九章 末妹
第1話:言ったのはセオです。煽りました。:末妹の冬
季節はすっかり冬となり、マキーナルト領の大地は鈍い灰色の雲によって雪化粧が施された。
とはいえ、まだまだ人が出歩けるくらいにしか積もってはいない。あと数週間もすれば、豪雪が訪れ、一メートルほどの高さまで雪が積もってしまうだろう。
なので、ちょうどよく雪の積もっている時期はそう長くない。
「せお! てーて! つべた!」
「なんで嬉しそうなの……」
屋敷の屋根の上で、僕とブラウは遊んでいた。もちろん、屋根には落下防止用の魔法がかかっているし、分身体十人も使って一瞬の隙もない監視体制を作っているのでブラウが屋根の上から落ちることはない。
ブラウの歳は一年と三か月近く。歩けるようになってはいるが、まだまだ長く歩けるわけでもない。よく転ぶ。
それでもブラウは全身を目一杯使って動き回るようになった。
そして外で遊べるようになって初めての冬で、雪だ。ブラウは目を輝かせながら、キャッキャッと笑う。
ただ、ブラウはかなりヤンチャだ。悪戯もよくするし、突拍子もないこともする。今も身につけさせていた手袋を自ら放り投げ、素手で雪を握っている。
相当冷たいのだろうに、ブラウはそれを嬉しそうに報告してくるのだ。
俺は呆れながら、手袋を拾いブラウの手に嵌めさせる。
「はい。手袋外しちゃ駄目だよ?」
「てふくお?」
「そうそう、手袋。ブラウも冷たいのは嫌でしょ?」
「ちあう! すい!!」
「そっか、好きかぁ。でも、着けないと風邪を引いちゃおうよ。大きくへっくちゅんだよ?」
「へっくちゅん? つあい?」
「そうそう。先週、辛かったでしょ?」
「……うん」
ブラウは気温に対して鈍い傾向がある。冷たいのは分かっているのだが、楽しさがそれを上回ってどうでもよくなってしまうのだろう。
だから、元気に動き回るわりには風邪ひきだったりもする。
それにしてもブラウってやっぱり賢いよな。俺の言葉だってキチンと理解しているっぽいし。流石俺の妹。
ブラウを膝の上に座らせ、手のひらサイズの雪だるまを一緒に作る。
……………………はぁ。そろそろ現実逃避を止めるか。
俺は家の前で喧嘩しているアテナ母さんとロイス父さんを見やる。ライン兄さんとユリシア姉さんも喧嘩している。
ドンパチと魔法と斬撃が飛び交っていた。
「ロイスのあんぽんたん!! 昔からそうなのよ!」
「アテナの分からず屋! どうして昔から無駄な自信があるんだ!」
「ユリ姉はほったらかしてるし、違うじゃん! 僕がお世話してるの!」
「なによ! 妹は姉が好きなのよ!!」
……きっかけは些細な事だった。
俺とライン兄さんが運営しているドルック商会で販売している絵本。俺は毎日のようにブラウに読み聞かせていた。
だから今日も、昼食が終わった後俺がブラウに絵本を読み聞かせていたのだが、その話がお姫様と王子様との結婚の話だった。
結婚の意味が分からなかったブラウはその絵本を通して結婚の意味を知った。
そして言ってくれた。『せおとけっおんする!』と
まぁ、当然だ。ブラウの世話は俺が一番している。一緒に遊んでいるし、絵本も読んであげているし、当然だろう。お兄ちゃんとして一番好かれている。
どうか大きくなってもその気持ちを忘れないで欲しい。絶対に他の男なんかに妹はやらん!!
