第51話:視ることができる子はお城にいる:the Jealousy and the disappointment 2

「……ちょっといい?」


 俺の足元からニョキっと顔を出したエウ。当然驚く。


「のわっ!?」

「きゃあっ!?」


 特に、俺の近くにいたオルとルーシー様は腰を抜かしてしまう。


「……ごめん。驚かせた」


 斧を落とすと泉から出てくる女神のように神々しく地面から現れたエウは、眉を八の字にしてオルとルーシー様に謝る。


 二人に手を差し伸べた。


「……」

「……」


 しかし、オルもルーシー様も動けない。エウを見て、固まっていた。


 ……まぁ、仕方がない。俺は見慣れているが、エウは神聖な美しさをもつ存在だ。しかも、膝をつき、こうべを垂れてしまう程の覇気を纏っている。言葉を発することすら、普通は叶わないだろう。


「エウ、エウ。魔力、抑えて」

「……ああ、なるほど」


 エウは微量に放出していた神聖魔力を完全に遮断した。すれば、エウが発していた覇気が少し弱まり、オルもルーシー様もようやく体を動かすことができた。


 俺は二人の手を握り、起き上がらせる。


「オル、ルーシー様。大丈夫?」

「お、おう……」

「え、ええ……」


 二人は戸惑ったように頷き、チラリとエウを見やった。


「……初めまして。外の子かな? 私は――」


 エウは無表情のまま自己紹介しようとして、


「エウ様だ!!」

「エウ様!! なんでここにっ!?」

「エウさま!! こないだね、いいことがあったの!」

「エウ様! こないだした約束覚えてるっっっ!?」

「待て待て待て、お前らっ! いっぺんに話しかけたらエウ様が困るだろ!」


 子供たちが、一斉にエウの周りに集まった。


 エウは滅多に街に降りてこないが、けれど年に数回、気まぐれで子供たちと遊んでくれるのだ。

 

 それもあって、子供たちはエウがとても好きだったりする。そもそも、大人たちがエウを敬愛している事もあり、憧れの存在だったりもする。


 子供たちを無下にできないため、エウは少しだけ困ったように俺を見やった。俺は任せてと頷く。


 それを見て、エウは子供たちと優しく話をし始めた。俺は呆然としているオルとルーシー様に、エウを紹介する。


「彼女はエウ。オルもルーシー様も見たと思うけど、あの大きな木の神霊だよ。この土地の守り神みたいなものかな?」

「……あのでっかい木の? スゲェーーッッ!!」

「ッッ!!??」


 オルは目をキラキラと輝かせ、他の子供たちと同様、エウの傍へと駆け寄った。そしてルーシー様は大きく息を飲み、酷く顔を青くしていた。


 そうして、耳飾りなどが既に作り終えた事もあり、エウと話せて満足した子供たちは帰ることとなった。


「じゃあね」

「おう、またな」


 大人たちが片づけをするという事もあり、俺たちも一足先に帰らせてもらうこととなった。


 とろりとろりと燃ゆる太陽が西の空を茜色に染め、東の空は藍色のヴェールが掛けられていた。


 夜が訪れる少し前の、黄昏時。


 街を出た俺たちは屋敷が建つ丘の一本道を歩く。


 ニューリグリア君とオルがエウと手を繋ぎ、楽しそうに話していた。隣を歩くルーシー様が恐る恐る俺とライン兄さんに尋ねてきた。


「……セオ様。あの、あれは本当に

「大丈夫だって。エウは子供好きだし、怒らないよ」

「そうそう。とても優しいし、子供の粗相も慣れているから」

「……なら、いいのですが」


 神霊の存在はは一般的に公にはされていない。神話に出てくる存在くらいだ。だが、上位貴族たちは詳しいことまで知っている。


 この世界に御座おわす七柱の眷属たる妖精だと。神霊の言葉そのものが、神々の言葉を表すのだと。


 他にも色々とあるが、兎も角、分かりやすくいえばエウは王様よりも偉いのだ。


 つまり、いくら公爵令嬢であるルーシー様とて、下手な行動はとれないのだ。だからルーシー様はとても緊張している。俺たちを護衛するように後ろからついてくるクシフォスさんも同様に緊張した面持ちをしていた。


