第6話:アハハハハ、と笑うことの方が少ないと思う:play money

「駄目に決まってるでしょう」

「えぇ……」


 ライン兄さんの計画は、アテナ母さんの一言によってとん挫した。


「そのゴブリンを育てるのはもちろん、万が一暴走したときにラインは責任を取れるの? 魔物であっても生き物を飼うなら、その命に責任を持ちなさい。大体、シラユキオオクノ虫の管理も私に――」


 アテナ母さんの口から滾々こんこんと説教の言葉が流れ出る。ライン兄さんはそのお説教にげんなりと項垂れている


「あはっんげっ! きゃっ! あきゃ! げへははは!」


 ライン兄さんの苦虫を嚙み潰したような、変な顔を見て、ブラウが笑い転げている。ハイハイしていた頃もだったけど、ブラウって面白い笑い声をするよな。


 赤ん坊ってみんなこういうもんなのだろうか?


 ユリシア姉さんにそう尋ねると。


「ラインもあんな風に笑ってわよ。まぁ、ブラウの笑い方よりも大人しかったわね。ああ、けどアンタの笑い方は普通に気持ち悪かったわ」

「何それ酷い」


 まぁ、記憶にあるのでユリシア姉さんが言いたいことも分かる。


 なんというか、赤ん坊の時って面白いことないのに生理的に笑いたくなったりするのだ。


 それがちょっと嫌で我慢してたから、今のブラウの笑い声以上に変な笑い声になってしまった事が多々あった。


「にしても、母さんの説教長いわね」

「薮蛇を突いたんじゃない?」


 ライン兄さん。アテナ母さんに叱られ始めた時に、口答えしちゃったからな。

 

「そもそも、最近のアナタの行動には、命を軽んじる節が見当たるわ! 人だけじゃない。生き物の命を軽んじると、やがて自分の命も軽んじてしまうのよ!」

「で、でも、命は軽んじてないといいますか……」

「どこが軽んじてないと? 最近の行動を思い返しなさい――」


 ライン兄さんは賢くて口が達者な分、まだまだ経験が足りない。知識も思考もない経験はただの無用の産物だけど、経験がない知識と思考は虚像でしかないからな。


 学問もそうだ。


 どんなに色々な知識や理論を知っていたとしても、実際に使えなければそれは財産となりえない。


 その知識を利用することも改良することも経験が物をいうし、新しい理論を発見するのだって結局経験だ。


 それに、学問を技術にまで落とす時には、理論じゃなくて経験が重要になるからなぁ。


 前世でも、どんなに頭の良い人たちがいて金とか沢山持っていても、小さな町工場がもつ技術に敵わない事はザラにあるし、ロケットや精密機器の部品は手に職で、つまり技術で作っているものばかり。


 いくら色々な知識が増えて賢くなっても、修練を重ねた経験には敵わないことが多い。


 そういう意味でも、品質は経験にるしな……


「難しい顔してどうしたのよ?」

「ん。いや、学問と技術について考えてただけ」


 まぁ、技術者としても研究者としても半端物の俺が何を考えても浅いことでしかないんだけど。


「ああ、でも、品質はそれなりに数式で表せられるか。それを考えるとやっぱり標準規格は欲しいよな」


 ドルック商会を運営していて思うのは、工房による品質の違いだ。というか、格差が大きすぎる。


 公差とかの概念もちょっとくらいはあるようなのだが、全く考慮されていない。その工房ごとに生産される部品のバラツキもあって、アカサ・サリアス商会も魔導具とかを作る職人は自分たちの規格の中で育ててるとか。


 そのせいで生産数がそう多くないんだよなぁ。


 タイプライターも、材料自体はあるものの、品質の問題で大量生産ができてないし。


「う~ん」

「また真面目なこと考えてるの? アンタ、口ほど怠けてないわよね」

「はっ」


 そういえば、最近は頑張りすぎたから頑張らないって決めたんだった。


 俺は品質とかの問題を頭の外に追いやった。 


「……終わったよぉ」


 ようやく説教が終わったらしい。


「もっとお金の重要さを学びなさいだって」

「じゃあ、冒険者ギルドで魔物討伐の仕事受ける? 命とお金の重みが分かるわよ。やっぱり汗水たらして稼いだお金は重みが違うわよ」

「嫌だよ、こんな雪が積もってるのに。大体、冬にアダド森林で活動してる魔物って馬鹿みたいに強いやつしかいないじゃん」

「私がいるし、大丈夫よ」

「嫌だ」


 ライン兄さんはグデーとソファーに寝転んだ。


「なんか、疲れた。セオ、簡単にお金の大事さを学べる道具とかない?」

「そういう姿勢だから、アテナ母さんに怒られたと思うんだけど」


 今年で八歳。最近生意気になってきたライン兄さんにジト目を向けつつ、俺は考える。


「お金ね、お金……」


 というか、お金の大事さ学ぶ道具って何だよ。んな道具なんてないでしょ。結局、ひもじい思いしないと分からんだろ! 俺だって前世でもやし生活をして、お金のありがさとか知ったんだし!