………………こほん。
ブラウのその発言を聞いたロイス父さんたちが慌てて、ブラウに理由を尋ねた。
すると、ブラウは『せおがすいだから』と答えた。
うん、当然だ。ブラウの世話は俺が一番している。一緒に遊んで――以下略。
ともかく、ロイス父さんたちはブラウに尋ねた。自分たちは好きなのかと。
もちろんブラウは優しくていい子だ。『みんなすい!』と答えた。
そこまでは良かった。
誰が言ったのだろう。ブラウが一番好きなのは誰なのか? と。
そこからは、自分が一番だと張り合う者たちの醜い争いが始まった。アテナ母さんとロイス父さん、ユリシア姉さんとライン兄さんの争いが始まった。
ちなみに、レモンやアランたちなど使用人メンバーも家の中で自分が一番だと争っている。
「ば~ん!! ずご~ん! つおい!」
「そうだね、凄いね」
手のひらサイズの雪だるまを作り終え、俺とブラウは魔法と斬撃が飛び交う喧嘩を観戦する。
「ぱぱ、とう! まま、ばしゅ!!」
「剣、カッコいいよね。魔法も凄いし」
「ゆりね、らいん、うばば!!」
「うばば?」
「うばば! うばば!!」
……うん? 分からんぞ。
たぶん、今の揉みあいながら雪の上を転がり続けているユリシア姉さんとライン兄さんの事を言っているのだろうが、どうして『うばば』となるのだろうか?
皆目見当もつかない。
「みんなすおい! たのし!!」
俺の困惑をよそに、ブラウはキャッキャと楽しそうに笑う。俺の膝の上から立ち上がり、手を叩いてヨタヨタと踊りだす。
ブラウは楽しいことがあると踊るのだ。たぶんアルたちが嬉しいことがあると毎回、疑似的な太陽光を発する“陽光球”の周りで踊っているのをまねているのだろう。
真似っこ大好きだしな。
「ても、せお。どーてばばんちーて?」
「どうして喧嘩してるって?」
「う~~ぶ」
ブラウは首を縦に大きく振って頷く。同時に前にぽてっと倒れてしまう。まだまだ上手く立ち続けるのが難しいのだ。
俺は目端に涙を溜めているブラウを起き上がらせて膝の上に座らせ、治癒魔術をブラウのおでこにかける。
「いたいいたいとんでけ」
「う~」
ブラウはあまり泣かない。痛い事があってもかなり我慢する子なのだ。
俺はブラウの頭を撫でながら、先ほどの質問に答える。
「ロイス父さんたちが喧嘩しているのはね、ブラウの一番になりたいからなんだよ」
「いちあん?」
「そう、一番好きになりたいんだ。あほだよね」
そんなの無理なのに。
「だってブラウは俺が一番好きだもんね」
「う?」
「え?」
あれ?
俺が一番じゃないの? 結婚するって言ってなかった? あれ?
「え、ちょっとまって。ブラウは誰が一番好きなの?」
「………………み~な?」
「お、俺では?」
「せお、すい。ぱぱ、すい。まま、すい。ゆりね、すい。らいん、すい。れも、すい。あ~ら、すい。ばと、すい。まり、すい。ゆな、すい。あるもるねもえ~もゆいもみっちもすい」
大きく息を吸って、息継ぎなしで言い切ったブラウは、コテンと可愛らしく首を傾げ。
「み~ん、すいだよ?」
「ガハッ」
その蒼い瞳はとても無垢で、俺の心を貫く。
そ、そうだよね。みんな好きだよね。
……けど、俺の名前が一番最初にあったし、実質俺が一番好きだって事でいいのでは?
うん、そうだな。なら、やっぱり、俺はあんなアホみたいな醜い争いをしている人たちとは違う。
頂点にいるのだ。
そう納得していると、ブラウが手のひらサイズの雪だるまを指さす。
「せお! おおいいの、つうる! お~んなおおいいの!」
ブラウが屋敷を指さす。え、屋敷ほどの大きさ?
「そんなに大きいの作れる?」
「つうるの!」
「はいはい」
俺はブラウを抱っこし、浮遊魔術を使いながら地面に降りる。そして喧嘩しているロイス父さんたちの横を抜け、裏庭へと周り、ブラウと一緒に雪だるまを作り始めた。
そうしてしばらくすると、雪
またしばらくすると、レモンたちがやってきて、手伝い始める。
そして最後に妙にラブラブした雰囲気を醸し出すロイス父さんとアテナ母さんが現れた。
……あれだな。喧嘩している内に楽しくなってイチャついてたな、この二人。
俺の呆れた視線に気にすることなく、ロイス父さんたちは雪だるま作りを手伝い始めた。
そして夕方になるころには、屋敷ほどの高さになる雪だるまが完成したのだった。
…………ブラウはめっちゃ喜んでたけど、大きすぎない、これ。
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