第11話:ショコガリテ:gift of magic
雪が降る日は少なくなり、ここ二週間はまともに降っていない。それどころか、雪解けが始まっていた。
雨の日などの悪天候やロイス父さんたちが忙しい日以外は毎朝行われる剣の鍛錬を終え、屋敷に戻る。
「寒い寒い。何で屋内の鍛錬場を作らないの」
「地下室に作ろうよ……」
俺とライン兄さんはすぐさま暖炉の前に移動して、冷えた体を温める。
半袖の薄着姿のユリシア姉さんがかいた汗をタオルで拭いながら、鼻で笑ってくる。
「アンタたち、軟弱ね! 体の動かし方が足りてないのかしら!」
「剣の鍛錬で体を動かしても、この寒さだとすぐに冷えるんだよ! ユリ姉の体感温度機能が腐ってるだけ! つまり、ユリ姉がおかしいの!」
「おかしいって何よ!!」
「そのままの意味だよ! 人外の価値観を押し付けないで!」
「人外って私は女の子よ!」
「ハンッ」
「ッッッ!!」
ユリシア姉さんとライン兄さんが軽い取っ組み合いを始めた。
今年で八歳となるライン兄さんは、近ごろヤンチャになっていた。昔はユリシア姉さんに喧嘩など挑まなかったはずなのだが、最近はよく取っ組み合いをしている。
血の気が盛んになったのか。
「やめ! やめて! 降参! ギブ!」
「アンタから吹っ掛けてきた喧嘩じゃない!」
まぁ、勝てるわけではないのだが。ユリシア姉さんに寝技をされて、苦しんでいた。
アテナ母さんが呆れながら、一言注意する。
「おい、セオ! お前が頼んでいたやつがギルドから届いたぞ!」
アランがリビングに顔を出す。
「ホント! 今すぐ向かう!」
俺は暖炉の前から立ち上がって、アランと共に厨房に向かった。
「にしても、セオ。こんなもん注文して何するんだ?」
アランは厨房の机に置かれた茶色いものを指さした。
「この時期と言ったらチョコレートでしょ」
「は?」
そう。アランに頼んだのはチョコレートだ。といっても、地球のとは違う。
「ちょこれーと? これはショコガリテだぞ。薬の」
まず名前。ショコガリテという。
そして原材料はカカオではなく。
「知ってるよ。植物型の魔物だって事も」
虫や小型の動物、魔物を食べる植物の魔物だ。エルフの国がある森にだけ生息している固有種だ。
エルフたちはその植物魔物の球根部分を燻ったり、すり潰したり、こしたりして薬として使っている。薬の種類は単なる滋養強壮から、一時的に魔法の威力を向上させる魔法薬までかなりの種類に及ぶ。時には媚薬としても。
昔のチョコレートに近い使い方だ。
ともかく、薬という認識が強いのがショコガリテだ。
今は地球で言う二月の半ば頃。つまり、日本では百貨店等の優秀な商材としてよく使われているチョコレートを思い出したのだ。ついでに、ひがみにひがみまくった学生時代の記憶も。
もとは男性から女性に送るものだったはずなんだけどな。ついでにバラも上げるとか。
まぁそのことをクラリスさんと手紙でやり取りで冗談交じりに話したところ、ショコガリテの事を教えてもらったのだ。
なので、イベントどうこうはともかく、単純に作りたいなと思ったので、料理人として色々な食材を各地から取り寄せているアランに頼んで取り寄せてもらった。
「もしかして前世のやつか?」
「そういうこと。冷えた体を温める甘い飲み物でも作ろうかと思って。成功するか分からないけど」
地球のチョコとは原材料から違うため、上手くいくか分からないけど、適当にやってみよう。
固形のショコガリテを鍋で溶かしてみる。一口味見。
「酸味が凄い」
前世のチョコレート、というよりココアに風味が似ているが、ちょっと酸味が強すぎる。あと、甘さが全然ない。
それに、やっぱり原材料が違うせいかチョコレートとは少し違う様な。普通に砂糖やミルクを入れてもいいけど、もっと違うのが合いそうな気がする……。
「……だな。味はともかく、匂いがきつすぎて子供たちじゃ飲めないぞ。酒とブレンドするならいいかもしれないが」
「あ、それだ」
俺は厨房の奥にあるお酒の貯蔵室の扉を開ける。
「あ、セオ! お前はまだ子供だぞ!」
「大丈夫大丈夫。アルコールは飛ばすから」
たしかアテナ母さんが自分で作ってるお酒が……
「あった!」
「それ、アテナの好きな蜂蜜酒じゃねぇか! 希少な蜂の魔物の蜂蜜を使用してるから、勝手に使ったら殺されるぞ!」
「大丈夫だって。ちょっと拝借するだけだし、大丈夫だって。何だったら砂糖水で水増ししておけばバレない――」
「セオ?」
「あ」
魔力や気配を隠ぺいしていたのか。いつの間にかアテナ母さんが後ろにいた。
