第5話:好奇心はどこまでも:play money

 ……暇だ。


 マキーナルト領は冬になると雪が降る。特に一月から三月にかけては、一メートル以上の高さまで雪が積もってしまう。


 一階の半分まで雪が埋まっている。


 今年は雪をもたらす冬雪亀の調子がいいらしく、雪の量は更に多くなっている。その分、その娘であるユキはとても嬉しそうにしているが。


 ともかく、普通の雪ならばともかく、ここまで積もるとなると、外に出歩くことができなくなる。


 よく家にひきこもる俺であるが、外との繋がるがとだえるのはとても辛いものがある。


 大抵、魔導具やら何やらを作って暇を潰すのだが、それを作るのにも物が必要になる。本を書くにも紙が必要になるし、料理を作るにも食材が必要になる。


 街のお店すら開かなくなりそれらの材料が手に入らないこの頃は辛いものなのだ。


「でも、セオって食っちゃ寝最高とか言うじゃん」


 そんな事をライン兄さんに愚痴れば、シラっとした目つきで返答された。


 違う、そうじゃないのだ。


 確かに食っちゃ寝するのもまったり幸せでいいものなのだが、いかせん肉体が子供のため精力的に動きたい衝動に駆られてしまうのだ。


「でも、家の中で出来る事もあるじゃん。材料だってないわけじゃないんでしょ?」

「そうなんだけど、最近、真面目に頑張りすぎて、こう、真面目な物を作る意力がわかないっていうかさ。っというか、うん。こないだ、頑張りすぎてもう頑張りたくないっていうか」


 クリスマスの件は本当に大変だった。


 思いつきで気まぐれでやったはいいものの、分身体を使ってもかなり精神的な疲労があった。


 なので、来年はサボるために、ドルック商会からサンタに関する絵本を出版し、親たちに暗黙の了解を周知させたのだが……


「というか、お金もないんだよなぁ」

「そりゃあ、エレガント王国内の一日の経済を回したようなものだし。というか、よくそこまでのお金あったね」

「へそくりがあったんだよ」


 ぐでりとソファーに寝転ぶ。


 生まれてからちょうど一昨日で六年間。それまで物を作り稼いできたお金が全て吹き飛んだからなぁ。


 まぁ、また新しい物を作って売ればいいんだけど……


「面倒! お金とか誰かのためとかじゃなくて、こう、遊びたい!」

「遊びたいって、コマでもする?」

「えぇ……」

「なんでいやそうなの」


 いや、だって、コマはな……。アイラと一緒に遊んだ思い出だし、こう、やけくそで遊びたくないっていうかなぁ……


 ソファーから転げ落ち、ゴロゴロと転がって暖炉の前で横たわる。


「というか、ユリシア姉さんはどこ! なんか、からかってこのもやもやを晴らしたい!」

「反撃されるのがオチだと思うよ。というか、ユリ姉ならブラウと一緒に歩く練習し」

「歩く練習?」

「散歩ができないから、足腰が弱っちゃうでしょ? だから、なんか、歩く練習してる」

「そのなんかを知りたいんだけど……」


 ライン兄さんは役に立たない! というか、さっきから俺と会話してるのに、目線が本に釘付けなんだけど。


「ねぇ、真面目に会話してる?」

「僕、真面目に何かするのが嫌いなんだ。こう、強制されている感じがしてさ」

「今、集中して本読んでるのは真面目じゃないの?」

「違うよ。情熱だよ。真面目とは違う」

「あっそ」


 ああ~~。ライン兄さんに話しかけても駄目だ。諦めよう。でも、結局、やる気はあるけど、そのやる気を発散する方向が定まらず、「あ~う~が~だ~ん~や~てや~と~」と唸ってしまう。


