第17話:失踪によって:アイラ

 それはもう大騒ぎだった。


 エドガー・マキーナルトが中等学園から失踪した。


 その情報が王城にあがったのはついさっきだった。その件について、クラリスがすぐにマキーナルト子爵に報告にいった。


 そして、そのすぐあと。ちょうど、今。


 学園からハティアの姿が見当たらないという情報が秘密裏にあがってきた。そして書置きにはエドガーを追うという言葉も。


 もちろん、父であり国王でもあるオリバーは慌てる。


「今すぐ封鎖網をひけ!!」


 開口一番に、信頼のおける部下にそう告げた。


 しかし、ハッと我に返り。


「待てっ! 違う! 封鎖網はひくな!」

「でしょうね」


 部下は分かっていましたと頷いた。


 エドガーはまだいい。英雄の息子ではあるが、それでも子爵の息子だ。


 対応としては、ある程度の情報封鎖をして、マキーナルト子爵にあとの対応を任せるだけでいい。


 マキーナルト子爵は他の貴族たちに弱みを見せ、少し不利な状況になるかもしれないが、国王がそこまでフォローする必要はない。


 というか、下手にフォローしてしまえば、それはそれで問題だ。できるとすれば、王族が信を置く学園の問題として介入し、事件調査等々に協力するくらいだ。


 国力をあげて捜査するのは、あまりよろしくない。


 そも、書置きを信じるなら事件性は乏しく、彼自らが出ていったこと。あまり介入できる言い訳がないのだ。


 だが、ハティアは違う。彼女は、第二王女だ。


 だから、国力をあげて捜索に乗り出そう。


 そう考えたくなるが、それではだめなのだ。


 王女とは、つまりエレガント王国の顔の一人である。それが齢十三に届かなくとも、立派な王族で責任と誇りを背負っている。


 その彼女が失踪したと大々的に言えば、王族の信頼が落ちることになる。面子の問題でもあるのだ。


「情報封鎖を徹底して、密偵を捜索にだせ! それとクラリス様を呼べ!」

「ですが、クラリス様は今……」

「アイラを呼べ。連絡を取る手段を持っているだろう」


 

 Φ



 少し騒がしい。


 自分の執務室で仕事をしながら、王城の全てを魔力で見通していたアイラは首を傾げた。


 特に国王がいる執務室付近の人間の魔力がおかしい。慌てているような、焦っているような。そんな感情を伴っている。


(何かあったのかしら?)


 タイプライターをうつ手を止めた。


 同時に、外から強い魔力を感じてそちらを見やればそれはクラリスの魔力だった。黄金の魔力は一瞬迸ったかと思うと、その姿を消した。


(……あれは学園の方では。それにクラリス様が……転移?)


