第62話:またね:セオ
トリートエウの丘で街を見下ろしていたリーナは泣いていた。
「クラリス様。本当にありがとうございます」
「儂は何もしておらん。したのは、セオだ」
「ええ、ええ。そうですね」
魔力によって強化されたリーナの目には、拙くも幸せそうに踊るアイラの姿があった。
社交界で、アイラは一度たりとも踊ったことはない。車いすに座るアイラがどうやって踊ることができようか?
社交界でのダンスは、貴族との交遊を築くうえでとても大切で、ダンスが上手いというだけで一種のステータスとなったりもする。
実際、ダンスがとても上手い男爵令嬢が公爵令息と結婚したという話もあるわけで。
そのため、アイラは社交界にて、ダンスが踊れないことをそれなりに揶揄されていた。
アイラ本人は仕方ないと諦めていたし、そもそも社交界で踊る事自体にあまり価値を置いていなかったが、それでもみんなが踊っているところを見て少しだけ悲しそうにしていたのをリーナは知っていた。
クラリスは静かに泣くリーナに頬を緩めた。
「……そろそろ時間かの」
「ええ、そうですね」
ダンスを終え、街の外へと向かうセオ達。
と、クラリスが首を傾げた。
「む? 何か様子がおかしくないか?」
「はい。どうして走って――」
急に走り出したセオとアイラに二人は首を傾げ。
「ッ! いかん! ロイスだ!」
「気づかれてしまったのですかっ!?」
ロイスには、アイラがお忍びでラート街に来ていることを知られてはいけない。
ロイスは貴族なのだ。本心は別としても王族に仕え国を守る貴族である以上、王女であるアイラが街に来ている事を見逃す、という事ができないのだ。すぐに保護しなければならない。
アテナの場合はギリギリ見逃す事ができる。夫人なので。
ともかく、ロイスがアイラの存在に気が付いてしまったのだ。だから、セオはロイスに捕まらないように、慌ててアイラの手を引いて街の外へ走り出したのだ。
もちろん、セオ程度がロイスから逃げ切れるわけがない。ただ、事前にセオが協力をお願いしていた街の住人たちが、どうにかこうにかロイスを妨害して、セオとアイラの逃避行を手助けてしていた。
「ここで落ち合うのはやめだ! すぐに合流して王都へ転移する!」
「はい!」
クラリスとリーナも街へと走り出す。
「エウ!」
「……分かってる。ロイスの妨害ね」
「頼む!」
クラリスがエウを呼べば、木の葉が渦巻き、エウが現れる。そしてエウはフィンガースナップをして、街のいたるところから大木を生やす。
セオ達を追いかけていたロイスは突然のことに、立ち止まる。
「……やりすぎだ」
「……お祭りのちょっとした余興。人の子にとっては貴重な素材だし、来ている
「確かにそうだが……」
大木があちこちから生えてちょっとした混乱に陥っている街を見やりながら、クラリスは背に腹は代えられないと思い諦める。
後で、めっちゃ怒られるんだろうな……と項垂れた。
「クラリス!」
「リーナ!」
そしてちょうど街の外壁あたりでクラリスたちはセオたちと合流する。
「アイラ、座れ」
「は、はい」
クラリスが車いすを召喚し、アイラはそれに座る。
「アイラ、失礼するよ」
「……はい」
そしてセオはアイラの前で膝を突き、アイラの義手と義足をゆっくりと外した。ガラスの靴を脱がすように、静かに外したのだった。
「……あ」
義手と義足が粒子状となって、空中に溶けてしまった。アイラが少しだけ悲しそうな声をあげた。
セオがアイラの手を握る。
「約束、果たすから」
「……はい。待っています」
アイラは嬉しそうに微笑んだ。後ろではクラリスが転移の魔法の準備をしていた。
セオは“宝物袋”を発動させる。
「アイラ、これ」
「これは確か露店で……」
セオはからくり箱をアイラに渡した。
「今日の思い出。夢中になってたから」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。けど、それだけじゃないんだ」
セオは木製の髪飾りと腕輪を取り出した。
「これ、綺麗でしょ」
「……はい。魔力が、とても綺麗。けど、どうして、魔力の色が……」
アイラの疑問にセオはにやりと笑った。
「街でアイラが反応している物を観察してたら、ある程度魔力に法則性があるのが分かってね。それで、露店でちょうどそれっぽいのがあったから買っておいたんだ」
「……セオ様」
セオはアイラの髪に髪飾りを、右手首に腕輪をつけた。
