第15話:ブラウの一日。後篇:gift of magic
「うぃ~あ~ざれ~。と~うれ~り~あと」
セオと手を繋ぎ、丘を下るブラウは歌を歌う。ピクニックバスケットを片手に持ったレモンが聞き覚えがない歌に首を傾げた。
「セオ様が教えた歌ですか?」
「いや。これは教えてないよ。というか、知らない言葉なんだけど」
「私もです。ということは造語歌でしょう」
セオが少し不安そうに言う。
「ブラウって造語を言うことが多いでしょ? 大丈夫なの?」
「幼い子供にはよくあることですから大丈夫ですよ。ライン様も小さい頃は身の回りの物を自分の言葉で命名してましたし」
レモンがブラウの頭を撫でてくる。
「それに私たちの言葉を理解しています。ですよね?」
「う? うらら!」
「はい、そうですね。嬉しいですね。お友達と遊ぶんですものね」
「う! ゆんちゃ! うぃんでちゃ!」
その蒼い瞳がキラキラと輝き、これからの事を想像して興奮している。
「ぴょー! こんちは!」
「こんにちは、ブラウお嬢様」
ラート町の城壁の門を守護しているピョートルに元気いっぱいの挨拶をする。
「レモンさん、メイドの仕事、お疲れ様です。頑張ってください」
「ありがとうございます。ピョートル様もお仕事頑張ってください」
セオがピョートルにジト目を向ける。
「ねぇ、俺には? 一番に声かけるべきなんじゃないの? 挨拶ちょうだい」
「誰があげますか。セオ様がいつも門から町に入らないせいで私が何度怒られたか。壁を乗り越えて町に入るアホに敬う言葉ありません」
「あ、アホって言った! アホって言った!」
セオが怒る。
「あほ~! せお、あほ~!」
「あ、こら! ブラウ! そんな言葉を覚えたらいけません! ピョートル! お前のせいでブラウが悪い言葉を覚えたじゃん! どうしてくれるの!」
レモンは、ぷんすかと地団太を踏むセオを見て「あほ~あほ~」と大笑いするブラウの手を握る。
「ブラウ様。アホのお兄さんは捨ておいて、ユイナ様とウィンディ様を迎えに行きましょうね」
「う!」
「あ、二人とも。待って!」
慌てて追いかけてくるセオが面白くて楽しくて笑ってしまう。そんなブラウにセオはもう、と微笑み、手を繋いだ。
町を歩く。すれ違う町人はブラウを見て少し驚くものの、隣にいるレモンを見て、正確にはその胸元につけられたブローチを見て、安堵する。
領主様と議会に認められた保母がいるなら問題ないと。
公園に行く前に、住宅街に寄る。
「ゆんちゃ~~!! うんででば~!!」
ある家の前で大声で叫ぶ。レモンは苦笑しながら、ノッカーで扉を叩く。数秒もすれば、若い人族の女性が出てきた。
「レモンちゃん、ごめんね! ちょっと着替えに手間取ってて! 少し待っててくれる!!」
「はい、問題ありませんよ」
若い女性はドタバタと慌てたように扉をしめた。どっしゃんがっしゃんと家から面白い音が響く。「ユイナ! それは食べちゃだめ~~!!」という絶叫も聞こえてくる。
それを聞いてブラウはワクワクする。だって、このあとには絶対。
「ぶらう! うんででば~!!」
二歳ほどの可愛らしい茶髪の可愛らしい女の子、ゆんちゃがブラウに抱きつく。
「ゆんちゃ! うんででば~! しょ!」
「しょ!」
二人は笑い合った。
「レモンちゃん、うちの子をお願いね」
「しっかりと見ておきますので安心してください。ごゆっくりお茶会を楽しんできてください」
「本当にっ、ありがとうね!」
若い女性、ユイナの母親はレモンに感謝する。今日はママ友のお茶会があるのだ。こういう時に娘を預けられる存在がいると、本当に助かるのだ。
そんな母親の気も知らず、娘であユイナはブラウから離れ、セオに飛びつく。
「せお!」
「痛い痛い! あ~やめっ! ちょ、髪を引っ張るな!」
素早い動きでセオの背後に回わりセオの体をよじ登ったユイナは髪の毛を引っ張る。ブラウも同じようなことをする。
セオが叫ぶ。二人はそれを聞いてキャッキャと腹を抱えて笑う。いつものことである。
「では、十六の鐘前には帰りますので」
「はい」
ブラウたちはげっそりとしたセオに手を繋がれながら、ユイナの母親に手を振る。
少し歩き、またある家の前でレモンがノッカーを叩く。
二歳半ほどの、紺青色の髪と瞳の女の子が出てきた。
「ぶらう! うんででば!」
「うぃんでちゃ! うんででば!」
「ではお預かりさせていただきます」
「よろしくお願いします」
彼女の母親に少し挨拶したあと、更にげっそりしたセオと共に公園に向かう。
町の外れにある公園はとても広い。外から見るとそれほど大きくないのだが、空間魔法を使い、無理やりその土地だけ領域を広げているので広く感じるのだ。
最近建てられた遊具エリアはもとより、花畑エリアや小さな森もあったりする。小さな川なども流れている。小動物や虫、魚もいる。
町の大人たちが自然を身近に感じられるようにと作った公園だ。あらゆる魔法や
ともかく、公園では幼い子供たちや少年少女、暇を持てあましているおっさんなどが遊んでいる。
……おっさんはそれでいいのか、と思うが、彼らは保父だ。近くには五歳未満の小さな子供たちがいて、彼らが危ないことをしないように見張っているのだ。
ニート(仕事はしている)でも役に立つのだ、と以前セオが言っていた。
なので、いつも通り挨拶する。