お怒りの様子だった。
「と、というのは冗談でキチンと確認を取るって。ね、アテナ母さん?」
「……はぁ」
アテナ母さんは溜息を吐く。
「それで何を作ってるのよ。嫌な予感がして来てみたら、強い匂いがしているし。薬?」
「飲み物。冷えた体を温めるの。美味しいと思うよ」
「……セオが作る飲み物ねぇ」
アテナ母さんは何かを思い出す仕草をする。
「まぁ、今までのに外れはないし、いいかしら。セオ、美味しいブランデーも作ってくれるなら、一瓶だけなら使っていいわよ」
「よし!」
ということで許可を頂いたので、早速蜂蜜酒を使うことにした。
「アテナ母さん。たしか、この蜂蜜って星屑タンポポの蜜を使ってるんだよね」
「ええ。その全てが高い薬効を持っているわ。蜜は特にね。いい風味なのはもちろん、度数を強くしても悪酔いしにくいのよ」
瓶を開けて匂いを嗅いでみる。蜂蜜の甘い匂いと春の夜の匂いみたいなのが感じらえる。
直感だけど、やっぱり合う気がするな。
なので、俺は溶かしたチョコレートの一部を別の鍋に移動させ、またもう一つの鍋に蜂蜜酒を少し入れて少し煮詰める。
沸騰間近まで温めたら、チョコレートの鍋にいれ、更にかき混ぜながら煮詰める。
「……アルコールが飛んだかな」
一さじすくってペロリと舐める。
「うっ。舌触りが悪い」
「貸してみろ」
「私も」
アランとアテナ母さんも舐める。
「味はかなりいいわね。酸味が程よくなっていて、上品な甘さね。けど、これを飲むのはちょっと。ざらざらしてるわ」
「一旦、こしてみるか」
ということで、布でこしてみた。
「変わらないな。これ、魔力の問題か」
「え、魔力が舌触りに関係するの?」
「魔力によって味も変わるんだ。舌触りが変わるのも当たり前だろ。人類だって精霊ほどではないにしろ、魔力の受容器はあるしな」
「魔力感知できるし、そうだね」
アイラ見たいな目やルーシー様みたいな耳がなくとも、魔力は感じ取れるしな。舌にも魔力を感じ取る細胞か何かがあるのだろう。
「というか、たぶん人の器官の中で一番魔力に敏感なのが舌だ。あと鼻だな。目や耳はそこまで受容できる細胞が少ない」
「へぇ」
どうして目や耳はあまり受容できないのだろうかと疑問に思ったが、今はその疑問を解消する時間ではない。あとに回そう。
ともかく、前世の料理にはなかった要素だ。なので、専門家であるアランに投げた。
そして一時間ほど試行錯誤して。
「できた」
ホットチョコレートもどきが完成した。ぶっちゃけ、見た目が似ているだけで、風味や味はあまり似ていない。チョコレートの苦さが少し掠っているくらいか。
なのでホットショコガリテと名付けた。そのままだ。
「美味しいわね、これ! 体がポカポカするわ」
「……ねぇ、もっと甘くしよ。砂糖とか牛乳とかいっぱい入れて」
ユリシア姉さんもライン兄さんも黒いおひげを作るほど一気に飲み干した。かなり気に入ったらしい。
ただ、ライン兄さんはもっと甘くしたいと言っていた。糖尿病になりそうなので、阻止しておく。蜂蜜も入っているからそれなりに甘いはずなんだけど。
ロイス父さんやバトラ、レモンたちにも好評だった。ロイス父さんは目が冴えるし、疲労が飛ぶようだといっていた。仕事がはかどる! と楽し気に言う。ちょっと引いた。
「わーしものむ!」
「えぇ……」
ブラウが飲みたがったのにはどうしようかと思った。蜂蜜入っているし、カフェインが入っているかもしれないし……と悩んだのだが、アテナ母さんが少しだけなら大丈夫だと言ったので飲ませてみた。
「っ!! もっともっとちょうらい!」
「いや、駄目だよ! 顔、赤い!」
かなり興奮しているのか、ブラウは頬を紅潮させてホットショコガリテに手を伸ばしてくる。
あ、体をよじ登らないで。髪を引っ張らないでっ! 痛い!
「……興奮剤としての効き目があるのかしら。さっきのロイスもそうだったし。単なる薬だけじゃなくて、もっと違う方法で貴族に流行らすことも……」
「ちょ、アテナ母さん。ブラウがこんなんになってるのに考え込まないで!」
「いえ、セオ。大丈夫よ。危険だったら飲ませないし、ちょっと興奮をしているだけよ。すぐに落ち着くわ」
アテナ母さんが言う通りすぐに落ち着いた。
それからしばらくホットショコガリテを楽しみ、心も体もホットになっていたのだが。
「セオたち。外に行くわよ」
アテナ母さんに外に連れ出された。さぶい。
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