「俺もアイラが見ている綺麗な世界が見たいからさ、今度一緒に、魔力の色について研究しない? 魔力の色っていうのがどう決まっているかちょっと予想している部分もあるし、もしかしたら魔力の色と可視光の錐体細胞の反応の変換魔導具が作れるかもしれない」
「可視光線?」
「ええっと、僕たちが見ている色の事かな」
「ッ!」
アイラは息を飲んだ。
「します! 手紙でも何でも情報を提供します!」
「まぁ、それはおいおいね。今は、ロイス父さんから逃げる方が先決だし」
グイッと顔を近づけてきたアイラにセオは頬を少しだけ赤くしながら、微笑んだ。クラリスの方を見やる。
「クラリス、どう?」
「ロイスの転移妨害がちときついが、どうにかできた」
「ん」
アイラとクラリス、リーナの足元が輝き始める。転移が始まったのだ。
「じゃあ、またね。アイラ」
「はい、また」
そしてアイラたちは消え、
「セオ?」
「……どうしたの、我が愛しのパッパ? 顔が怖いよ?」
セオは怖い顔をしたロイスに頬を引きつらせながら、首を傾げたのだった。
Φ
酷い目にあった。
一週間の謹慎処分を喰らってしまい、地下室にいけず、ずっとロイス父さんの書類仕事を手伝わされてしまった。
俺、まだ五歳児なんだけど。
まぁ、ともかく、収穫祭は無事終了した。
また、ルーシーさんが何故か俺を酷く睨むようになったり、ユリシア姉さんとヂュエルさんがもう一度決闘したりと色々あったが、全員収穫祭が終わった二日後には王都や自分の領地へと帰って行った。
そうえいば、アイラの近衛兵をしているクシフォスさんから渡された手紙、まだ読んでないな。あとで読まないと。
そう思いながら、俺はしんしんと雪が降る窓の外を見やった。
「もう冬か。冬眠したいな」
「なに馬鹿なこと言ってるのよ。人間が冬眠なんてできるわけないじゃない」
「比喩だよ、比喩。ずっと布団にこもって寝て居たいの」
マジレスしてくるユリシア姉さんに溜息を吐きつつ、書類作業を進める。
「それにしても、ユリシア姉さんがロイス父さんの書類作業を手伝うなんて珍しいね」
「……ちょっと思うところがあったのよ。エドガーもいないし」
「ふぅん」
ヂュエルさんが王都に帰ってから、妙に大人しく……いや、剣の稽古とかは以前よりも熱中するようになったから大人しいとは言えないが、ちょっとユリシア姉さんは変わった。
苦手な書類作業や座学などに励む様になった。
話を聞いた限り、昔は傲慢だったヂュエルさんは今ではかなりの優等生らしく、勉強に励みや領地運営の手伝いもしているらしいので、そういう部分に触発されたんだと思う。
ユリシア姉さんは負けず嫌いだし。
そしてライン兄さんなのだが……
「なるほど! 毛の中は空洞になってて、それで断熱効果を持っているんだ!」
収穫祭が終了し、ニューリグリア君が帰るまでの間、ライン兄さんはレモンを護衛に二人でアダド森林に入っていたらしい。
なんでも、ニューリグリア君にある植物の生態を見せたかったらしい。雪が降る二日前くらいにしか見れない特別な現象らしい。
ただ、その帰り、ライン兄さんは新種の虫を発見してしまった。しかも、見た目がかなり可愛い系の虫だ。
……いや、虫って言っていいのか、あれ?
一応、ライン兄さんが言うには昆虫に分類されるっぽいのだが、全身が白い毛に包まれた丸っこいやつなのだ。しかもフワフワと浮きよる。
アテナ母さんたちも初めて見る虫で、ちょっと反応に困っていた。
ともかく、ライン兄さんはその新種の虫の観察やらに熱中している。その虫から少し拝借した毛をあーだこーだして、解析してる。
「……はぁ、寒い」
急に冷え込んだせいで、まだ暖炉の準備が完璧ではなく、足元が少し冷える。
俺はブルリと身体を震わせ、今日の書類を片付けるのだった。
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いつも読んで下さりありがとうございます。
面白い、また読みたいなど少しでも何か思いましたら応援や★、感想やレビューなどをお願いします。モチベーションや投稿継続に繋がります。よろしくお願いいたします。
これにて、収穫祭編は終了です。
ここから話は多少の変化を見せるかと思います。
これからの投稿に関してなのですが、12月と1月はカクヨムコンの応募用の新作を書きたいなと思っているため、もしかしたら不規則な投稿になるかもしれません。
できるだけ毎週投稿しますが、投稿がなかったら察してください。
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