「「「にーと!! こんちは!」」」
「あ、やめ――」
「「「だれがニートじゃ、ごらぁっ!」」」
おっさんたちが怒る。ブラウたちはその反応を見て楽しそうに笑う。ブラウ達だけなく、近くにいた他の子供たちもだ。
「セオ様! いい加減、その呼び方をやめさせろよ!」
「俺らは働いてるんだぞ! 休暇期間でもこうして子供たちの面倒を見てるのに」
「っつうか、セオ様が一番ニートだろ!」
「ぐうたら好き勝手してやがって!」
「俺、子供ですしぃ! ぐうたら好き勝手は子供の特権ですしぃ!」
「子供はそんな事言わねぇんだよ!」
いつも通り喧嘩を始めるセオとおっさんたち。レモンは溜息を吐く。
そしてブラウ達は。
「ゆいちゃ、うぃんでちゃ。いまちょ!」
「ひみちゅのちーくれあそび!」
「ごーごーごー! おーるぐりー!」
大人たちの目を盗んで、森へと向かって走る。
秘密のシークレット遊びは大人にバレてはいけないのだ。大人たちがいないところで遊ぶからこそ、秘密のシークレット遊びになるのだ。セオが言っていた。
まぁ、彼女たちが気が付いていないだけで、大人たちはあらゆる
森へ入ったブラウたちは顔を付き合わせて、秘密のシークレットの内容を遊びを決める。
「んちょちょ」
「あたちはあっち~!」
「わたしはおちろづくり!」
三人の意見が異なった。頷きあう。
「「「ちゃ~んけん!」」」
それぞれ拳を突き出し、じゃんけんをする。
「わたしのかち!!」
「やうかれぇ……」
「まちぇた……」
ウィンディが勝った。ブラウとユイナは膝をつく。二人とも涙目で少し泣きそうになる。
「なくな。おんなはなくな。おひめなかない」
ウィンディがふすんと鼻息を荒くしながら、強く言う。
ブラウもユイナも思い出す。最近母が読んでくれた、お姫様は泣かない、という絵本を。
二人は頷きあう。
「おひめ! のんびーびー!」
「なちゃない!」
ということで、ウィンディ希望のお城作りを始める。
お城は、雪で作る。だいぶ溶けたとはいえ、森の中には幾分か雪が残っている。
「ぶらう! きちとこおらせ!」
「ぶんらじゃ~!」
それに足らなければ、ウィンディが川の水を魔法で操って空中に浮かせ、ブラウがそれを凍らせて雪にすればいい。
「ぶらう! そっち、ちぃ~! もっとまりゅく! うぃんでぃ! ねねばばんとちいさ!」
おしゃれ好きのユイナが指示をだして、絵本にでてくるようなお城を作っていく。
「ブラウ様! ユイナ様! ウィンディ様! お昼ですよ~!」
遠くからレモンの声が聞こえてきた。お城はまだ作り途中である。
「かくちぇ! かくちぇ!」
「つちちゃ、ふんばば!」
ユイナが魔法で地面の土を操ってドームを作り、雪のお城を覆い隠す。こんもりと、盛り上がった土が彼女たちの後ろにできる。レモンとセオが来た。
「三人ともお昼の時間ですので、サンドウィッチを食べましょう」
「ちゃんど!」
「うぃっち!」
「おひるごはん!」
三人とも興奮する。
「ところで、後ろのは何?」
「おちろだ――」
「あたちたちつく――」
サンドウィッチに興奮したブラウとユイナが秘密のシークレット遊びを忘れ、セオに話そうとする。
慌ててウィンディが二人の口を塞ぎ、セオに言う。
「ちがうの! なんにもないの! ゆきのおしろじゃないの!」
「……そうなんだね」
苦笑するセオに気が付かず、ウィンディはふぃいとやり遂げたように安堵の溜息をする。ブラウとユイナに「しーでしょ!」と忠告する。二人はハッと思い出してコクコクと頷く。
花畑エリアでお昼ご飯にする。春も近づいてるので、早咲きの花が咲いている。
「うんまま!」
「おいち!」
「おいしい!」
サンドウィッチに舌鼓をうつブラウ達。すると、ちょっと席を立っていたセオがお花のかんむりをもって帰ってくる。
「女の子はこういうのが好きでしょ。はい、ブラウ」
「う? ううぅ!!」
お花のかんむりを被せられたブラウは、目を輝かせる。お姫様みたい!
「せお! ゆいちゃも! ゆいちゃも!」
「わたしも! てぃあらつくれ!」
「二人の分もあるって」
セオがユイナとウィンディにお花のかんむりを被せる。
「皆さん、可愛らしいですよ」
レモンが微笑む。
「で、私にはないのですか? セオ様」
「え。いるの?」
「……どうせ私は女の子ではありませんよ」
溜息を吐くレモンを見て、ブラウ達は両目を吊り上げる。
「せお! れもんかわいそ! やーやまん!」
「ちどい! ちゅってちょい!」
「まおう! あくま! つくれ!」
「そこまで言わないでよ! いいよ、作ってくる」
セオが半泣きになりながら、お花のかんむりを作りに行こうとする。
「まち! ぶらう、つくう!」
「あたちが!」
「わたしがつくりたい!」
「えぇ、どっちなの」
「いいじゃないですか。この機に教えてみては?」
ブラウ達はセオにお花のかんむりの作り方を教しえてもらい、お姫様ごっこに夢中になった。
……雪のお城は忘れ去られた。
そして太陽が西に傾き、あと一時間もすれば夕暮れが訪れる頃合いになると、ブラウ達はお眠になってしまった。
「寝ちゃったね」
「ですね」
レモンとセオは微笑みあい、彼女たちをおぶって家へと連れ帰った。
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