 うん。叫んでも何も解決しない。あと、ライン兄さんがツッコんでくれなくて寂しい。


「さっきから変な声が廊下まで響いてるんだけど。ブラウが怖がってるじゃない」

「うぅ~」


 ユリシア姉さんが涙目のブラウと手を繋ぎながら、リビングに入ってきた。俺は慌てて飛び起きる。


「ブラウ、ごめんね! 怖がらせるつもりはなかったんだ!」

「むぅ……」


 ブラウがもちもちほっぺをぷく~と膨らませた。可愛い。可愛すぎる。なので、ほっぺを指先で突く。


「せお、いや!」

「あ、ごめんね! ごめんね!」


 ブラウがユリシア姉さんの足に隠れてしまった。警戒するように俺を睨む。


「ふふん」

「なんだよ、その顔」

「勝ち誇っているのよ。結局、アンタよりも姉である私が一番なのよ! 存分に嫌われてなさい!」

「なにくそぅ!」


 ユリシア姉さん。雪だるまの時の件の事、まだ、根に持ってるな。


 ユリシア姉さんのドヤ顔がムカつくので、俺は“宝物袋”からぬいぐるみを取り出す。


「ほら、ブラウ。可愛いくまさんだよ」

「……」


 プイされた。目も合わせてくれない。


 ……はぁ。


 俺は項垂れ、暖炉の前に戻る。


 こう、何をやっても上手くいかない時期が来たんだ。もう、俺にはどうすることもできない。


「はぁ」


 暖炉の火って見ているとぼーっとするな。こう、時間が過ぎていく。


「セオ!」

「せお!」

「あ、何、どうしたの?」


 ユリシア姉さんとブラウが俺の肩を揺さぶっていた。


「どうもないわよ! こう、生気が消えてたわよ! 死んだのかと思ったじゃない!」

「おばけ! せお、おばけ、や!」


 なるほど。ぼーっとしすぎたのか。


 こうなると、ただぼーっとするのも、駄目だな。心配を掛けちゃう。


 こうなると、やっぱり遊びたい。この精力的で且つ目的のない感情を発散したい。


 とそう思った時、ライン兄さんがパタンと本を閉じた。


「ねぇ、セオ。お金を支配してみたいんだけど、どうすればいい?」

「は?」


 思いもよらないライン兄さんの言葉に目が点になる。


「ライン、アンタ何言ってるのよ? とうとう頭がパーになったの?」

「なに、その目。僕の頭は至って正常だよ!」


 ライン兄さんは俺とユリシア姉さんに先ほど読んでいた本を見せる。


「これ。ゴブリンの社会性生態に関する本なんだけどね、その中でゴブリンが通貨を使っていたっていう話しが出て来たんだよ」

「え、あんなやつらがお金なんて使えるの? というか、作るの?」


 ユリシア姉さんの顔が歪む。


 ゴブリンは代表的な魔物であり、いわゆるゲームや漫画に出てくるゴブリンと思って差支えない。


 緑の肌に子供の体躯をもち、知能は子供並み。一体一体はサルほどの脅威しかないが、それが集団となると脅威度が一気に跳ね上がる魔物でもある。


「いや、ユリシア姉さん。彼らが武器を作ったり家を作ったりしてるのは知ってるでしょ?」

「……まぁ、十体以上の群れになると、そういった傾向にあるわね。でも、大体、その場合は上位種が現れるじゃない」

「ホブゴブリンとかだね。知能が高くて体も大きい。そしてその強さによっては多くの群れを率いる事もある」


 ライン兄さんの言葉は饒舌になっていく。


「その群れの間で、どうやって食料とかを管理してると思う?」

「はぁ? そんなの普通にその日獲物をとって」

「それでも沢山の群れを養うことはできないはずなんだ。多く獲物をとれる日もあれば、そうでない日もある。それに群れごとにも格差が生まれる」

「つまり、食材を集めたり保存管理する専属のゴブリンが現れるっていうわけでしょ? しかも、群れごとに食材専用のゴブリンが現れるんじゃなくて、多くの群れの食事を管理する一つの群れが生まれたりする」

「……もう、僕が言いたかったのに」


 ライン兄さんが頬を膨らませた。先ほど俺の言葉を適当に返した仕返しだ。


「すると、他の群れはその食料を貰う際に、その食事係の群れに対して対価を支払う必要が出てくる。最初は労働力や群れの安全かもしれない。けど、生活が安定すれば違う対価が欲しくなる。そうなると揉めやすくなるね」

「そう。それで、習熟したホブゴブリンはお金という概念を作るらしいんだ。その対価を一様に扱える道具として」

「へぇ」


 ユリシア姉さんが初めて知ったと言わんばかりに頷いた。そして首を傾げる。


「でも、結局そのお金の概念を作ったのって結局ホブゴブリンでしょ。ゴブリン程度にお金を扱う知能があるのかしら? こう、ホブゴブリンの命令に従って理解もせずに使っているだけじゃないかしら?」

「ユリシア姉さんだってお金が何なのか理解してる? 街の子供たちだって収穫祭でお金を使ってたけど、そのお金の意味を理解してた?」

「……まぁ、そうだけど、それとはちょっと違うじゃない。私たちとゴブリンは違うのよ!」

 

 ユリシア姉さんが不服そうに顔をしかめた。


「分かるよ、ユリシア姉さん。その気持ち。だから実験したいと思ったんだよ」

「実験?」

「うん。アテナ母さんたちに許可を貰っていくつかゴブリンの群れを集めて、異空間の箱庭で飼うんだよ。それで僕がホブゴブリン役で君臨して、お金を作って浸透させる。今、僕たちが使っているような通貨制度がゴブリンでも問題なく理解して使っていたら、そのもやもやは晴れるでしょ?」

「あ、アンタ……」


 ニコニコと笑い提案したライン兄さんにユリシア姉さんがドン引きした表情をした。ぶっちゃけ、俺もドン引いていた。


「う?」


 ブラウは話が理解できず、コテンと首を傾げていた。


 




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