 俺は緊張をほぐすために、エウに話しかける。


「それでエウ。俺に何の用なの?」

「……ああ、そうだった」


 エウはオルとニューリグリア君と繋いでいた手を離し、俺の左隣に並ぶ。代りにライン兄さんがオルとニューリグリア君の隣を歩く。


 エウは立ち止まり、俺を見やった。俺の右隣にいるルーシー様がゴクッと唾を飲みこんだ。


「……将棋」

「え?」

「……セオと将棋をキチンとできなかった。普通のルールでやりたい」

「え、そのために来たの?」

「……ん。あと、その子」


 エウがルーシー様を指さす。


「ッ……私、でしょうか」

「……ん。フレガーが教えてくれた」

「炎の精霊様がですか……?」

「……ん」


 エウにジッと見つめられ、ルーシー様は酷く困惑する。緊張もしているせいで、瞬きをかなりしている。


 ただ、エウは気にした様子もなく、ルーシー様をジッと見つめた。


「エウ?」

「……静かにして」


 エウはルーシー様の頭に手を乗せた。ルーシー様がビクリッと震え、クシフォスさんが腰に帯びていた剣に手を掛ける。


 俺は慌ててクシフォスさんに目配せして、落ち着かせる。


 すると、エウが俺を見やって、言った。


「……セオ。アレ使って」

「あれ?」

「……昔の人の子たちが使ってたやつ。ちょっと前にセオが復活させたでしょ?」

「……もしかして魔術の事?」

「……ん」


 ええ……んな、急に。


 魔術に関しては、色々と混乱の元になるから人にあまり知られたくないんだが。特にルーシー様やクシフォスさんに知られるのはかなり面倒。


 俺の渋る様子を見て、エウはルーシー様とクシフォスさんを見た。


「……ここで見たことは他言無用」

「「……」」


 その言葉には圧倒的な覇気が宿っていて、ルーシー様もクシフォスさんも逆らえず頭を垂れて、無言で頷いた。


「……これでいいでしょ?」

「分かったよ」


 はぁ、と溜息を吐いて俺は適当に火魔術を使った。


 空中に幾何学模様を連ねた魔法陣が浮かび、そこから炎が現れる。ルーシー様もクシフォスさんもそれを見て唖然とした。驚いていた。


「……」

「……」


 ただ、ルーシー様の驚きはクシフォスさんの驚きよりも小さく、むしろ予想していたことが現実だった時のような反応だった。


「……やはり、あの時の」

「え、どういう――」


 ルーシー様は何ともいえない呆然とした瞳を俺に向けた。俺はルーシー様の呟きを問い返そうとして、その前にエウは腰をかがめて、ルーシー様と目線を合わせて尋ねた。


「……ササネギの小鳥の鳴き声が聴こえたね」

「ッッッ!? どうしてそれをっ!? お父様ですら、知らないのにっ!?」


 ルーシー様は酷く慌て、エウに掴みかかった。エウは気にする様子もなく、淡々と言う。


「……その力は私たちのものだから。けど、君の力はそこまで強くなくてよかった」

「……………………そう、ですか」


 ルーシー様は酷く失望したような表情を浮かべた。まるで、このまま自死してしまいそうな程、瞳から光が消え失せていた。


 あれだ。失意に沈んだ人間のような表情だ。


 同時に、どす黒い靄のようなものが、ルーシー様から溢れ出た。


 そして俺はそれを前に見たことがあった。


「ッ、これって瘴気じゃっ!?」


 そう。魔力の澱みから生まれた魔力。魔物を強化し、他の生物を侵食する魔力。

とても恐ろしく、邪悪なもの。


 死之行進デスマーチが起こる原因でもある。


 それに対抗するには神聖魔力しかなく、俺はそれを持っていない。持っているのは、ロイス父さんとアテナ母さん、レモン。


 そして――


「……大丈夫。落ち着いて」


 エウ。


 エウは優しくルーシー様の頭を撫で、とても清らかで優しい新緑の光でルーシー様を包んだ。


 すれば、ルーシー様から零れた瘴気が祓われてた。そしてルーシー様は気を失った。


「ルーシー様ッッッ!!」


 クシフォスさんが慌ててルーシー様を抱きかかえる。エウはその様子を一瞥し、頷いた。


「……これでこの子は大丈夫。力も安定した」


 俺は鋭い目をルーシー様に向けた。


「どういう事なの?」

「……セオは魔力を感じられる?」


 質問に質問で返すエウに、少しイラッとしつつ、俺は答える。


「そりゃあ、もちろん。“魔力感知”の能力スキルもあるし」

「……じゃあ、魔力を視ることはできる? 聴く事は? 触ることは?」

「は、何を言って――」


 エウの言わんとする事が分からず、俺は更に目を鋭くした。


 その時、


「セオ、大丈夫かいっ!?」


 屋敷の方からロイス父さんが飛んできたのだった。








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