 心の中でそうツッコんでいると、ブラウが俺の服の裾を掴んでいた。


「せお、お~か、な?」


 お金について知りたいらしい。


 俺は“宝物袋”から小金貨などを取り出し、ブラウに見せる。


「お金っていうのは、こういうのを指すんだけど」

「お~か……ちゃちゃちゃ! ちゃちゃちゃ!」

「チャチャチャじゃないって! あ、投げないの!」


 キラキラと光る小金貨にブラウは目を輝かせて、俺の手から奪い取る。どうやら、玩具と思ったらしく、放り投げたりして遊ぼうとする。


 俺は慌てて小金貨を回収した。


「もう、お金を投げるなんて。しかも小金貨を」

「お金の価値を知らないブラウに、小金貨なんて気軽に見せたセオが悪いと思うのだけれども? アンタ、馬鹿なの?」

「……うぐ」


 確かに日本円に換算して百万円ほどの価値のある硬貨を取り出したのは悪かったので、言い返せない。


 ソファーでうつ伏せになっていたライン兄さんがジト目を向けてくる。


「というか、お金はスッカラカンだったんじゃないの?」

「小金貨一枚くらい持ってるよ」


 万が一の時のへそくりだ。欲しい魔導具があった時に、買えないと困るからな。


「せお! お~か! ちゃちゃちゃ!!」

「だから、ちゃちゃちゃじゃないって! これは大切な――」


 玩具を取り上げられたと思って怒るブラウに、お金について説明しようとして。


「あ、玩具か!!」


 思いついた。


 ライン兄さんの要望とは趣旨が外れるけど、お金を学べる道具というか、遊びならあった!


「ライン兄さん、ユリシア姉さん、ちょっと待っててね!」


 俺は“宝物袋”から色々な材料を取り出して、すぐに製作に取り掛かった。



 Φ



「はい、出来たよ!」


 思いついてから二十分。分身も使って、作った。


「セオ様。何を作ったのですか?」

「爆発とかさせないでくださいよ」


 いつの間にかレモンとユナがブラウたちとおままごと遊びをしていた。メイドの仕事が終わって暇らしい。


「酷いな。今回はただの遊びだよ」

「遊び?」


 ライン兄さんが首を傾げてくるので、俺はボードを出す。


「何これ」

「すごろく」

「すごろくって、あのさいころ振るやつ?」

「うん」


 ユリシア姉さんがボードに書かれた絵を見て首を傾げる。

 

「これって、エレガント王国?」

「そうだよ。色々な領地や都市とか書いてあるんだ。んで、王都を出発地として、さいころを振って、色々な土地を周回する。そして土地とか建物とかを買い占める遊びだよ」


 つまりモノ〇リー。


「買い占めてどうするんですか?」

「相手を破産……まぁ、借金させる遊び」

「……セオ様」


 レモンとユナが汚物を見るような目で俺を見てくる。


「こ、これはお金の仕組みや、お金の大切さを遊べる遊びなの! とても楽しいし、頭を使うから、みんなでやろうよ!」

「……まぁ、確かに頭は使いそうですが。というか、いくつか知らない概念があるのも気になりますし」

「ええ。庶民が土地を買収していいのでしょうか?」


 ……まぁ、土地って領主、ひいては王族の物だしね。土地を持っている商人もその土地を買うというよりは、借用書を買うといった考えに近い。日本も戦前までは、大地主が土地を持っていた。


「ま、まぁ、遊びだし、そこら辺はね! それに今回で分かりづらいところがったら、ルールを変えたりするし」

「……もしかして、販売するつもりですか?」

「え、あ、うん」


 全く考えてなかった。まぁ、頷いておこう。


「だから、その協力と思って」

「……分かりました。面白そうですし、やってみましょう」

「はい」

「そうね! こうしたゲームも久しぶりだしいいわね!」

「お金の大切さを簡単に学べそうだし……」

「あう?」


 ライン兄さんは未だに反省していないらしい。まぁ、俺が頑張って破産に追い込もう。


 ということで、エレガント王国版モ〇ポリーが始まった。





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