海路を確保したのも。


 そしてアランとレモン、俺だが、一足先にヒネ王国に足を踏み入れ、ハティア王女の捜索をすることとなった。


 そう、俺もついてくのだ!


 そりゃあ、色々と頑張った。今年で六歳の俺が海外に、しかも国交すら結んでいない土地へと足を踏み入れる。


 もちろんロイス父さんもアテナ母さんも物凄く反対した。


 魔術や分身を使った捜索能力、万が一に備えて連絡役の分身体を屋敷に置いていく、帰ってきたら他領のパーティーに出席するなど。


 色々と説得して条件を付けて、ようやく許してもらったのだ。


 全てはバッグ・グラウスさんからサインをもらうため、そして米を食すため!


「じゃあ、行ってきます!!」

「アラン、レモン! セオのこと、任せたよ! エドガーの事も!」

「おう! 任せとけ!」

「お任せください!」


 そして俺たちはマキーナルト領を旅立った。



 Φ



 屋敷を出てしばらくして。


「ここら辺でいいですかね」

「だな」

「どうしたの?」


 アランたちが立ち止まった。それに首を傾げる中、メイド服を着たレモンがフリフリと尻尾を動かしながら言う。


「セオ様。少し危ないので下がっていてください」

「分かったけど……」


 どうやら、何かするらしい。


 そしてレモンは手のひらを合わせて、魔力を練り上げ始める。


「来たれ、〝影狐〟」

「うおっ!」


 レモンの足元の影から、体長二メートル越えの巨大な影の狐が現れた。皆、四つの尾っぽを生やしている。


 魔法で作られているのだと、すぐに分かった。


「……レモン、それは?」

「私が創った影の魔物です。この子たちに乗って移動しようかと。早く移動したいですし」

「なるほど」

 

 ということで、影の狐の背中に乗ってみる。


「……温かい」


 影の狐は温かった。


 魔物だから生きているのだし温かいのは当り前かもしれない。けど、影のイメージに引っ張られて冷たいかと思っていた。


「そんなわけないじゃないですか。影は光から生まれるんですよ? 光の温かさを一番に知っているからこそ、温かいんです」

「……へぇ」


 レモンの例えは少し分からなかったけど、影は温かいものらしい。


 これからはそうイメージしよう。


 俺は影の狐のモフモフの毛皮を撫でた。


「よろしくね」

「ワン」

「……わん?」


 影の狐はワンと鳴いた。コンと鳴くと思っていたから、ちょっと驚いてフリーズしてしまった。


 ……そういえば、狐ってイヌ科だったけ? こっちの生物が地球のそれと同じわけではないけれど、ワンと鳴いてもおかしくはないか。


「じゃあ、行くぞ!」


 アランの号令で、影の狐たちは北へ向かって走りだす。


「ねぇ、アラン! 王都を経由していかないのっ?」

「王都を使うとか面倒だろう。それに俺たちの行動は隠密なんだ。一般街道は使わずに行った方がいい」


 俺たちはマキーナルト領とグラフト王国を隔てるバラサリア山脈の一番手前の山へと踏み入れた。


 影の狐たちはとても速く、それでいて乗っている俺に一切の負担をかけない走りをしている。


 それもあって夜になるころには山の頂上にたどり着いた。


「今日はここで野営をするか」

「じゃあ、野営地の設置を私とセオ様で行います」

「おう。俺は狩りに行ってくるぜ!」


 アランはその熊みたいなでかい体に夜を纏って、影の狐たちと一緒に俺たちの目の前から消えた。高い隠密能力だ。


 俺は冷たい夜空に澄んだ空気を肺の彼方まで満たしたあと、魔術を使う。


 地面が崩れないように細心の注意を払いながら、地面を操作して三人が寝れるくらいの大きさの半円のドームを創る。


「扉とかって付けた方がいい?」

「いえ。脱出の際に手間取りますのでそれで大丈夫です。冷たい空気は結界で防ぎましょう」

「うい」


 俺は半円のドームの入り口に温度調整の結界を張った。

 

 その間にレモンは拳ほどの大きさの魔導具に魔力を注いで、疑似的な焚火を創り出し、その周りに調理用の台所を地面を操作して魔法で創り出した。


「帰ったぞ! 美味いもんが獲れたぞ!」

「でっか!」


 ドヤ顔したアランがドンッと巨大な猪を地面に降ろした。レモンがジト目を向ける。


「アランさん、こんな大きいの獲ってきて。どうやって解体するのですか? そんなに時間をかけられませんよ。アテナ様との約束でセオ様を早く寝かさなくちゃいけないのですから」

「うっ。ま、まぁ、俺が何とかする。それよりもこれも採ってきたぞ」


 アランはレモンに野草などを見せた。レモンはため息を吐いて、俺の方を見やる。


「セオ様。パンと干し肉を出してください。今日はそれでスープです」

「えぇー。猪食えないの?」

「それは明日です。アランさんが一夜かけて解体してくれるそうなので」

「え」


 アランは目を丸くする。


 ……たぶん、アラン的には俺の“宝物袋”に猪を突っ込み、時間ができたらちょくちょく解体していくつもりだったのだろう。


 しかし、それができなくなった。レモンのジト目に耐えられなくなったのか、アランは肩を落としながら巨大な猪の解体を始める。


「まったく。美味しい食材があると後先考えずに獲ってくるのですから。セオ様。スープ作りを手伝ってください」

「は~い」


 ささっとスープを作り、影の狐たちと一緒に食べた。


 そして歯を磨いて、魔術で作ったシャワーを浴びて、俺とレモンは半円のドームに布団をしいて寝た。


 その頃にようやく解体が終わったようで、アランは一人寂しくスープを飲んでいた。ちょっと可哀そうな気がした。




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いつも読んで下さりありがとうございます。

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 新作の『ドワーフの魔術師』を投稿しています。

 ドワーフの魔術師とエルフの戦士がのんびりスローでちょっぴり波乱な旅をする話です。今作と雰囲気が似ていると思いますのでぜひ、読んでください! どうかお願いします!

https://kakuyomu.jp/works/16818023213839297177

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