第61話:ダンス:セオ

「……なんだか、悪い気がするわ」

「悪いのはリッカスだし、ルールには抵触してないから大丈夫だよ」


 俺とアイラは手を繋ぎながら、収穫祭最終日に行われるダンス会場へと向かう。まぁ、街の中央広場なんだけど。


「……セオ様はちょっとズルい方ね」

したたかって言って欲しいよ。それに、さっきも言ったけど独楽の魔導具の力とアイラの技術で勝負しただけだし」

「私の技術」

「うん。あの遠隔魔力操作技術は中々だったよ」


 俺が作った独楽の魔導回路には、アイラの義手に使われているトリートエウの木を混ぜてあった。


 そのため、アイラの義手と独楽は魔力的に同調していた。魔力的なパスが繋がっていたのだ。


 独楽が義手の拡張デバイスになったと言うべきか。いや、ラジコンと言った方が良いか?


 どっちにしろ、アイラは義手に精密に魔力を流すことによって、独楽の魔導具に組み込んであったいくつかの魔導回路に魔力を流すことができたのだ。


 つまり、任意に独楽の魔導具を発動できる。


 嘘を見ぬくことができるルネールから質問された内容は魔法を使ったか否か、また魔導具の力か否か。


 具体的な主語の指定がなかったから、そもそも嘘は吐き放題ではあった。


 とはいえ、『独楽の魔導具の力か?』と聞かれていても、嘘ではない。実際、独楽に仕込まれた魔導回路によって、アイラの義手と同調しているわけだし、独楽の性能と言える。


 まぁ、『独楽の魔導具だけ・・の力か?』と尋ねられたら、終わっていたが。


 ……というか、ルネールはアイラの義手と独楽の魔導具の繋がりを理解していたと思う。妖人族だし。


 そのうえで、曖昧な質問を俺たちにしたんだ。


「だから、アイラが気に病むことないよ。リッカスが大人げなく大泣きしていたとしても、あれはあの場にいる皆の総意だから」

「いえ、奪ったものを取り返されて泣いている方に罪悪感を感じているわけではないのよ」

「あ、違うの?」

「まぁ、少しは感じたけれども、むしろ子供たちの方よ」

「ああ、なるほど」


 リッカスを倒したアイラは、あの場にいた子供たちに凄く慕われた。なんか、新たな独楽女王の誕生だ! とか言ってた。


 まったく、子供は、というか、男の子はなんて単純なんだ。


 ともかく、男の子たちのキラキラとした眼差しに耐えかねたのか、アイラはちょっとだけホラを吹いた。


 ちょっとお姉さんぶって、勝ち方などを教えていた。その殆どは兵法だったが


「小さい子にあんな視線を向けられるのは、その初めてで、テンパって……。なんで独楽で兵法なんて教えてるのよ……」

「まぁ、あの子たちは、なんかカッケェーって喜んでたしいいんじゃない?」


 アイラは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。可愛い、と思った。


 そうして、人の合間を縫いながら俺たちは中央広場へと向かう。中央広場に近づくにつれ、陽気な音楽と歌が聞こえてくる。


「セオ様。これは」

「たぶん、どっかの趣味人たちだよ。毎年、暇なおっさんやおばさまたちがダンスのための音楽を奏でるんだよ」


 こういうのを伝統とも言ったりするが。


 そう思いながら、俺は苦笑する。


「結構滅茶苦茶でしょ?」

「……ええ。西側の音楽や東側。ルーロ王国独特の曲調も混ざっているわね」

「ここは、色々な地方の人たちが逃げてきた場所だから、かなり文化がごちゃ混ざっているんだよ」


 そこが良いところだ。マキーナルト領の好きなところ。


「だから、この街は寛容でさ。アイラ、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」

「……気づいていたのね」

「まぁ、手を握ってるから」


 中央広場に向かうにつれ、人が増える。それに比例するように、アイラは周りの目を気にするようになった。


 たぶん、自分の存在がバレるのが怖いのだろう。


「俺の認識阻害を見破れるのは、たぶん街の人たちだけだから。なら、その人たちは見ないことにしてくれるよ。悪いことでない限りね」

「……私たちのしているのは、悪いことかもよ」

「なら、一緒に怒られようか。大丈夫。俺は怒られるのが上手なんだよ」