 あの魔力の迸り方、消え方には見覚えがあった。転移魔法だ。


 ふむ、とあごに手をあてたアイラは近くで仕事をしていたリーナとクシフォスを見やる。


「二人とも。少し情報を集めてきてくれないかしら?」

「何かあったのですか?」


 リーナが首をかしげる。


「ええ。少し事件があったような気がするわ」

「分かりました。クシフォスを護衛として残し、私が探ってきます」


 リーナが執務室から出ていった。


 そしてしばらくして帰ってきた。


「アイラ様。オリバー国王陛下がおよびです」

「お父様が? 分かったわ」


 アイラはリーナとクシフォスを連れて、国王であるオリバーの執務室に向かった。


「オリバー国王陛下。ただいま参上しました」

「今は私的な場でいい」

「分かりましたわ」


 部下の数も少ない。外の護衛も本当に信頼がおける者以外はいない。よほど重要な話なのだろう。


 アイラは後ろで控えるリーナとクシフォスに視線をやった。二人は静かに頷いて、執務室から出ていった。


 能面の表情を浮かべるオリバーが咳払いした。


「さて……こほん。お前には二つ頼みたいことがある」

「なんなりと」

「まず、クラリス様にハティアが失踪したと伝えて欲しいのだ」

「ハティアお姉さまが失踪っ!?」


 オリバーから発せられたあまりの言葉にアイラは驚く。


「こほんっ」

「はっ。わ、分かりました。今すぐに」


 アイラは〝念話〟を行使する。クラリスと特別に繋いだパスを使って、自分の言葉を届ける。


『クラリス様! クラリス様! 聞こえますかっ?』

『んおっ!? アイラかっ? どうしたっ?』

『あの、ハティアお姉さまが失踪したの――』

『失踪だとっ! 何故っ!?』

「う」


 キーンと頭を抑えるほどの轟音が頭に響いた。それでもアイラはオリバーに尋ねた。


「お父様。何故、ハティアお姉さまが失踪したかと……」

「エドガー・マキーナルトを追いかけたのだ」

「え? あ、はい」


 エドガーもいないの? と疑問に思ったが、今の自分の役割を思い出してすぐに情報を伝える。


『エドガー様をおいかけたようで……』

『エドガーを追いかけに行っただとっ!? ゆ、行方はっ!?』

「行方はと?」

「分かるわけないだろうっ!」


 能面の顔が歪み、焦りが浮かんだ。もちろん、顔をしっかりと認識できないアイラだが、声と魔力でオリバーの焦燥を感じ取った。


 それに自分も少し焦りながら、クラリスに伝える。


『わ、分かるわけないだろうと』

『わ、分からんっ!?』

『お父様がものすごく慌てています』

『オー坊が慌ててるのは当り前だろうっ!! と、ともかく、儂も今すぐそっちに戻る! 少し待っておれ!』


 〝念話〟から伝わるクラリスの思念からも焦りが伝わっていた。


 かなりマズイ事態だ。


「お、お父様。すぐにクラリス様がこっちにくるようです」

「そうか……」


 はぁ、とため息を吐いたオリバーは、ハッと我に返ってアイラに言う。


「そうだ。もう一つ頼みがあったのだ。アイラ。お前の眼でハティアを探せないか?」

「私の眼で?」

「そうだ。まだ、そう遠くには行っていないはずだ。魔力を探ってくれ。可能な限りでいい。無理はするな」

「分かりました。王都が見渡せる高いところに移動させてください」

「……見張り塔に連れてってやれ」

「ハッ!」


 アイラはすぐに王城の中でも一番高い、見張り塔に連れていかれた。


 そこでアイラは王都全体を見下ろす。


「ハティアお姉さまの魔力……魔力……」


 王都に住まう人々の魔力を全て見ろ。建物や地面、物に残る魔力の痕跡でもいい。


「……いない。なら、もっと遠くをっ」


 王都から視線を外し、更に遠くを見通す。。遠くから流れてくる魔力の波長を、色を、全てを視ろ。集中しろ。


 突然のことに実感がわいていなかったが、ハティアを探している内にアイラの心には焦りとハティアへの心配の感情がつよく湧きあがっていた。


 それゆえ、必死になり今までに無いほどに魔力だけを見通すその眼を使ってハティアを探し出すのだ。


 だからこそ、それは成長してしまった。


「あれはっ!!」


 遥か北の街道。その付近にハティアの魔力らしき痕跡を見つけた。


 しかし、その次の瞬間。


「がっ!!」

「アイラ様っ!!」

「アイラ殿下っ!!」


 物凄い頭痛と眼痛がアイラを襲った。回復魔法すら利かず、痛みに藻掻いたアイラは車いすから落ちる。


 すんでのところで、クシフォスが滑り込んでアイラを受け止めた。


「アイラ殿下っ! アイラ殿下ッ! しっかりしてください」

「クシフォス! 揺らさないで! それよりも医師をっ! 早くっ」


 アイラは気絶してしまった。


 

 Φ



 そこは暗い闇の中だった。


 邪悪な闇ではない。けれど、優しい闇でもない。


 無邪気な闇の中で、アイラは立っていた。


 そう立っていたのだ。


 無いはずの右足を見下ろす。


「光の足? 変な、魔力」


 変な魔力で構成された光の右足が生えていた。左腕も同様に変な魔力で構成された光の手が生えていた。


「ッ!」


 そして目の前には、不可思議な存在がいた。


 人だ。アイラと同じくらいの背丈の子ども。


 その体を構成する魔力は殆どが透明。目を凝らさなければ分からないほど、透明。


 だけど、眼と左腕と右足と思しき場所だけは、違う魔力があった。


「……私の魔力」


 アイラの魔力だった。


 そして目の前の人が、アイラに触れた。同時に、アイラは無邪気な闇に飲みこまれた。





「っ」

「アイラ様っ! 起きたのですねっ!」

「ここは……」


 自分の部屋だった。リーナが泣いていたのが、分かった。


「私は……確か、ハティアお姉さまを探して……」

「そうだ。お主は許容を越えてその目を酷使しすぎたのだ。だから、気絶した」

「……クラリス様。帰って」

「うむ。色々と心配と苦労をかけた。今は安静にしておれ」

「……はい」


 頭はぼやけていて詳しい状況を理解できていない。けれど、クラリスの優しい声音にアイラは安心して、もうひと眠りした。





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