第16話:男の子だもん。自分だけの実力を確かめたいよね:gift of magic

 暦の上では春になった頃。


「お姫様は悪しき竜を打ち倒し、村の子供にお花をあげましたとさ」

「う!!」


 膝の上にブラウをのせ、先ほど完成した絵本を読んでいた。


 今や、絵本作りはブラウのためにしているようなもの。ドルック商会で販売するものの、それは二の次で一番はブラウが面白いと思ってくれるかどうか。


 窓から零れるお日様に照らされたブラウの満面の笑顔を見た限り、今回の絵本も満足してくれたようだ。


「せお! つづき! つづきはっ?」

「つづきはまだだね。もう少し待っててね」

「う! かみ! えかく!」


 “宝物袋”から紙と、クレヨンを取り出してブラウに渡す。


 頬を紅潮させながら、ブラウは夢中になって絵を描き始めた。


 この世界にクレヨンはなかった。鉛筆すらない世界だ。クレヨンがあるわけがない。


 だから、作った。ブラウが使っても問題ない、安全性の高いクレヨンを。石油を使ってないので、正確にはクレヨンもどきだが。


 ただ、流石に誤飲した場合の安全性は保証できないので、俺が見張っている時だけの使用だが。


 この世界では絵具も高価だ。だから、クレヨンも売れると思っているのだが、量産ができていない。


 安全性に配慮していることもあり、材料がかなり貴重なのだ。しかも、高度の調合スキルが必要になる。アテナ母さんやクラリスさんレベルのだ。


「せお! う! みて! おひめ!」

「おお~。じょうずだね! かわいいね!」


 たぶん、他人の目から見れば下手くそなのだろう。技術もへったくれもなく、輪郭も曖昧。ライン兄さんが描く芸術性があるわけではない、と思う。


 だけど、俺はブラウが描く絵が一番上手だと思ってる。世界中の誰の絵よりもだ。


 子供の絵はそう思ってしまうのだ。見れば、心が温かくなってしまうのだ。


 お姫様の絵を見てふすん、と鼻息を荒くしてドヤ顔するブラウ。「つぎはおちろ!」と言って、お城の絵を描き始めた。


 そうして、穏やかな一時を過ごしていたのだが、突如としてそれは破られた。


「ん?」


 クラリスさんの強い魔力が屋敷の前に突如現れた。魔力隠蔽すらしておらず、どこか焦っているのかと思った。


 そしてドタンッと玄関の扉が開く音と、ドタバタと廊下を走る音が聞こえ。


「た、大変なのだ!! 大変だ!!」


 ドタンとリビングの扉が開き、クラリスさんがそう叫んだ。


「ッ! セオだけかっ! アテナやロイスはどこだっ!?」

「執務室だけど」

「そうかっ」


 “魔力感知”で分かるはずなのにわざわざ聞いてくるあたり、相当焦っているようだ。


 クラリスさんは再びドタバタと走り、消えた。


 そしてしばらくして。


「エドガーが失踪したのだ!!」


 そう、クラリスさんの声が家全体に響いた。



 Φ



「……で、どういうことなの?」


 一家全員がリビングに集まった。バトラやレモンたち、使用人もだ。


「まずはこれを見ておくれ」


 クラリスさんは懐から、一通の紙を取り出して机の上においた。


 ロイス父さんとアテナ母さんがそれを見た瞬間、頭を抱えた。


「……遺伝だな」

「……しかたありません」


 レモンとアランは肩を竦めて、ロイス父さんたちを見た。バトラやマリー、ユナは困惑と心配の表情を浮かべた。


 俺は椅子をよじ登って、机の上に置かれた手紙を見た。


『本当の自分、俺だけの自分を探したい。旅に出る。父さん、母さん、迷惑をかける。悪い』


 そう書かれていました。


「………………う、うぅん」


 出たのはその言葉だけ。


 や、だってさ、これって、あれでしょ? 思春期特有の自分探しみたいなやつじゃん。


 そういえば、そうだよ。エドガー兄さんって今年で十三歳だし、多感な時期なんだよね。


 家では長男として、次期領主として頑張っていたけど、うん。学校に行ったから、色々と思うところがあったんだと思う。


 ……や、でも、それでも旅に出る? しかも、こんな急に?