「上手く怒られるって、何よ」


 アイラはカラカラと笑った。肩の力が抜け、繋いでいた手の緊張がほぐれていく。


 そして俺たちは中央広場にたどり着いた。


 皆、踊っていた。自由に楽しそうに、音楽に合わせて踊っていた。


 ……カップルが多かった。若い子が特に。


「って、げっ」

「セオ様? どうかしたの?」

「いや……ユリシア姉さんがいる」

「ユリシア様が……? あ、もしかして、あそこ? 誰かと踊っていらっしゃ……あれは、シュークリート家のご子息?」

「分かるの?」

「社交界で何度かお会いしたため、魔力は覚えているのよ」


 アイラは少し驚いた表情をしていた。


「あの二人は、確か、とても仲が悪かった……いえ、それよりもミロお兄さんが……」

「ん? 第二王子様がどうかしたの?」

「……何でもないわ」


 何だろう。アイラの眉間にめっちゃ皺が増えてしまった。まるで、これからの事に憂鬱になっているかのような。


「アイラ。もしかして、踊りたくない?」

「あ、違うわ。違うのよ! ただ、社交界に一切でないユリシア様が貴族の子息と踊っているのが、珍しいと思って」

「……まぁ、嫌々ながらヂュエルさんと踊っているユリシア姉さんは珍しいけど。っというか、ちょっと引っ掻きまわしたけど、何で踊ることになってるんだろう。あの二人」


 ってっきり、昼間の時点でユリシア姉さんが耐えかねてヂュエルさんを蹴り飛ばし、屋敷に籠っているかと思ったんだけど。


 ユリシア姉さん、顔、真っ赤だな。滅茶苦茶ヂュエルさんを睨んでいるし。怒りと恥ずかしさとかが、凄く混じっている表情だ。


 初めて見た。


 まぁ、いいや。


「向こうはこっちに気が付いてないようだし、踊る?」

「ええ、踊りたいわ。見るだけじゃなくて、自分の足で踊れるなんて素敵だもの」

「……そうだね」


 一瞬、俺はアイラの義足に目をやった。


 義肢の装着可能時間はあと二十分くらい。それまで、ガラスの靴の魔法が解けるまで、俺はこの姫さまに幸せを味わって欲しい。


 カッコウをつけながら、アイラに手を差し出す。


「アイラ、お手をどうぞ」

「……セオ様は本当に五歳児なの?」

「五歳児とは思えないとよく言われるよ」


 俺とアイラは可笑しそうに微笑みあう。アイラは俺の手を取った。


 そして、踊る。


 正直、俺はダンスが得意じゃない。今日初めて踊ったアイラもだ。


 だから、下手くそだ。本当にたどたどしくて、子供のおままごとみたいなダンスだった。


 何度も人にぶつかりそうになったし、こけそうになったし。綺麗で華麗なダンスとは言えないだろう。


 けど、アイラは楽しそうに笑ってくれた。踊ってくれた。


 ……けど、今度はキチンとリードできるようにダンスの練習に励んでおこう。少なくともアイラがつまづくような事がないように。


「セオ様。ありがとうね」

「……どういたしまして」


 流れる音楽は、星々が瞬く夜空に消えていき。人々の笑い声は中央広場を照らす炬火きょかに溶けていく。


 今は、ひと時の幻想だ。祭りの夜の、不思議で儚い夢かもしれない。


 けれど、いつか。いつかアイラが感じているだろう、そう俺が信じている幸せの一つを、どうか現実の物に。永遠に。


 もう一度、ダンスができるように。繋ぐ手の温かさを。踏みしめる足の力強さを。


「アイラ。二度目かもしえないけど、約束する。今度までに、作るよ。また、一緒に踊ろう」

「……約束」


 踊りながら、俺とアイラは小指を絡めた。約束をした。


 アイラは宝物を抱きしめるように微笑み、時間はあっという間に過ぎていった。


 


 

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いつも読んで下さりありがとうございます。

面白い、また読みたいなど少しでも何か思いましたら応援や★、感想やレビューなどをお願いします。モチベーションや投稿継続に繋がります。よろしくお願いいたします。


先週は急に休んでしまいすみません。

来週は、たぶん、予定通り投稿すると思います。

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