「はぁ。誘拐でも発生したのかと思って損した。仕事戻ろ」

「問題ありませんね」


 アランとレモンはリビングを出ようとした。


「問題大ありだよ! 今すぐ探しにいかなきゃ!」

「そうよ! 怪我でもしていたら!」


 ロイス父さんとアテナ母さんが慌てて二人を止める。こんなに焦る二人は初めてみるな。


「生きてるのは、分かる。感じる。けど、今探っても、魔力が感じないんだ!」

「魔法で探しても見当たらないわ!」

「そうなのだ! 儂が必死に探してもついぞ見つからなかったのが問題なのだ!」


 焦る大人たち。


「そういうがな。この筆跡はエドガー坊ちゃんのもんだぞ?」

「それに、脅しをかけられて書いたような思念も文字から感じません。自分から書いて、自分で姿をくらませたのは確かなんです」


 二人はジト目になった。


「そもそも、アイツはお前らの子供だろ。特にアテナ。家出には心当たりがあろうだろうが」

「うっ」

「それにエドガー様がマキーナルト家のことで悩んでいたのは知っていましたし、学校に行って更にロイス様たちの威光に苦しみ、誰も知らない自分で何かを成し遂げて親を越えたい。男の子なら考えそうな事です。ロイス様だって心当たりがあるでしょう?」

「うっ」


 そういえば、アテナ母さんってエドガー兄さんと同じくらいの歳に家出したんだよな。トーンお祖父ちゃんとレミファお祖母ちゃんが以前話していた気がする。


 それにロイス父さんは英雄だが、その前に冒険者。冒険者は総じて子供だ。だって、ロマンを追い求めている人たちだから。


「で、でも、あの子は勇者の卵を持ってるから、あらゆる困難がっ!」

「僕たちだって何度も死にかけたのにっ!」


 勇者の卵? ああ、そういえば、そんな能力スキルを持っていたな。あれって困難を引き寄せるものだったのか。


 なんてはた迷惑な。


 そう思ったとき、今までずっと黙っていたユリシア姉さんがダンッと机を叩いた。


「父さん! 母さん!! 私も旅に出るわ!」


 なんともキラキラとした眼でそういった。


「エドガーだけズルいわ! 私だって我慢してたのに、冒険に出て! 今すぐ行くわ!!」


 リビングを飛び出そうとするユリシア姉さん。


「ちょっと! 待って!」

「何するのよ! セオ!」

「いいから、落ち着いてって! 話がややこしくなる!」


 ライン兄さんとも協力して、どうにかユリシア姉さんを宥めることに成功した。


「っつうか、そこの親ばかどもはともかく、なんでクラリスがそんなに焦っているんだ?」

「や、それはの……」


 クラリスさんは視線を泳がせ。


「儂が焚きつけたというか……例の事件が問題というか……」

「はぁ?」

「と、ともかく、エドガーの失踪には協力者がいるのだ! それがかなりの手練れで、儂でも追いきれず」

「その手練れがエドガーに協力しているのは、お前のせいというわけか」

「………………そうとも言えなくも、ない」


 ロイス父さんとアテナ母さんがクラリスさんの首を掴む。


「何したんだよ、クラリス!」

「そうよ! 私たちの代わりに見守って欲しいって頼んだのにっ!」

「わ、儂だって色々と手一杯でなっ!」


 クラリスさんが必死に弁解していた。


 何だろう、この光景は。呆れの感情が物凄く湧きあがってくる。


「……はぁ。落ち着け、親ばかども!」

て」

「痛い」


 アランがロイス父さんたちに拳骨した。


「もう少し子離れしろ! そういう過干渉気味なところが、アイツにとっては鬱陶しかったんだろう!」

「過干渉って、あの子はまだ十二よ! 守ってあげなきゃ!」

「だとしても、自分でしっかり考えて悩んでいる子で、戦士だ! もうちっと信頼しろ! ジッと子供の成長を待つのも親の務めだ!」

「「……」」


 アランの一喝にロイス父さんたちはシュンとなった。


「一応、捜索はしてやる。だが、見つけたとしても、エドガーは家に戻らないと思うぞ。お前らと似て頑固だからな」

「心配する気持ちはわかりますが、落ち着いてはどうですか? ユリシア様たちも見ているのですよ?」

「「……はい」」


 アランがクラリスさんを見た。


「っということだ。クラリス。一応、捜索のために協力者の名前とかを教えろ」

「う、うむ。協力者の名前は――」


 クラリスさんの表情が驚愕に変わり。


「えっ!? エドガーを追いかけに行っただとっ!? ゆ、行方はっ!? わ、分からんっ!? オー坊が慌ててるのは当り前だろうっ!!」


 そう叫んだ。魔力からして、誰かから〝念話〟を受け取っているのだろう。


 そして〝念話〟を切ったクラリスさんは青ざめた表情で言った。


「ハティアが、第二王女のハティア殿下も失踪したらしい。エドガーを追いかける書置きがあったそうだ」


 ……なんだろう。俺にまで面倒が押し寄せてきそうな気がする。

 



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